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松山千春というフォークシンガーの原型をシングルコレクション「起承転結」から再確認!

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1981年11月21日 松山千春のベストアルバム「起承転結Ⅱ」発売日

日本のレコードとして2枚目のミリオンセラーとなった「起承転結」


松山千春のシングルコレクション・アルバム『起承転結』(1979年)は、日本のレコードにおいて、井上陽水の『氷の世界』(1973年)に続き2枚目のミリオンセラーとなった歴史的大ヒットアルバムだ。そして、その後も継続的にリリースされている『起承転結』シリーズは、松山千春がそれぞれの時期にシングル曲にどんな思いを込めてきたのかを今に伝える作品群でもある。

特に、1977年のデビューから1979年までのキャニオンレコード時代のシングルを収めた『起承転結』、そして自らのレコード会社NEWSを設立した1980年から1981年までのシングル曲を集めた『起承転結Ⅱ』は、松山千春というシンガーソングライターの原点を再確認するにはうってつけと言えるだろう。さらに言えば、この2枚には「季節の中で」「長い夜」をはじめとする彼の初期の大ヒット曲が網羅されている点でも興味深い。そこで、この2枚のアルバムに収められた楽曲から松山千春の音楽を探ってみたいと思う。

松山千春の歌の世界のひとつの柱になっている “女歌”


2024年に『起承転結』を聴き直して印象的だったのが、デビュー曲の「旅立ち」、そしてセカンドシングルの「かざぐるま」がそれぞれのカップリング曲も含めて女性の立場で歌われる、いわば “女歌” だったということだ。確かにカラオケなどで親しまれている松山千春の曲には “女歌” が多い。しかし、デビュー曲からすでに女歌だったということは、それが彼の歌の世界のひとつの柱になっているということなのだと思う。

「旅立ち」はアマチュア時代の松山千春がコンテストで歌ってデビューのきっかけになった曲だが、歌われているのは夢を抱いて旅立とうとする男との別れを健気に受け止めようとする女性の想いだし、カップリング曲の「初恋」も移り気な男に恋をして翻弄される女性が主人公の歌だ。さらにセカンドシングルの「かざぐるま」も身勝手な男を愛してしまった女性の想いが歌われているし、カップリング曲の「銀の雨」の主人公は男と別れた女性だ。

これらの曲から浮かび上がってくるのは、いわゆる “ボーイ・ミーツ・ガール” 的な思春期の恋の先にある男女の物語だ。一緒になっても独りよがりの夢を追う身勝手な男と、そんな男のわがままに耐えて、別れることになっても男を許す女。男と女の在り方としては理不尽だし古いとも思う。けれど、カップリング曲も含めたこれらの曲たちが今もファンの間で人気曲となっていることを考えれば、こうした男女の在り方に今でもリアリティを感じる人が意外と多いのかもしれない。

松山千春が歌う “女歌” の魅力


こうした松山千春の初期の “女歌” は演歌に通じると感じる人もいるだろう。確かに、“耐える女” “許す女” は昭和の演歌ではおなじみのテーマだけれど、松山千春の “女歌” はそれとは似て非なるものなのではないか?

松山千春は自らをフォークシンガーと名乗っていて、岡林信康、加川良などの社会派フォークシンガーに対する強いシンパシーを表明してきた。一見、そうした社会派フォークシンガーの楽曲と松山千春の世界は違っているように感じられるかもしれないが、その歌に “自分の真実が込められている” という姿勢は共通している。

とすれば「旅立ち」をはじめとする松山千春の “女歌” も、決して “男にとって都合の良い女” のイメージを求める動機から生まれたものではなく、それまで彼自身が見聞きし体験したこと、そしてその実感が形になったものなのだろう。

「起承転結」に収められた松山千春ならではの世界


シングルコレクション・アルバム『起承転結』では、男の我儘を抱擁する女性、夢を追う純粋な少年、そして雄大な大自然の中に生きる人間といった、松山千春ならではの世界の広がりを垣間見ることができる。

ここに収録されたサードシングル「時のいたずら」の主人公は男だが、その彼は思いを寄せている女性が見せる大人びた表情に戸惑っている。男の身勝手に耐え、別れても許す女、それは松山千春の女性に対する畏敬から生まれているものかもしれない。ここにも松山千春の女性への畏敬の念が感じられる。

4枚目のシングル「青春」は、夢を追う純粋な少年を主人公にした希望に満ちた青春ソングで、ストレートで前向きな、まさに人生賛歌的ラブソングだ。しかし、次のシングルのカップリング曲だった「青春Ⅱ」では「青春」の次に描かれた後半の歌詞が女性の視点で描かれて、どんなに希望にあふれ充実した “青春" でもいつか終わりが来る。その時に “青春” を後悔のない思い出にできるのかと問いかけている。こうした対比を見ても、松山千春はデビュー間もない頃から、女性を男よりも成熟した存在として認識していたと感じるのだ。

そして松山千春の最初の大ヒット曲「季節の中で」にも触れないわけにはいかない。

それまでの松山千春のシングル曲のテーマの多くは男女の関係だったが、この曲は大自然と時の流れと対峙する人間という壮大なイメージを描いている。この「季節の中で」で示した、まさに北海道の大自然を思わせるスケールの大きな楽曲も、彼でなければ描けない世界として松山千春の大きな柱になっていく。

「起承転結Ⅱ」のハイライトは「長い夜」

『起承転結Ⅱ』では、こうした松山千春の世界がより充実し、発展していく姿を見ることができる。キャニオンでの最後のシングル曲となった「恋」は、まさに松山千春の “女歌” の発展形だ。同じ別れの歌だが、主人公の女性は去っていく男を見送るのではなく自分の意思で別れを選ぶ女性として描かれている。さらに「こいごころ」や「長い夜」のカップリング曲だった「わかれ」でも自分で自分の運命を切り開いていく意志的な女性が描かれている。

“男歌” にも変化がみられる。すでに『起承転結』に収められている「窓」「卒業」「夜明け」でも失意や自省、挫折感などのニュアンスが生まれていたが、『起承転結Ⅱ』の「帰ろうか」「ふるさと」「風の中」などは同じ “男歌” でも、夢を追った先にある現実や感情を織り込んで、より味わい深いものになっていく変化が見られる。この他にも、自然を感じさせる「海を見つめて」や前向きに人生に立ち向かう意思を込めた「人生(たび)の空から」など、松山千春ならではのテーマを持つ楽曲が収められている。

そして、『起承転結Ⅱ』のハイライトはやはり「長い夜」だろう。そう、軽快なビートに乗ったストレートなラブソングで松山千春最大のヒット曲。一見、なにも深い意味は込められていないようにも思えるが、この背景に彼ならではの “女歌” “男歌” のリアリティがあることを思えば、けっして一筋縄ではいかない世界とも思えるのだ。『起承転結』『起承転結Ⅱ』を聴き直して、これらの曲たちがその時々の想いを託して編まれてきた松山千春流フォークソング世界の原風景なのだと改めて強く思った。

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