福岡・薬院の居酒屋で20年以上も大人気。山芋と肉類たっぷりの名物鍋を味わう
薬院の小路に提灯をともして23年。この界隈がまだ飲食店の少ない“穴場”な頃から、居酒屋「喜人」は多くの常連が集う隠れ家でした。今なお途切れぬ人気の理由は、やはり創業以来の名物「喜人鍋」でしょう。かくいう僕も、時折無性にあの味が恋しくなる一人。本当にクセになる傑作鍋なんですよね。
本格的な秋が近い9月某日、久々に「喜人」を再訪しました。茶室を思わす小さな扉の先には、全24席を配したカウンターと掘りごたつ。まさに王道の居酒屋といった趣ですが、壁や屏風に見られる和モチーフの絵が他店にない個性を加えています。風神・雷神などをユーモラスに描いた絵の数々はかなりの躍動感。しかも驚くことに、その絵師はなんと店主の三橋邦弘さんなのです。
さらに、壁や棚にはアーティスト・椎名林檎のアナログ盤やグッズがずらり。そう、三橋さんは長年の熱烈な林檎ファンで、常連にも多くの同好の士がいるのだそう。これもまた「喜人」独特の(ちょっとディープな)空気を生むエッセンスでしょう。
そんな個性派店を営む三橋さんは和食の素養も持つ料理人。独立後に開いた「喜人」では、屋号の通り「人々を喜ばせること」に全力を傾けているそうです。以来、丁寧な仕事で値段を超える満足感を紡ぎだし、信頼の置ける居酒屋として邁進してきました。
その心意気は、さっそく豪華なお通し(700円)に現れます。この日は冬瓜・ナス・トマトの土佐酢和え・トウモロコシ。続いて香ばしい焼き胡麻豆腐。そしてイチヂク胡麻だれ・カボチャ入りの厚焼き卵・サツマイモのレモン煮・サンマの梅肉煮・オクラの胡麻和え・ナシの白和え……と多彩な品々が3回に分けて出されました。
驚くのは、これらがお通しのためだけに用意されたものであること。居酒屋レベルではなく、もはや和食店の八寸クオリティです。「お通しからお客様を驚かせたくて、色々手を加えてたらこうなりました」と三橋さん。「また7割以上の方が鍋を注文されるので、せめてお通しで季節感を楽しんでもらえたらなって」と人好きする笑顔で話します。
そんな実直な料理人、三橋さんの“推し食材”は生麩と湯葉。それらを生かしたメニューから、今宵は人気の定番「生麩のゴルゴンゾーラ」(1,000円)を選びました。
これは、よもぎ・あずき・胡麻・粟の4種の生麩に、濃厚なゴルゴンゾーラのソースを絡めた一品。塩味や苦味が効いたソースと、ニョッキのようなもっちり感ある生麩は相性抜群です。その濃厚な旨味は一瞬で引き込まれるほど鮮烈で、これはワインを頼まずにいられません! 和洋コラボの見事な成功例ではないでしょうか。
そして、総仕上げはもちろん「喜人鍋」(1人前2,850円。写真は2人前)です。鴨・豚バラ・鶏モモ・軟骨鳥つくねといった肉類に、白菜・春菊・豆腐・葛切り・ゴボウを加え、仕上げに山芋を雪のようにかぶせたら準備完了。火をつけた後、山芋が焦げつかないよう三橋さんが全体を丹念にかき混ぜ、頃合いが来ると「どうぞ」と教えてくれました。
久しぶりに食す「喜人鍋」は、やはり変わらぬおいしさでした。4種の肉から滲みでる旨味はスープに贅沢なコクを与え、それでいてギトギトした重さは皆無。甘めの出汁と山芋が脂を中和するのか、むしろ澄んだ上品ささえ感じます。
滋養満点の具材も疲れた体に効きそうで、僕的には“完全食”に近い印象です。特にスープが絶品で、危うく飲み干しかけてシメの「明太とろろ雑炊」(700円)が頼めなくなるところでした(笑)。
「味噌鍋にとろろをかける、東北・信州の料理にヒントを得た鍋です。これが皆さんの元気の源になれば嬉しいですね」。そう三橋さんが語る自慢の名物ですが、最近は5,000円の鍋コースも始まったとか。鍋プラス6品に2時間飲み放題が付くというからこれはお値打ちですよ。年の瀬迫る時節柄、これから何度かお世話になるかも!
喜人
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