介護施設の監査とは?実施までの流れや行政処分の基準について解説
介護施設への監査の概要
監査が実施される主な理由
介護保険制度は、国民が安心して介護サービスを受けられるように設計された制度です。介護施設に対する監査は、その適切な運営を確保するために実施されます。
監査の主な目的は、介護サービスの質を確保し、利用者の権利を守ることにあります。この目的を達成するため、監査では以下のような観点から施設運営を確認します。
事実関係の的確な把握 不正や基準違反の疑いがある場合、客観的な証拠に基づいて事実を確認します。 公正な措置の検討 確認された事実に基づき、法令に則った適切な対応を行います。 再発防止の徹底 問題が発見された場合、その原因を究明し、同様の事態が繰り返されないよう必要な指導を行います。
具体的には、施設から報告を求めたり、帳簿書類の提出を命じたりするほか、必要に応じて立入検査を行います。これにより、介護保険施設の運営が適正に行われているかを確認し、必要な場合には改善を促すことで、介護サービスの質の向上を目指しています。
厚労省が実施した監査実施事業所数の調査によると、2022年度には1,335件の監査が行われており、前年と比べて585件増加しています。
このような監査制度が実施されることで、利用者は安心してサービスを受けることができ、また介護保険制度への信頼性も確保されることとなるでしょう。
監査と運営指導の違い
介護施設における監査と運営指導は、目的や実施方法に大きな違いがあります。
監査は、法令遵守の確認を目的とした立入検査です。不正請求や人員基準違反などの問題が疑われる場合、あるいは通報や苦情を受けた場合に実施されます。監査には介護保険法に基づく強制力があり、立入検査や関係者への質問、帳簿書類の確認などを行う権限が付与されています。
一方、運営指導は介護施設が適切に運営されているかを確認するための指導です。改善すべき点が認められた場合には、施設側の協力のもと、運営の是正が行われます。運営指導は、定期的あるいは必要に応じて行われ、主に以下のような違いがあります。
法的根拠と強制力 監査:介護保険法に基づく強制力のある立入検査 運営指導:介護保険法に基づく指導で、相手方の協力を求めるもの 実施のタイミング 監査:問題の疑いや通報があった場合に実施 運営指導:定期的または必要に応じて実施 目的の違い 監査:法令違反の確認と是正 運営指導:運営上の課題の把握と改善支援
原則としては、運営指導の過程で重大な問題が発見された場合に、監査に切り替えることが一般的です。その際は、口頭で監査に移行する旨を通告したうえで実施されることになります。
なお、「運営指導」は元々「実地指導」と呼ばれており、2022年度に名称が変更されています。これは、必ずしも実地で行う必要がない確認事項に関しては、オンライン上での指導も可能になったためです。
監査の実施方法と流れ
介護施設への監査は、具体的な手順に従って実施されます。
まず監査開始時には、施設に対して文書で「実施通知」を行います。この通知は、必ずしも前もって行う必要はなく、監査当日に行うことも可能です。運営指導中に監査へ移行する場合は、口頭で監査を実施する旨を通告します。
監査では主に以下のような確認が行われます。
書類の確認 介護サービスの提供に関する記録 職員の配置状況の記録 利用者の状況に関する記録 ヒアリング調査 施設職員からの聞き取り 利用者からの状況確認 関係者からの証言収集 現場視察 実際のサービス提供状況の確認 施設・設備の実地確認 運営実態の調査
監査の結果、問題が発見された場合は、改善指導や行政処分が行われることがあります。
証拠となる関係書類については、可能な限りその場で入手する形で行われます。これは、後日の証拠隠滅や改ざんを防ぐための措置となります。
しかし、証拠の収集や事実確認は慎重に行う必要があるため、複数日にわたって実施されることもあるでしょう。関係者からの聞き取りも一人ずつ個別に行われ、その内容は詳細に記録されます。
また、勧告や行政処分が行われる場合には、検査と呼ばれる事実確認が行政機関によって行われます。情報収集だけでなく、法令や一定の基準を現状と照らし合わせることで、具体的な問題点を明らかにします。
