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権利擁護とは?介護や高齢者福祉の現場で求められる理由

「みんなの介護」ニュース

山崎 晋平

権利擁護とは?介護や高齢者福祉の現場で求められる理由

権利擁護(アドボカシー)の定義と意味 - 高齢者の人権を守ること

権利擁護とは、高齢者をはじめとする支援が必要な人たちの権利や尊厳を守り、その人らしい生活を支えることを指します。

アドボカシーとも呼ばれ、本人の意思を尊重しながら、福祉サービスの利用や生活環境の改善などを通じて、自立した生活を送れるよう支援することが目的です。

この考え方は、日本国憲法で保障された基本的人権を具体化するものです。憲法第13条では、すべて国民は個人として尊重され、幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とすると定められています。

権利擁護は、私たち一人ひとりが持つかけがえのない人権を守り、その人らしい生活を支えるための取り組みなのです。

高齢者福祉や介護の現場では、認知機能の低下等により判断力が伴わず適切な意思表示ができない要介護者もいるため、権利擁護の視点に立った姿勢が重要になります。利用者本位の支援を徹底し、尊厳ある暮らしを守ることが、高齢者福祉の根幹をなす理念だと言えるでしょう。

しかし現状を見ると、介護サービス利用時の不適切なケアや、高齢者に対する虐待など、高齢者の権利が脅かされる事態が後を絶ちません。2022年度の厚生労働省の調査では、養介護施設従事者等による高齢者虐待の相談・通報件数が2795件、養護者による高齢者虐待の相談・通報件数が38291件に上っています。

こうした深刻な状況に歯止めをかけるためにも、権利擁護の取り組みをさらに強化していく必要があるのです。

権利擁護という言葉は、一般にはなじみが薄いかもしれません。しかし、私たちがいつまでも一人の人間として尊重され、その人らしく生きていくために、権利擁護の理念と実践を広げていくことが何より大切です。

なぜ高齢者福祉・介護の現場で権利擁護が求められるのか

高齢期は、若い頃に比べて心身の機能が徐々に衰え、他者の支援を必要とする場面が増えてきます。

認知症などにより判断能力が低下した高齢者は、自分の権利を守るために必要な行動をとることが難しくなります。

介護サービスの利用場面では、こうした高齢者と介護者との間に軋轢が生じやすく、高齢者の意思が無視されたり、不適切なケアを受けたりするなど、権利侵害が起こるリスクがあるのです。

増加傾向にある高齢者虐待に歯止めをかけるためにも、介護の現場で権利擁護の取り組みを進めることが急務となっています。今後、認知症高齢者の増加が見込まれる中、その重要性はさらに高まっていくでしょう。

高齢者の尊厳と権利を守るためには、介護に携わる全ての人が権利擁護の意識を持つことが大切です。利用者一人ひとりの声に耳を傾け、その思いに寄り添いながら、常に最善の支援を考えていく姿勢が求められます。

権利擁護の視点に立った介護とは - 介護現場で求められること

では、介護現場ではどのように権利擁護を実践すればよいのでしょうか。何よりも重要なのは、できる限り本人の意思決定を尊重し、残存機能を最大限に活かしながら自立支援を促すことです。

例としては、食事の場面で、利用者に無理やり食べさせるのではなく、本人のペースに合わせて、好みの食べ物を選んでもらうことも大切な権利擁護と言えるでしょう。

排泄の介助では、可能な限りトイレでの排泄を促し、おむつの使用を減らすことも自立支援につながります。こうした一つひとつの場面で、利用者の意思を尊重し、できることは自分でしてもらうという残存能力を生かした介助をすることも大切なのです。

安全確保を理由とした安易な身体拘束も避けるべきことの一つです。転倒のリスクがあるからといって、ベッドに縛り付けるなどの行為は、高齢者の尊厳を著しく損なうだけでなく、認知機能の低下やADLの悪化を招く恐れもあります。

介護をしていると、どうしても効率重視になりがちですが、「この人にとって何が最善か」を常に考えることが重要です。身体拘束に頼らないケアの工夫を重ね、一人ひとりに寄り添った支援を模索していくことが、利用者の権利を守ることにもつながるのです。

権利擁護を実践するためには、介護従事者一人ひとりが、ケアの倫理や人権に関する知識を深めることも欠かせません。日々の実践の中で振り返りを重ね、より良いケアのあり方を探究していくことも大切です。

介護・高齢福祉の現場における権利擁護の実践例

施設入所における身体拘束廃止の取り組み

介護現場での身体拘束は、安全確保のために仕方がないと考えられがちでした。しかし、それは高齢者の尊厳を損なうだけでなく、転倒のリスクを高めたり、認知機能やADLの低下を招いたりと、かえって悪影響を及ぼすことが明らかになってきました。

