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こんなところに……? ぼくらの天国は千曲川のほとりにありました。長野県上田市『鯉西 つけば小屋』

さんたつ

【酒場ナビ】鯉西 つけば小屋

「すいません、12時から2名でお願いしたいんですが」「はいはい、2名様ですね。えーと……」私が飲食店でまずやらないことのひとつに「待つ」ことがある。どれだけ料理がおいしかろう安かろうと、待ってまで食べたいなんてものはこの世にない(と思っている)。

それともうひとつが「予約」である。待ってまでというほどではないが、これもできる限りやらない。詳しくは言えないが、過去にある酒場へ予約の電話をしたときに、非常に理不尽で不愉快な思いをしたからだ。そもそも私の酒場理念が、第一に「自然体で楽しむ」ことにある。1時間も並んで、店の独自のルールで窮屈に酒を飲んだり、何カ月先まで予約でいっぱいのところを何度も電話してやっと飲んだりする酒は、果たしておいしいだろうか。

「うーん、12時だと20人の団体客が入っててねぇ……」

「あらま、そうなんですか」

そんな私が「とにかく行ってみたい」という酒場を発見し、予約の電話をしているというのだ。

「料理を出すのが遅くなっちゃうかもしれないし……12時半からでもいいかい?」

「はい、じゃあ12時半でお願いします」

新幹線が12時前に到着だから、さらに店に入るまで待つのか……。場所は長野県の上田市。言わずと知れた名武将・真田氏のお膝元の街だ。

「もしかして、NHK観て電話してくれた?」

「えっ? いいえ、観てないです」

「あ、そうでしたか。いやね、先日NHKで紹介されて……」

予約の電話でこんなに長話をしたのは初めてだったが、とにかく12時半に川魚のコースでお願いすることができた。まさか、予約と待ちを一度にすることとなるとは……。

東京駅から約1時間半で上田駅へ到着。ホームを降りると、まずは立派な甲冑がお出迎え。駅の外壁にも真田氏の家紋「六文銭」が大胆に掲げられており、真田推しがハンパではない。

時間はまだ11時半、予約の時間まではまだまだあるので、駅を出てすぐにある千曲川へ向かおう。

これがまた、何ともいい景色。山間に雄大な千曲川がゆっくりと流れている。初夏の暑い日だったので、川岸へ降りてみる。

川幅は広いが浅いところが多く、年甲斐もなく裸足でチャプチャプ水遊び。同行者が戦国史、特に真田氏のことに詳しく、この川でどんな戦が起きたとか、おもしろい史実などを説明してくれたので、歴史を肌で感じることができた。

気が付けば12時を過ぎ、つづいて私の酒場歴史に刻む店へ向かおう。

……といっても、振り返ればそこにお目当ての『鯉西 つけば小屋』があるのだ。

すばらしい! 堂々たる「千曲川の味とロマン」の横断幕が入り口で出迎え、奥にはプレハブ小屋とそこにかかる巨大なテントがまるで秘密基地のようになっている。ディズニーランドのメインエントランスでも、こんなにテンションは上がらない。今回はプレミアアクセス(予約)がある。ドンと中へ入ろう。

入ってすぐ、そこには川魚の生け簀が並び、絶えずきれいな水がパイプから流れ込んでいる。

大きな囲炉裏のような焼き場があり、ここで魚を焼くのだろう。すでに芳ばしい香りが漂っていて辛抱たまりません。いよいよ、その内部へと入ってみる。

う・ひゃ・あぁぁぁぁ! なんだ、この最高の絶景は! 二、三十畳はあるであろうゴザの敷かれた空間には、テーブルがびっしりと並んでいる。ここに壁などは存在せず、片面は隙間を程よく開けた竹のカーテン、もう半分は吹きさらしで千曲川を望むことができる。まさしく川床の店だ。

天井はオレンジ色のテントが覆いかぶさり、スーパーの生肉コーナーのライトと似たような効果といえば分かりやすいだろうか、店の中を何とも言えない温かみのある雰囲気に仕上げている。