監査で指摘される主な問題点
人員基準違反
介護施設における人員基準は、利用者に適切なサービスを提供するための重要な基準です。厚生労働省が定める基準では、利用者の数に応じて必要となる介護職員の配置が細かく規定されています。
人員基準違反は、施設の運営に重大な影響を及ぼす問題として扱われます。具体的には、必要な介護職員数が確保できていない状態や、必要な資格を持たない職員が配置されているケースなどが該当します。このような状況は、サービスの質に直接影響を与えるだけでなく、利用者の安全や健康にもかかわる重大な問題となることがあります。
人員基準の具体例として、特別養護老人ホームでは入所者3人に対して1人以上の介護・看護職員の配置が必要です。また、常勤のケアマネージャーを1人以上配置することも求められています。これらの基準は施設の種類や規模によって異なりますが、いずれも利用者の安全と適切なケアの提供を確保するために設定されています。
人員基準違反が発覚した場合、施設は速やかな改善を求められます。改善が見られない場合には行政処分の対象となる可能性があり、最悪の場合、施設の信頼性が大きく損なわれることにもなりかねません。
また、人員基準違反は、往々にして施設の経営状態や職場環境の問題と結びついていることが少なくありません。人材確保が困難な状況や、急な離職による一時的な人員不足など、さまざまな要因が背景にあることも考えられます。そのため、監査では単に違反の有無を確認するだけでなく、その背景にある構造的な問題についても着目されることとなるでしょう。
運営基準違反
運営基準は、介護施設が適切に運営されているかを評価するための重要な基準です。この基準には、施設の管理体制、サービスの提供方法、そして利用者の権利の尊重など、多岐にわたる項目が含まれています。
監査では、運営基準に関して以下のような観点から詳細な確認が行われます。まず、施設の管理体制が適切に機能しているか、特に責任者の配置や指揮命令系統が明確になっているかが確認されます。次に、サービス提供の実態について、個別の介護計画の作成状況やその内容の妥当性、実際のサービス提供との整合性などが精査されます。
運営基準違反が指摘された場合、施設は適切な対応を求められます。違反の内容によっては、施設の運営に重大な支障をきたす可能性もあり、改善が見られない場合は行政処分につながることもあります。
特に重要視されるのが、利用者の安全と権利を守るための基準です。例えば、事故発生時の対応手順の整備や、非常災害対策、感染症対策などが適切に実施されているかどうかは、運営基準の重要な評価項目となっています。これらの体制が不十分な場合、利用者の生命や健康に直接的な影響を及ぼす可能性があるためです。
介護報酬の不正請求
介護保険法に基づく監査において、介護報酬の不正請求は特に重要な調査対象です。厚労省の調査によると、不正請求は2022年度に行われた行政処分の事由として、最も多くなっています。
不正請求は、具体的には以下のような事例が該当します。
サービスを実施していないにもかかわらず、実施したように装って報酬を請求する架空請求 人員基準を満たしていないにもかかわらず、満たしているように偽って加算を請求する行為 サービスの所要時間に応じて定められた単位数を超えて請求を行う行為
不正請求が発覚した場合、自治体による厳正な対応が行われます。保険者(市町村)は不正請求額の返還を求めるだけでなく、その金額の40%を上乗せして徴収する可能性があります。
なお、不正請求に関する返還請求権には2年の時効があります。しかし、保険者からの督促があった場合には、時効の更新が行われます。
不正請求の調査では、単なる事務的なミスと意図的な不正を区別することも重要な課題となっています。そのため、事業者側には適切な記録管理と説明責任が求められます。
人格尊重義務違反
人格尊重義務違反は、利用者の尊厳を損なう重大な問題として扱われます。具体的には、高齢者虐待など、利用者の人格を否定するような行為を指します。