こうした中、身体拘束の廃止に向けて積極的に取り組み、利用者本位のケアを実現している施設も少なくありません。

例えばA施設では、多職種が参加する身体拘束廃止委員会を立ち上げ、身体拘束が行われた事例を一つひとつ検証し、事故の要因分析と再発防止策の検討を重ねました。

具体的には、センサーマットの活用や見守りの強化、排泄パターンの把握と定時のトイレ誘導など、身体拘束に頼らない対応を実践しました。スタッフ間の申し送りを密にし、利用者一人ひとりに適したケア方法を探ることで、身体拘束実施者が減ったそうです。

利用者の残存機能を見極め、自立を引き出す関わりを工夫すること。一人ひとりに合わせた環境整備を行い、安全に過ごせる居室づくりを進めること。身体拘束廃止には、こうした取り組みの積み重ねが何より大切なのです。

認知症高齢者に対する意思決定支援の事例

認知症があっても、できる限り本人の意思を尊重した支援を心がけることが大切です。

しかし、認知症の方の意思をくみ取ることは工夫が必要です。グループホームB事業所では、試行錯誤の中から、利用者の思いに寄り添うためのさまざまな工夫を生み出してきました。

例えば、外出の機会を設ける際は、単に「どこに行きたいですか」と聞くのではなく、行き先の写真を見せて具体的にイメージしてもらい、参加の意向を丁寧に聞き取ります。

言葉だけでは伝わりにくくても、実物を見せたり、昔の思い出話を引き出したりすることで、本人の希望を引き出せることが少なくないのだそうです。

排泄や入浴の場面でも、「これからトイレに行きましょう」と一方的に誘導するのではなく、時間をかけて本人の訴えを待つことを大切にしています。

すぐには言葉にならなくても、しぐさや表情から読み取り、できるだけ本人の意思を尊重するよう努めているのです。

こうした意思決定支援は、日頃の何気ない関わりの積み重ねがあってこそ実践できるものです。利用者一人ひとりの生活史や価値観をしっかりと受け止め、信頼関係を築くこと。そこから初めて、本人の思いに寄り添った支援が生まれてくるのです。

認知症の方の権利を守り、意思決定を支援するためには、成年後見制度の活用も欠かせません。この制度は、判断能力が不十分な人の権利を法律的に守る仕組みで、近年は認知症の方の利用も増加しています。

成年後見人は本人に代わって財産管理などを行いますが、日常的な意思決定は、介護現場で利用者に寄り添う支援者との協力が何より大切になります。

意思決定支援は、高齢者の意思を尊重するためのものです。「あの人はこう思っているはずだ」と決めつけるのではなく、表情やしぐさ、これまで歩んできた背景などから、本人の思いを丁寧に読み取っていく。

認知症があっても、一人の「人」として尊重され、その人らしく生きていくために、意思決定支援はこれからますます重要になっていくでしょう。

虐待防止委員会の設置と対応フローの整備

高齢者虐待は、高齢者の尊厳を著しく傷つける重大な権利侵害です。

介護現場での虐待を防ぐには、早期発見と適切な対応が何より重要となります。そのためには、虐待防止委員会の設置と、虐待発生時の対応フローの整備が欠かせません。

老人福祉法改正で、全ての介護サービス事業者に虐待防止委員会の設置等が義務付けられました。委員会では定期的に会議を開き、虐待防止マニュアルの整備や、従業者への研修、虐待発生時の対応方法の検討などを行います。

介護現場は人手不足で慢性的に多忙を極めていますが、そうした中でこそ、虐待を未然に防ぐ取り組みを疎かにしてはなりません。小さな不適切なケアも見逃さず、カンファレンス等で振り返りを重ねることが虐待防止の第一歩となります。

2022年度の調査では、虐待防止委員会の設置率は、施設系・居住系サービスで88.3%、訪問系サービスで68.1%となっています。

訪問系など小規模な事業所では、思うように体制整備が進んでいない現状がうかがえます。

利用者の尊厳を守るために、業種や法人規模を問わず、全ての事業所で虐待防止に真剣に取り組むことが求められています。

そのためには、虐待発見時の通報義務と通報先の周知も重要なポイントとなります。養介護施設従事者等による高齢者虐待を発見した場合、速やかに市町村に通報しなければなりません。通報を受けた市町村は事実確認を行い、必要に応じて都道府県と連携して改善を指導します。