「予約していた味論です」

「それではこちらに……」

あぁ……予約していてよかった。案内されたのは、吹きさらしのある川側。この解放感たるや、今まで経験したことがない居心地の良さだ。さて、大至急、この最高の舞台で酒を飲んでみよう。

やってきたのは、キィンキィンに冷やされた瓶ビールとグラス。ここでこのセットをいただかない手はない。

ごきゅん……ごきゅん……ごきゅん……、く・く・くうぅぅぅぅマジで、最高が過ぎる! ゴザの上で胡坐をかいて冷えたビール、横目にはチラリと涼し気な川が流れる。ああ……ここが天国というところだったのですね。天国にいるうちに、名物の川魚料理をいただこう。

まずはハヤの甘煮がお通し代わりにやってきた。この時期はアユはまだ早く、ハヤがその代わりを担っているとのこと。一匹まるまる煮詰められ、全体が飴色に光って美しい。

しっとりとした歯触りと、甘じょっぱく上品な味わい。サバの缶詰と似ているようで違う、何とも深みがあるのだ。ぜひとも全国のコンビニやスーパーで、気軽に缶詰なんかにして売ってほしい。

つづけてハヤの塩焼きがやって来た。川魚料理といったら、やはりこの塩焼き。尾ひれに塩がたっぷりと、結晶のように付いている感じがいい。

カリッ!と、焼きたての皮の香ばしさよ。口中に広がる新鮮な白身は、ホクホクとした旨味を楽しむことができる。あとは、尾ひれの塩のカリカリとしたしょっぱさを、酒で薄めながらいただく幸せよ。

お手洗いに行くのには、川側の方から靴を履き、少し離れたところまで歩いていくのだが、ここもまたよかった。ふっかふかの芝生を靴の裏に感じながら歩いていると、川から心地よい風が吹いてくる。

用を足して戻ろうとするが、どこの景色を眺めてもいちいち素晴らしくて立ち尽くすのだ。まったり……また催してくる前に戻って続きを飲(や)ろう。

戻ってくるとそこには「山菜と稚鮎の天ぷら」の大皿が待っていた。この衣のモコモコ感といい、揚がりたての油の香りといい……絶対に「おいしい!」と言わせようとしているビジュアルだ。

「おいしい!」って、ほらな。大きなフキノトウの瑞々しさ、マイタケや他の山菜も抜群においしく、さすがは山菜王国の長野だ。稚鮎はほろ苦く、これがまたサクサクの衣と相性抜群。ツユ、塩……いや、何もつけずにが正解だ。

同行者が食べたことがないという「鯉のあらい」を頼んだが、彼がここで鯉の初体験をしたことは逆に不幸だ。なにせ、旨すぎるのである。私も都内で何度か食べたことはあるが、もう他のは食べられないほど旨すぎるのだ。

透き通るようなピンク色の美しい身は、コリシコの食感がたまらず、一切のクセがない。さらにつけダレの味噌が絶品で、これだけを親指に付けて、ずっとしゃぶっていたい。

むさぼるように鯉を食べる同行者を見て、本当にここに来ることができてよかったと安堵するのだ。

20人の団体客のおじ様おば様、子供連れの家族の会話の音。

外の焼き場の方からは、パチパチと小さく爆(は)ぜる炭の音。

川から吹く風と共に、どこからともなく風鈴の音——最高だ、ここは本当に天国だ。

もしも……もしもだ。もしも、いつも通り予約をせずに訪れ、満席なんかでここを逃していたらと思う——ゾッとする。

よし、これからは行きたい酒場があれば必ず予約をすることにしよう。いや、待てよ、う〜む……という葛藤と共に、とにかく今は予約をしてくれた私を褒めてあげたい。

『鯉西 つけば小屋(こいにし つけばごや)』

住所: 長野県上田市常田1-5
TEL: 0268-23-2438
営業時間: 11:00~21:00
定休日: 無(営業期間:4月下旬~10月下旬)
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

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