働く妊婦が困ること
先日、自分が妊娠したことをきっかけに、『妊婦が仕事を辞めるのは「しかたないこと」』という記事を書いた。
つわりがしんどくて仕事どころじゃない、仕事と育児の両立の前に妊娠期間で詰むんだが、という内容だ。
この記事は読まれた回数に対し、いつもより多くのコメントをいただいた。
働いている女性のうち、10人に3人は第一子を産んだら仕事を辞めることもあり、関心が高いテーマなのだろう。*1
今回は続編として、前回記事のコメントを紹介しながら、働く妊婦がどういう点で困るのかについて書いていきたい。
つわり時期は流産の確率が高く、妊娠を報告しづらいジレンマ
わたしが2回目の検診で、赤ちゃんの心音を初めて聞いたときのこと。
「心音が確認できたら流産の確率はだいぶ下がりますか?」とお医者さんに質問した。
「そうですね、2割くらいまで下がります」
え、2割????? 5人に1人が流産するの??????と驚愕した覚えがある。
日本産科婦人科学会も、医療機関で確認された妊娠のうち、15%が妊娠22週を迎えずに妊娠を終了するとしている。この定義の場合、10人に1人以上の妊婦が流産する。*2
そう、積極的に話題に上がらないだけで、流産は決して珍しいことではない。元気な子どもが生まれるのは、奇跡なのだ。
で、問題はここから。
流産の多くは、妊娠初期(12週未満)に起こる。そしてつわりは、一般的に妊娠5週目くらいから始まり、10週あたりでピークを迎える。
つまり、「つわりでしんどいけど、まだ安定期じゃないからまわりに妊娠を言いづらい」のだ!!
この問題に関するコメントを、いくつか紹介しよう。
・安定期入るまで報告しにくい(流産の可能性がまだ高い)のとつわりの期間が安定期に入る前(妊娠初期)ってのもやりづらい
・つわりで吐くこともしんどかったが、張りがまた辛かったなあ。毎日昼休みは医務室で寝せてもらっていた。初期は誰にも言えないから余計にしんどいよね
・吐きながら仕事してる人多いんじゃ無いかな?通勤の道に吐くわけにいかなくて、用水路まで走って行ったり。悪阻は初期だから言いにくいし。早く悪阻のメカニズムが分かって、薬が飲めたら良いのにな。
・めっちゃわかる。 産休、妊娠初期から3ヶ月間くらい欲しい。 安定期に入ってつわりもおさまったら臨月まで働くよ!だが今は頼むから休ませてくれって思った。 休めなかったので辞めました。
・あんまり早く職場に報告すると万一の時にしんどすぎる問題とかあるしね。無理があるよ
そう、そうなのよ。
融通を利かせてほしいけど、まだ職場には言いたくない。ジレンマァ~!
「困ってるなら妊娠を話して上司に相談すればいいだろ」は正論なんだけど、万が一の場合、それを職場にも報告しなきゃいけないからさ……。
「つわりで休ませてもらっていましたが、流産したので体調が落ち着き次第すぐに復帰します。ご迷惑おかけしました」なんて言うことを想像したら、やっぱり言えないよ……。
長く不妊治療をしてようやく授かったからこそ慎重になっている人や、出生前診断で陽性だった場合は堕胎するつもりの人、流産経験がある人など、それぞれ事情がある。
働く妊婦は妊娠がわかった直後、「つわりがしんどいけど流産のリスクを考えて、まだ職場に報告したくない・できない」という壁にぶち当たるのだ。
融通を利かせる=リモートワークになる現状
また、妊娠中「融通を利かせてもらって仕事を続けた」という声も多かった。
・つわりが比較的短かった&コロナ禍でテレワーク&たまたま能力に対して仕事量が少なめの時期&上司がコンプラ厳守→「君なら十分成果出せるから休みながらやって」奇跡みたいな労働環境で命拾いしたけど普通詰むよ…
・つわりしんどくて安定期まで待てず、コロナ大流行の時期だったこともあって妊娠3ヶ月で即上司に相談してリモートワークに切り替えてもらった。それまでは食べつわりでおにぎり齧ったりこっそり吐いたりしてた。
・ 悪阻シーズンはリモートさせてもらってたな。今まさにお腹の張りがキツくて横になってるが、有休とリモートを併用しつつなんとか…という感じ。わりと融通きくが、リモートが許されないと大変だなとは思う。
体調に合わせて柔軟に仕事を継続できる環境が増えているのは、喜ばしいことだ。
ただ、「融通を利かせる=リモートワーク」一択なのは気になるところ。世の中、リモートワークが可能な職種ばかりではないから。
・乗り切ったブコメの事例がデスクワークばかりなので、立ち仕事の事例知りたい
それな~!
