光源氏だけじゃない!『源氏物語』に登場する魅力あふれる男君たち【趣味どきっ!】
『源氏物語』というと、光源氏と数多くの女君との恋愛遍歴に注目しがちですが、実は立場の異なる男君(おとこぎみ)たちの個性もしっかりと描かれており、そこも魅力の一つになっています。
『NHK趣味どきっ! MOOK 源氏物語の男君たち』(藤井由紀子・清泉女子大学文学部教授)から、光源氏と、物語を彩る個性豊かな11人の男君についてご紹介します。
◆『源氏物語』の主人公
数多くの女君と関係を結んだ元祖プレイボーイ
光源氏(ひかるげんじ)
容姿端麗で、学問や舞楽にも秀でた光源氏は、多くの女性たちと浮名を流すプレイボーイというイメージがあります。物語でも既婚、未婚、年齢に関係なく、自分の心のままに女性たちと付き合っています。ただ、女性たちとの関係は、楽しいだけでなく、苦悩も多く、つらい別れも経験していきます。
◆3人の帝
朱雀帝と光源氏の父
桐壺帝(きりつぼてい)
藤壺の宮と光源氏の子・冷泉帝をわが子として養育
桐壺帝には、右大臣(うだいじん)の娘で早くに入内(じゅだい:帝の妃になること)した弘徽殿女御(こきでんのにょうご)と、第1皇子(後の朱雀帝)がいましたが、低い身分の桐壺更衣を寵愛し、桐壺更衣は皇子(光源氏)を出産します。
桐壺更衣の死去後、桐壺帝は亡き桐壺更衣に顔立ちがそっくりだという藤壺の宮(ふじつぼのみや)を入内させ、12歳になった光源氏は左大臣家の娘・葵の上(あおおいのうえ)と結婚。しかし光源氏が18歳のころ、藤壺の宮に亡き母の面影を求めていた光源氏は藤壺の宮と密通。藤壺の宮は光源氏の子供を身ごもってしまいます。そんな事情を知らない桐壺帝は、生まれた皇子(後の冷泉帝:れいぜいてい)を慈しみ育てます。
桐壺帝の第一皇子で光源氏の異母兄
朱雀帝(すざくてい)
おっとり天皇・朱雀帝、光源氏に女君をことごとく奪われる
朱雀帝は桐壺院(桐壺帝)の第1皇子。10歳で東宮となり、桐壺帝の譲位によって即位したものの、桐壺院は退位後も実質的な権力を掌握していました。
光源氏は、朱雀帝に入内予定だった朧月夜の君(おぼろづきよのきみ)と逢瀬を重ねますが、寛大で光源氏ファンの朱雀帝は「光源氏は我が弟ながら魅力があるので、彼女がひかれるのも無理はない」と納得してしまいます。
愛娘である女三の宮(おんなさんのみや)が裳義(女性の成人式)を済ませると出家。光源氏に降嫁するのを見届けましたが、女三の宮は柏木(かしわぎ)と密通し、皇子(後の薫)を出産。娘の幸せのためと思った光源氏との結婚が、不幸だったことを悔やみます。
光源氏の息子
冷泉帝(れいぜいてい)
兄だと思っていた光源氏、実は父親だった!?
冷泉帝は11歳で天皇に即位します。藤壺の宮と光源氏の間に生まれた子ですが、本人は出生の秘密を知りません。
冷泉帝には弘徽殿女御(権中納言・頭中将の娘)がいましたが、絵に興味があった冷泉帝は、絵が上手で、しかも光源氏が後見となっていた前斎宮(六条御息所:ろくじょうのみやすどころ、の娘)と意気投合。
ある日、夜居の僧都(よいのそうず)から「冷泉帝の本当の父は光源氏」という真実を告げられます。これを知った冷泉帝は光源氏に退位をほのめかしますが、光源氏の願いは自分が帝になることではなく、息子を守ることだと伝えます。それ以降、冷泉帝は本当の父である光源氏に考を尽くすのです。
◆わけありな4人の脇役
光源氏の親友・ライバル・義理の兄
頭中将(とうのちゅうじょう)
理想の女君に、なかなか巡り合えない貴公子
頭中将は、光源氏の正妻となった葵の上の兄。皇女(桐壺帝の妹)を母にもち、光源氏にライバル意識を燃やしながらも、他の誰よりも光源氏と親しく、仲のよい兄弟のように過ごします。
光源氏が須磨へ退去した際、頭中将だけが光源氏を訪ねるほどに親密だった関係も、次第に政治的なライバルになっていきます。
光源氏の妻、明石の君の父
明石の入道(あかしのにゅうどう)
かわいい一人娘を光源氏に嫁がせるために奔走
大臣家の出自でありながら近衛中将の官位を捨てて国守となり、一人娘(明石の君)を大切に育てていました。
ある日、光源氏が須磨の浦で謹慎生活を送っていることを知ると、これも長年信仰してきた住吉の神の霊験と考え、なんとしても娘を高貴な身分の光源氏と縁づかせるために準備を始めます。
やがて、光源氏と結ばれた明石の君は姫君を生み、その姫君は冷泉帝の次の天皇・今上帝に入内し皇子(後の匂宮)をもうけます。宿願がかなった明石の入道は満足した様子で奥深い山に入り、その命が絶えるのを待つのでした。