事業者側は、こうした通報義務を職員全員に徹底させるとともに、通報の流れを明確にしたマニュアルを整備し、全従業者に浸透させることが重要です。

権利擁護の取り組みを推進するための課題と展望

介護従事者への権利擁護の理解促進と教育の必要性

「介護の質は人で決まる」と言われるように、権利擁護の実践も、介護者一人ひとりの意識に大きく左右されます。

高齢者の尊厳を守り、その人らしさを大切にするケアを実現するためには、権利擁護への正しい理解と、ケアを振り返る姿勢を持つことが重要です。

介護現場に求められるのは、権利擁護の「意識」を養うことです。事業者側は、研修の機会を設け、介護の基本理念やケアの倫理、プライバシー保護、虐待防止の留意点など、権利擁護に必要な知識を体系的に学ぶことも必要です。

机で学んだことを実践と結びつけることで、権利擁護の視点を持って行動できる力を身につけることができるでしょう。

介護人材の確保が困難な中で、従事者の専門性をいかに高めていくかは、介護サービスの質の向上を図る上でも重要な鍵となります。

介護現場の課題は山積みですが、従事者の意識と実践力を高める取り組みは、適切なケア方法の在り方を提供するための一歩となるはずです。

現場で権利擁護の輪を広げるリーダーを数多く育てていくこと。介護サービスの質を高め、利用者本位のケアを実現するために、従事者の教育にこれまで以上に力を注いでいくことが求められています。

利用者・家族側の権利擁護の普及ポイント

サービスを利用する側の利用者や家族の理解を深めることも、権利擁護を進める上で欠かせない視点です。

家族の介護負担を軽減するために、介護サービスの利用は欠かせません。しかし、サービス利用時の不安は尽きないものです。

「本当に安心して任せられる事業所なのだろうか」「お世話になっているのに、細かいことを言ってよいものだろうか」という思いを抱いたことがあるのではないでしょうか。

サービス利用時に心配なことがあれば遠慮なく相談し、万一、権利侵害が疑われる事態が発生した場合の相談窓口の存在も把握しておきましょう。

市町村の担当窓口や、地域包括支援センター、法律専門家による無料相談など、身近にある様々な支援機関を知っておくことで、早期の解決にもつなげることができるでしょう。

利用者の権利を守るための取り組みとして、介護サービスの情報公表制度の活用も有効です。この制度は、利用者が事業所の選択や契約に役立つ客観的情報の提供を目的としており、多くの事業所がホームページ等で情報を公開しています。

公開情報には、事業所の概要や職員体制だけでなく、サービス提供に関する自己評価の結果、利用者アンケートの結果、運営推進会議の記録、苦情・事故報告の件数、行政の実地指導の結果など、サービスの質を推し量るための重要な項目が数多く含まれています。

こうした情報を手がかりに、利用前に事業所の状況を詳しくチェックすることは、適切なサービスを選ぶ上でとても有効な方法と言えます。

サービス選びの際は、目に見える設備の充実度などに目を奪われがちですが、「利用者の意思はどれだけ尊重されているか」「一人ひとりに寄り添ったケアが行われているか」といった、視点を持つことが重要です。

地域での権利擁護ネットワークづくりに向けた課題

権利擁護の理念を地域で根づかせ、高齢者一人ひとりの尊厳ある暮らしを支えるためには、行政から介護事業者、地域住民、法律の専門家に至るまで、さまざまな立場の人々が連携する必要があります。

地域包括ケアの理念を実現するためにも、権利擁護のネットワークづくりは欠かせない視点と言えます。

しかし成年後見制度の中核機関である権利擁護支援センターを設置していないという自治体も少なくありません。権利擁護の相談支援の拠点を各地に整備し、行政と民間が一体となって連携体制を構築することは、一朝一夕にはできない難しい課題です。

それでも、小さな取り組みの積み重ねから、地域の権利擁護ネットワークを育てている地域もあります。認知症高齢者の意思決定支援のために、介護事業者と成年後見人、地域包括支援センターが連携する仕組みを構築している自治体があります。

成年後見制度の担い手不足を補うために、行政と社会福祉協議会、NPOが協力して市民後見人を養成する取り組みも各地で広がっています。

認知症サポーター養成講座の修了者などを対象に、成年後見人の役割を担う「市民後見人」を養成し、高齢者の身近な権利擁護の担い手として活躍してもらう。高齢者人口の増加を行政の手だけでは支えきれない以上、こうした民間の力を生かす発想が今後ますます重要になるでしょう。

こうした連携の仕組みを築くためには、行政の積極的な関与も重要です。そして、関係者が顔の見える関係を築き、お互いの強みを生かしながら対等な立場で議論を重ねる中から、地域の実情に合った権利擁護の取り組みが生まれてくるはずです。

大切なのは、制度の狭間にある問題を放置せず、地域で「我が事」として共有し、話し合うことです。「地域共生社会」を目指す今だからこそ、高齢者の権利擁護を、一人ひとりの身近な課題として考える機会を地域全体で醸成していくことが求められています。

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