わたしの友人はアパレルのショップの店員でシフト制。自分が休んだら代わりにだれかが出勤、もしくは早番か遅番の人が長く働くしかなくなり、申し訳なくて辞めたと言っていた。
DMで寄せられた経験談には、「娘の担任教師が妊娠して体調不良が続き、夏休み後復帰するもすぐ産休に入った」「看護師だけど薬の匂いがダメになった。資格があるかぎり復職しやすいから辞めた」なんて人も。
リモートワーク以外で「融通を利かせる」方法って、結局「まわりに代わりに働いてもらう」しかないような……。
「周囲の理解」に対する遠慮と限界
そして、こんなコメントもあった。
・最近は、多くの企業で人事労務に相談するとかなり配慮してもらえますよ。妊娠中は必要に応じて、勤務時間の変更や勤務の軽減等をする事が法律で決まってるし、色々制度もあるし。不安を煽らなくても良いんじゃない?
たしかにそうかもしれない。しかし現実的に、10人に3人は出産を機に仕事を辞めているのだ。
働く女性に優しいと評判だった資生堂も、2014年、時短勤務中の販売員も遅番や土日シフトに入るように制度改革した。
時短社員は平日の早番ばかり希望するから、夜や土日シフトはそれ以外の人たちに集中。現場の不満が大きくなった結果だ。
「職場の配慮」というと聞こえはいいが、結果的に「フルで働ける社員を順番に使いつぶす」ことにもなりうる。
たとえば2023年、『育児中社員の仕事巻き取るの限界すぎて会社を辞めた』という記事が話題になった。一部省略しながら引用したい。
結論。子持ち同僚のフォローがしんどすぎて会社辞めた。
大変だなあと思うから急な子供の発熱も学校行事にも快く送り出していたんだけど。
もうダメだ。
というか、もう嫌になった。
ずっと、本当ーーーーーにずっと、週の半分以上は遅刻、 中抜け、早退。
それも当日に。
いや、仕方ないんだよ。仕方ないんでしょ。
いない間の決定事項を教えてる最中に「あ、ごめんちょっと電話が!」と走り去って行ったとき、自分の中で何か目が覚めたような気分になった。
作業再開した自分の元へ、ごめんごめん続きお願い〜と言いながら駆け寄ってこられた時、自分はワーママだとかワーパパだとかいう人間に搾取される側だと自覚したのが臨界点だった。
僕疲れたよパトラッシュ。
もちろん給料据え置き。残業代?そんなもんはない。
仮にあったとしても、他人の子供が育つまで長時間労働するのは無理だ。
そういう制度にした会社が悪い?無能は会社と上司?ワーママワーパパに言うのは間違い?
そりゃそうだ。会社が悪いよ。
だから辞めることにした。
本人には何も言ってねえよ。
頑張ってるワーママは沢山いるとか、お前もいつか分かるよとか、社会全体で子育てしようとか、他人の綺麗事は何も聞きたくない。
あの「うちの子が〜」と言われたら何もかも許さなきゃいけない感じ、もう全部嫌だ。
いや本当、そのとおりだと思うよ。そりゃみんな、「仕方ない」からフォローしてくれるだろうよ。最初はね。
でも、負担をかけているのは間違いない。
「お互い様」と言えばそうだけど、じゃあ育児中の社員がそのほかの社員のフォローをできる場面ってどれくらいあるんだろう。
わたしが書いた記事のコメントにも、こういうのがあった。
自分のことばっかりでサポートしてくれる周囲の負担とかまるで考えてない奴が多いからだよ
・制度的には相応の配慮を求められることになってはいるが、実際には「不定期に休まれると代わりも雇えなくて迷惑」と退職を余儀なくされている人がいるのも知っている…あと産休が34週からなのが地味にすごくキツい
一方が他方に甘え続けるのは「お互い様」ではなく、上記の記事でいう「搾取」だ。それを「配慮」として強制したら、今度は子育て社員以外がつぶれてしまう。
「職場の配慮」が「他の人が代わりにたくさん働く」という意味なのであれば、それは負担を別の場所に押し付けただけであって、解決とはいえないんじゃないかと思う。
有給や傷病手当、産休などの制度の利用
また、「有給や傷病手当を利用して休む」というコメントも多々あった。
・切迫流産でも妊娠悪阻でも病休とれば傷病手当金が出る。病休取れなくても休憩場所を確保するとか捕食の時間が必要とか周囲に理解を求めればよい。妊娠出産更年期と働く女性は誰もいつでも辛い。強くなれ。
・私はたまたま上司に恵まれて、つわりand切迫早産で休みがちだった為、半年早めの産休ということで傷病手当もらいながら休むことになった。メンタルもおかしくてしょっちゅう職場で号泣したし働ける状態じゃないよね…
・重症妊娠悪阻で入院・実家療養してたので3ヶ月半休職した。社保入ってたので傷病手当も出た。元々時短契約社員で休みやすかったのはあるけど妊娠を理由に解雇は違法だし母健連絡カードもある。つわりは必ず終わる。
傷病手当は、病気やけがで会社を休む&事業主から十分な報酬を受け取れないときに受給できる支援だ。*3
わたしはフリーランスで有給休暇もないし傷病手当は受給対象外なので、よく知らなかった。教えてくださってありがとうございます。
ドイツでは休暇中に病気になったら病欠扱いになり有給日数から除外されるけど、日本は体調不良に有給を使うことも多いんだよね……。
・産休ないの?