この違反が疑われる場合、市町村の高齢者虐待防止担当部局と連携した調査が行われます。特に高齢者虐待の事実が確認された場合は、速やかな改善措置が求められるとともに、指定取消等の行政処分の対象となる可能性があります。
また、要因分析に基づく再発防止に向けた改善計画の作成と、その改善状況の定期的な報告が必要とされます。
なお、人格尊重義務は施設全体に課せられた責任であり、個々の職員だけでなく、施設の管理者や経営者にも求められる重要な義務となっています。
監査結果に基づく行政処分
勧告と改善命令
監査の結果、軽微な違反が認められた場合、まずは行政指導や勧告という形での指導が行われます。なお、勧告は人員基準違反や運営基準違反が確認された際には対象となりますが、人格尊重義務違反や不正請求については、勧告ではなく直接的な行政処分の対象となることに留意する必要があります。
勧告を受けた際には、施設は自主的に問題解決に取り組まなくてはなりません。口頭での注意や指導に留まる場合もありますが、期限内に改善報告書の提出が求められることもあります。
勧告に従わない場合、もしくは正当な理由なく改善が見られない場合は、改善命令という形でより強制力のある措置がとられることになります。さらに、改善命令に従わない場合には、指定の効力停止や取り消しなどの行政処分に移行する可能性があります。
また、改善勧告の内容は、各施設の状況や違反の内容によって異なります。そのため、施設側には改善勧告を受けた際の真摯な対応と、自らの状況に即した具体的かつ実効性のある改善措置を講じることが重要といえます。
行政処分(指定取消・効力停止)
監査の結果、深刻な違反や不正が確認された場合、介護施設は厳しい行政処分を受けることになります。主な行政処分には、指定取消と効力停止の2種類があります。
指定取消とは、介護保険法に基づく介護サービス事業者としての指定を取り消される処分のことです。これは最も重い処分となっており、組織的な不正関与が認められた場合には、同一法人が運営する同種のサービスについて、5年間は新規指定や更新が認められない連座制が適用されることもあります。
一方、効力停止は一定期間、新規利用者の受け入れを停止したり、事業の一部または全部の効力を停止する処分となります。以下の2つの区分があります。
全部効力停止:事業所全体の運営を一定期間停止 一部効力停止:新規利用者の受け入れ停止など、事業の一部を制限
このように、行政処分は事業継続に大きな影響を与えるため、日頃からの法令遵守と適切な運営管理が重要となってきます。
また、これらの処分を行う際には、行政手続法に基づき、事業者に対して聴聞や弁明の機会を設けることが必要とされています。処分の決定には、以下の要素が考慮されることが多くなっています。
違反行為の重大性 故意または過失の度合い 組織的な関与の有無 過去の処分歴 改善への取り組み姿勢
厚労省のデータによると、2022年度の監査後の対応については、全体のうちの36%が改善報告を求めた行政指導に留まっています。指定取消などの厳格な行政処分は、十分に審査を行ったうえで、必要な場合にのみ行われるものとなっています。
営業停止処分のリスクと影響
営業停止処分は介護施設の運営に深刻な影響をもたらします。まず、経営面において、新規利用者の受け入れ停止や事業の一部停止により、収入が著しく減少することが考えられます。さらに、処分内容は公示されるため、地域における施設の評判や信頼性が大きく損なわれる可能性が高いでしょう。
また、収入減少に伴い人件費の確保が困難になるなど、職員の雇用維持も大きな課題となってきます。金融機関からの融資条件見直しや、関連事業への波及的影響も懸念されるところです。
利用者への影響も看過できません。介護保険法では、事業の休廃止を行う際には利用者に対する継続的なサービスの確保のための便宜提供が義務付けられています。代替サービスの紹介やほかの介護施設との引き継ぎ、利用者やその家族への丁寧な説明などが必要となってくるでしょう。
このような事態を回避するためには、コンプライアンス体制の整備や定期的な内部監査の実施が欠かせません。また、職員への継続的な教育研修や適切な記録管理システムの構築も重要な取り組みとなります。