光源氏の異母弟
蛍宮(ほたるのみや)
光源氏が信頼する弟君、趣味の世界に生きる風流人
蛍宮は光源氏の異母弟で、桐壺帝の第3皇子と考えられています。兄弟の中ではもっとも光源氏と親しく、頭中将の娘・弘徽殿女御と光源氏の養女・前斎宮の、どちらが冷泉帝の寵愛を得るかを競い合った絵合の判定役を務めたのが蛍宮でした。最初の正妻・北の方と死別後、光源氏の養女・玉鬘(たまかずら)に求婚したものの鬚黒に奪われてしまいます。
光源氏の養女、玉鬘の夫
鬚黒(ひげくろ)
玉鬘から嫌われても、熱心に求婚。生涯守り続けた一途な人
玉鬘の熱心な求婚者の1人が鬚黒(右大将)です。右大臣の息子で、承香殿の女御(しょうぎょうでんのにょうご:朱雀院の妃・今上帝の母)の兄に当たります。光源氏、内大臣(頭中将)に次ぐ政治家で、実に真面目な人でした。そんな人が玉鬘に夢中になり、ついには強引に自分のものにしてしまいます。鬚黒には長年連れ添った北の方がいましたが、玉鬘のもとへ出かけようとする鬚黒に錯乱した北の方は、香炉の灰を浴びせたことがありました。
◆愛すべき4人の子孫
光源氏の息子・母は葵の上
夕霧(ゆうぎり)
学問一筋の真面目な好青年は、光源氏に意見するまでに
光源氏と最初の正妻・葵の上(あおいのうえ)との息子で、祖母・大宮(おおみや)の元で育てられます。
大宮の元で一緒に育った幼なじみの雲居雁(くもいのかり)に恋心を抱くものの、父親である右大臣によって引き裂かれてしまいます。しかし、長年雲居雁への思いを持ち続けた夕霧に右大臣も根負けし、6年越しの恋を実らせます。
友人・柏木が病に倒れると、柏木は妻・落葉の宮(おちばのみや)を夕霧に託します。その後、夕霧は柏木の遺言通りに落葉の宮を見舞ううち、次第に心ひかれていきます。
頭中将の息子・薫の実父
柏木(かしわぎ)
恋しい人は光源氏の正妻。光源氏に密通がバレて人生が狂う
光源氏のライバルである頭中将の長男。光源氏の息子で従弟の夕霧と親友です。才に秀でており、将来を期待されていました。
朱雀院の女三の宮の婿選びが始まると、柏木も求婚します。しかし、若さと位の低さを理由に候補から外されます(女三の宮は光源氏に降嫁)。
中納言になった柏木は、ある日、光源氏がいない時を見計らって女三の宮に思いを伝え、契りを結びます。やがて女三の宮が柏木の子(後の薫)を懐妊。それが光源氏の知るところになり、心労から病に倒れてしまいます。
光源氏の息子・母は女三の宮
薫(かおる)
出生の秘密を抱えた男君。八の宮に感銘を受け、宇治に通う
実父は柏木ですが、光源氏の子として育ちます。薫は生まれつき芳香を放つ体質で、人目を忍んで物陰にいてもすぐに薫とわかってしまうほど。しかし、恋愛には消極的。
ある時、宇治にいる八の宮(桐壺帝の第8皇子)と親交を深めていくうち、八の宮の上の娘・大君(おおいぎみ)に心を寄せるようになります。一方で、八の宮家に仕える老女房から父・柏木と母・女三の宮の真相を知り、長年の悩みが解消します。
光源氏の孫・母は明石の女御(あかしのにょうご)
匂宮(におうのみや)
香を焚きしめて、いつも“いい女”を探している伊達男
光源氏の後継者とされるもう1人の若者、それが匂宮です。薫とは兄弟のように育ちましたが、芳香を放つ薫が羨ましく、あらゆる優れた香りを日夜調合して対抗心をもっていました。
ある日、薫から宇治に暮らす八の宮の2人の姫君の話を聞き興味を持ちます。初瀬詣(奈良の長谷寺)のついでに宇治に立ち寄ったのをきっかけに、妹の中の君(なかのきみ)と結婚。しかし、高貴な身分なため行動が制限されていた匂宮は、次第に宇治への足が遠のいてしまいます。
やがて、薫と匂宮は亡くなった姉の大君にそっくりの浮舟(うきふね)と出会い、自分のものにしようと競い合います。
藤井由紀子(ふじい・ゆきこ)
清泉女子大学文学部教授。大阪大学大学院博士後期課程(文学研究科 文学表現論専攻)修了。専門は、日本中古文学、物語文学。中学生のころに『源氏物語』と出会い、そのおもしろさに目覚める。以来、国文学者を夢見て学生時代を過ごす。現職についてからは、『源氏物語』をはじめとする平安時代から室町時代の物語文学を研究している。著書に、『兵部卿物語全釈』(「注釈」「評」「解説」を担当)・『異貌の『源氏物語』』(ともに武蔵野書院)がある。2024 年、NHK 趣味どきっ!「 源氏物語の女君たち」番組講師。
■『NHK趣味どきっ! MOOK 源氏物語の男君たち』
■イラスト 浅生ハルミン