・産休するからじゃない?
これねー、実はわたしも妊娠した最初に思ったんですよ。
「つわりがしんどいから、産休を使って休みたいなー」って。
でも産休は、出産予定日の6週間前から適応される制度。280日で計算される妊娠期間中、6週間(42日間?)しか産休にならないのだ(調べた限り、日本もドイツも)。
「早めに産休に入った」っていう人もチラホラいたけど、たぶん、有給とかを組み合わせたんじゃないかな。双子や早産をのぞいて、産休を予定日の6週間以上前から取得できる方法があるのなら、ぜひ広めていただきたい。
あと、みんながみんな、給料が減るのを覚悟で休める経済的余裕があるわけじゃないんだよな。
わたし自身、つわりで仕事を減らすとそのぶん産休中の手当が減るから、「稼げるうちに稼がないと!」って吐きながら記事書いてたし……。
職場内の配慮は限界がある、「職場外」の人もまた変わるべき
長くなってしまったので、そろそろまとめよう。
わたし自身が妊娠したから妊娠について書いたけど、そもそも「妊娠」が特別なわけではない。だれだって、突然働けなくなることはある。
・これは女性だとみんながイメージしやすいけど、偏頭痛がひどい人なんかは吐きながら仕事してたりするんだよね。鬱なんかもそう。ケアはあるべきだけどやはり会社としての限度はどこかに必要になると思う。
・安心して休めるように上位者と関係者が配慮し、それができるような組織・風土作りが必要。 それができないのは、おそらく社会全体の余力のなさのせいで、皺寄せが構造上声を上げにくい人にきているのかと思った。
・こういうのって、妊婦に限る話じゃなくて、病気、怪我、その他で、一定期間通常のパフォーマンスが発揮できない人を会社(とか社会)はどう扱うべきかって問題として考えなきゃいけないんじゃないだろうか。
結局のところ、「みんな休みなく働くことを前提とした社会がもう限界」って話なのだ。
それに対するわたしの結論は、「『配慮』すべきは職場だけでなく、職場外の人たち」。
働き方の工夫だけでは限界がある。仕事量が同じなのに働ける人が減ったら、働ける人がたくさん働くしかなくなる。そしてそれには当然、限界がある。
だからこそ、職場外の「消費者」や「クライアント」側が変わらなきゃいけないのだ。
ドイツのバカンスシーズンなんてひどいぞ、担当者不在で放置される、レストランもカフェも閉まってる、歯医者も産婦人科も休み。
普段だって、レストランでは1時間くらいはみんな文句を言わずに食事を待つし、電車は5分程度の遅延は定時の認識、宅配は予定より1日・2日遅れてもだれも驚かない。
「しっかりしてる」というイメージのドイツですら、これくらいの雑さで社会がまわっているのだ。忙しいならしょうがないね、バカンスならしょうがないね、と。
もちろん客としては間違いなく不便だから、ドイツが優れてると言いたいわけではない。
ただ「働き方」だけで融通を利かすのには限界がある以上、客側も変わらないといけないよな、と思う。どんな制度を用意しても、利用できないんじゃ意味ないし。
働きやすい環境を求め、それを理想とするなら、「職場内の配慮」だけでどうにかできないことを理解する。
そのうえで、客やクライアントが「人手不足で十分なサービスが受けられない」「予定通り進まない」ことを受け入れなきゃいけないのだ。
*1 厚生労働省「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会(第8回) 」p1
*2 日本産科婦人科学会「流産・切迫流産」
*3 全国健康保険協会「傷病手当」
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。
ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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