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『三国時代のナルシスト』 何晏が作り出した危険な快楽 「五石散」とは

草の実堂

画像 : 何晏 イメージ 草の実堂作成

薬物

薬物は古今東西を問わず、多くの人々の人生に深刻な影響を及ぼしてきた。
日本でも毎年、薬物の使用や売買に関するニュースが絶えず、特に芸能人の薬物使用は世間を驚かせることが多い。

筆者が以前住んでいた中国では、覚醒剤の使用や売買は重大な犯罪とされており、特に売買に関しては死刑に処されることさえある。
中国では「アヘン戦争」の苦い歴史を背景に、薬物に対して厳しい取り締まりが行われている。

画像 : 台湾で売っているビンロウ。2個包んだものは「双子星」と呼ばれるタイプ public domain

現在筆者が住んでいる台湾では、薬物の使用回数や取引量に応じて、6ヶ月から5年の実刑判決が下される。

しかし、合法的な興奮剤である「ビンロウ」は街中で販売されており、日常生活に深く根付いている。

古代中国の「薬物王」何晏とは

古代中国でも、現代の薬物に似た薬物が存在し、社会に大きな影響を与えた時代があった。その一例が三国時代である。

その薬物は「五石散(ごせきさん)」という向精神薬で、何晏(かあん)という人物が生み出したとされている。(※後漢末期には既に流通していたという説もある)

何晏は三国時代に生きた美男子であり、その容姿端麗さは「傅粉何郎」として知られていた。

彼の生母である尹氏は、後に曹操の妾となり、何晏は曹操の家庭で育った。さらに彼の祖父は、後漢末期に大将軍を務めた何進であり、何晏は極めて恵まれた環境で育ったのである。

何晏は容姿端麗の上に非常に賢くカリスマ性があった。曹操からも気に入られ、後に曹操の娘を妻に迎えている。

画像 : 何晏 イメージ 草の実堂作成

相当なナルシストであったとされ、顔には常に白粉を塗り(実際に非常に白い肌を持っていたとも伝えられる)、手鏡を携帯し、自分の顔を見る度にうっとりしていた。また、歩く際には、自分の影の形を気にしつつ歩いたという逸話も残っている。

何晏は夏侯玄や司馬師と親しくし、彼らから優れた評価を受ける一方で、自分自身を神に等しい存在だと見なしていたという。『※魏氏春秋』

しかし、曹丕(文帝)には嫌われたため、しばらくの間、政界では活躍の場を得られず、曹叡(明帝)の時代にも「表面的には華やかながら、内実に乏しい人物」として閑職に留め置かれた。

こうした状況下で、何晏は政界での制約を感じつつも、その才能を文学や思想の世界に向け、多くの作品や著述を残した。

しかし、その一方で、次第に享楽に溺れ、快楽を求めて「五石散」に依存していくようになった。

五石散

「五石散」は、当時の人々にとって非常に画期的な薬であった。

この薬は5つの鉱物を原料としており、服用すると一時的に体力が回復し、精神が高揚する効果があった。何晏自身がこの薬を愛用し、その評判を広めることで、五石散は瞬く間に広まったとされる。『※世説新語』

また、五石散を服用すると体が発熱するため、それを冷ますために歩き回る必要があった。

このため、「散歩」という言葉の語源が「五石散を服用して歩き回ること」に由来するという説もある。

この薬は、当時の人々の服装にも影響を及ぼした。

五石散を服用している人々には、熱冷ましのために風通しがよい仙人のようなゆったりとした服装が好まれた。
靴においても通気性が求められ、草履のような風通しの良い靴が愛用されたという。

上層階級の人々がこうした服装をしていたため、次第にファッショントレンドとなり、薬を使わない一般市民の間でも流行していったという。

画像 : 当時の服装 public domain

何晏の出世

曹叡(明帝)の死後、養子でまだ年少の曹芳(斉王)が即位すると、その後見役として大司馬・曹真の息子、曹爽(そうそう)が、実質的に政権を握った。

何晏はかねてより曹爽と親しく、散騎常侍・尚書に任命され、一躍政権の中枢へと躍り出た。

彼は曹爽を唆して同じく後見役であった司馬懿を遠ざけさせ、吏部尚書として人事の実権を握り、自身の知人を多く政権に参加させた。

同じ尚書であった丁謐や鄧颺もまた曹爽の取り巻きの一人であり、彼らは当時の落書で「三匹の犬」に例えられている。『※魏略』

何晏の最後

こうして政権の中枢に躍り出た何晏であったが、五石散を長期間にわたって服用し続けた結果、その美貌は急速に衰えていった。
顔色は青白くなり、まるで生ける屍のような姿だったという。

そして、249年に「高平陵の変」が発生した。

画像 : 司馬懿クーデター public domain

病気と称して引退状態にあった司馬懿が、曹爽不在の隙を突いてクーデターを起こし、何晏を含む曹爽派の主だった人物たちは捕らえられ、処刑された。享年54。

『魏氏春秋』によれば、司馬懿は当初、何晏に曹爽らの裁判を担当させた。
何晏は助かりたい一心で、曹爽ら仲間たちの裁判を厳しく行ったにもかかわらず、最終的に司馬懿は罪人の中に何晏の名も加えさせたという。

こうして何晏は、自身が生み出した五石散の長期使用により衰え、最終的には政争に巻き込まれて命を落とすこととなった。

しかし、何晏の死後も五石散は流行し続け、唐代まで流通していたという。

終わりに

五石散の例からも分かるように、薬物に依存することは一時的な快楽をもたらすかもしれないが、その代償は非常に大きい。

現代社会においても、人々は快楽やストレスからの解放を求めて近道を探す。薬物を使用すれば痛みや苦しみから解放されて、楽になる。

だが、それは一時的なもので、多くの危険をともなっていることを忘れてはならない。

参考 : 『後漢書』『正史三国志』『當名人帶頭嗑藥』他
文 / 草の実堂編集部

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