優しくつながる本のセレクトショップ 宇部市「工夫舎」
今回取材したのは宇部から新たなカルチャーを発信し、人と人がつながるコミュニティの場としても成長する予感がする本屋です。
手ざわりのある本を媒介にして、優しくつながっていく。そんな素敵な場所をご紹介します。
気づきを優しく後押ししてくれる書店
JR琴芝駅から徒歩数分、宇部市役所や商店街からもほど近いところにある書店「工夫舎」(山口県宇部市寿町2-6-13)。元々美容室だったという建物を改装し、今年4月にオープンしました。駐車場はお店の前に4台分スペースがありますよ。
ドアを開けて中に入ると、迎えてくれたのはオーナーの根来正樹(ねごろ まさき)さん。宇部市出身で現在28歳です。
お店に並ぶのは本や哲学をこよなく愛する根来さんがセレクトした1100冊ほどの新刊・古本の書籍です。
こちら、ただ新しく発売された書物を並べるだけの総合書店ではなく、選書や取り扱うジャンルにオーナーの個性が反映される「独立系書店」という、全国的にも広がりつつあるスタイルの本屋さん。本のセレクトショップのような形態です。
取り扱うジャンルは文学やエッセイ、実用、デザイン、絵本などで、「学びの入り口で優しく背中を押してくれる」という観点から選んでいるのだそう。
最大の特徴はその並べ方。
ジャンルでまとめるのではなく、札に書かれたキーワードごとにそのテーマにまつわる本をジャンルレスに並べています。そのキーワードは根来さんがこれまで読んできた本の中で心に残った言葉などから選んでいるもの。
例えば「か、かた、かたち」というワードでは、「かたち」に紐づく本として、デザインの本やエッセイ、「デザイン思考」という考え方から絵本までがくくられています。
また、並べ方そのもの、つまり陳列の仕方にも気を使っているそうで、背表紙を見せたり、表紙を向けて置いたり、その本の魅力を一番発揮できる見せ方はどれか、と考えながら置いているのだそう。
本というメディアに「工夫」を
根来さんは高校を出た後地元宇部で消防士として勤務していました。
シフトの空いた日は地元の図書館で読書に勤しむ日々を送っていたそうですが、23歳の頃、違う世界を見てみたいと一念発起し消防士を離職。
フィリピンで英語を身につけ、アジアを放浪したり、登山に打ち込んだり、軽トラをキャンピングカーのように仕立てて定住地を持たない生活を送ったり、時には東京の喫茶店で働いたり、建築を学んで個人事業主になったり、とにかくその時心に浮かぶさまざまなチャレンジをしてきた、と振り返ります。
そのような生活の中、宇部市に帰省した時にいろいろな店が空き店舗になっている事実を目の当たりにし、「自分が何かをやるべきでは?」という考えに至り、以前より「本というメディアの可能性」に注目していた根来さんは、書店を開業することを決めたそうです。
とはいえ、本屋が街中から次々と姿を消している状況の中、どのようにすればいいのか。
書店にはそもそも本に興味を持っている人にしか立ち寄ることがなく、どうすれば多くの人に訪れてもらうことができるのか。
そこには「工夫」が必要だ、という思いを強く持ち、「工夫舎」という店名に結実します。
「『工夫舎』を縦書きすると左右対称になる。シンメトリーであり、ニュートラル(中立)なメディアでありたい」
そう根来さんは話します。
では、ただの書店にとどまらない「工夫」を見ていきましょう。
こだわりのコーヒーにカヌレを提供する喫茶室
そのひとつが書店を奥に進んでいたところにある「喫茶室」です。
カフェがあれば本に興味を持つ人だけでなく訪問してもらえるチャンスがある。そう考え喫茶スペースを設けました。
メニューはコーヒー・紅茶や焼き菓子を提供。
コーヒーは県内のコーヒーショップから仕入れた豆を使用していて、取材に訪れた日は美祢市にある「SONODA COFFEE」の豆で淹れたアイスコーヒーをいただきました。
焼き菓子のカヌレは県内で店舗を持たずに製造販売する「douze cannelé」のもの。
コーヒー 500円焼き菓子(カヌレ) 350円
席はすべて窓際に沿って配置されていて、一人でもふらりと立ち寄ってカフェをしながら素敵な読書タイムを過ごせそうですね。
こちらの喫茶スペースでは、自宅から持ってきた本を読むこともできますよ。
誰でも本屋のオーナーに
そしてもうひとつが、喫茶室をさらに抜けて突き当りまで進んだスペースで展開する「シェア型本屋」です。
一棚単位で本屋のオーナーになれる、最近全国的にも広がっている書店の新しい形態で、「ブックマンション」ともよばれるもの。
縦320mm✕横410mm✕奥行き280mmのスペースを月2000~3500円で借りることができ、そこに自分の持ち寄った本を並べて販売することができる仕組みです。
現在すでに入居者がいて、猫に関するものばかり集めた棚やフランスの歴史に関する本を集めた棚など、その方の個性が光るラインナップとなっていましたよ。
知らないジャンルの本に出会えて新たな世界を知る機会にもなりますので、「工夫舎」の取り扱う書物と合わせて是非覗いてみてくださいね。
今この時代に
根来さんが何度も口にするのは、「手ざわり・心ざわり」という感覚です。
ネットで本が買えたり、電子書籍で本を読めたりする時代に、書店を開き対面で販売する形にこだわるのはそのような感覚を大事にするからこそ。
そんな根来さんにおすすめの本を伺うと紹介してくれたのが、東京の郊外で「クルミドコーヒー」というカフェを営む影山知明さんが執筆した「ゆっくり、いそげ」という一冊です。
影山知明著「ゆっくり、いそげ」(大和書房) 1500円+税
マーケティングの本でありつつ、商いの中で大切なこと、地域の声を聞いたり、目の前の人を大切にして、きちんと「手ざわり・心ざわり」のあるいい仕事をしていこうということを記した書物です。
「仕事論というより、生き方、あり方を教えてもらえる本です。」根来さんはそう話します。
「工夫舎」では、単に本を販売するだけでなく、定期的な「集い」のイベントを開催しています。喫茶スペースを利用し、時には好きな音楽を紹介したり、哲学について話し合ったりしているそうです。
根来さん曰く、「店員-お客の関係でなく、お客がお客でなくなる瞬間が好きなんです。」
「手ざわり・心ざわり」を求めて、本が集まる場所に人が集まって生まれていく何かを大切にしていきたい。これからの時代に書店を営む根来さんの「工夫」と覚悟を感じました。
宇部市に誕生した新たな文化の発信拠点。
新たな本との出会い、そして人との出会いを求めて訪れてみてはいかがでしょうか。