養蚕はWワークに最適? 南房総で唯一の養蚕農家が、繊維のダイヤモンド「天蚕」に意欲を見せるワケ
蛾の幼虫である蚕(かいこ)を育て、繭(まゆ)を生産・出荷する養蚕(ようさん)農家。農林水産省の「蚕
糸 業 を め ぐ る 事 情」によると、1989年には全国に57230戸あった養蚕農家が、2023年には146戸にまで減少しています。群馬県の農家数が55戸で、繭生産量の約4割を占めていますが、千葉県にも4戸の農家が存在しています。その中の1戸、南房総では唯一の養蚕農家であり、シルクのランプシェードづくりワークショップも開催している「繭灯り夢工房」の内記(ないき)朗さんに、養蚕の仕事について聞いてみました。
会社員の内記さんが養蚕をはじめた理由
内記さんのお爺さんの代に養蚕をやっていたことはありましたが、絹の需要が落ちた戦後に廃業。内記さんは会社員として働きながら、仲間と米をつくって出荷していました。内記さんのお爺さんが、自分で育てた繭を糸にしてもらい、地域の職人さんが織って羽織袴に仕立てたものを、お爺さん自身が結婚式で着用し、内記さんの父も、内記さんもその羽織袴を着て結婚式を挙げました。
「伝統をきちんと守っていかなきゃいけない」という気持ちと、蚕は成長過程がしっかりしていて計画的に進められるので、勤めながらでもできることから、会社員、米農家、養蚕農家の3足のワラジを履くことにしました。
「野菜は管理の手が入らないと草だらけになるけれど、桑畑の管理だけはやりやすい。JA(農業協同組合)の指導者がしっかりしていて、まるっきりの素人からでもはじめることができました」
養蚕は年に6回くらいできますが、内記さんは春と秋の年に2回、一度に6万頭の蚕を育てています。蚕は人類が最も研究した家畜といわれていて、馬や牛同様に一頭二頭と数えます。家畜同様、大切に扱われてきた証なのでしょう。
1200坪( 3960㎡)の桑畑には、内記さんが養蚕をはじめた年に植えた桑の木が4000本植わっています。46年の間にカミキリムシなどの被害で枯れてしまったものがあるので、今までに1000本ほど補植してきました。
桑の木と聞いてピンとくるかどうかわかりませんが、桑の実やマルベリーといえばわかる人もいるのでは。5月ごろに小さな赤い実が熟して黒くなったものを食べますが、田舎だと道端や田んぼの畔、河原でも見かけます。その桑の葉が蚕の餌となるので、内記さんは葉っぱが大きくて早く芽が出る品種、「シンイチノセ」を植えています。
養蚕の魅力は、「田んぼと競合しない。田んぼが終わってから蚕ができるし、労力を分散できるのがいいと思う」と内記さんは言います。逆に大変だと思うことを聞いてみると、「時間に追われること」。蚕が糸を吐きはじめたら1~2日で繭になるので、蚕のマンションともいえる“回転まぶし”の準備など、時間との競争になるからです。
蚕から繭を出荷するまで
桑の葉が残っていたので、いつも行う年に2回の養蚕とは別に、15000頭の蚕を育てることにした内記さん。蚕はふ化して4日のものを1齢と呼び、その後桑の葉を食べるのを止めて眠(みん)に入り、脱皮したものを2齢と呼びます。眠に入って脱皮を繰り返し、5齢まで成長したら糸を吐きはじめて繭になります。
3齢で内記さん宅にやってきた蚕に、1~3kgのエサを1日3回与えます。4齢になると1日2回エサを与えますが、1回の量は30kg~100kgに及び、1cmほどだった蚕は2週間で7~8cmにまで成長します。エサを食べる量や時間が決まっているので、週末の休みや有給をうまく利用すれば、会社員でも計画を立てやすいのが養蚕の利点。ただ、暑い日が続くと成長が進んで予定より早く糸を吐くこともあるので、注意が必要です。
繭をつくって3日ほどで蚕はサナギになり、12日ほどで成虫になって繭から出てくるので、その前に熱風や冷凍などで処置をして出荷します。
一つの繭から、1200~1500cmの一本の糸が採れます。繭はJAに出荷しますが、内記さんは繭を使ったランプシェードづくりのワークショップにも利用しています。
繭から糸を紡ぎ、オリジナルランプシェードをつくろう!
ふだんの暮らしのなかで、里山に咲く植物を採取し、押し花にしている内記さん。シルクの糸を紡ぎながら、四季を感じる押し花を織り込み、オリジナルランプシェードをつくるワークショップに利用しています。
水が入った鍋に繭を入れ、火にかけて沸騰させます。小さなホウキのように見える道具でかき混ぜるとあら不思議、繭の糸口がホウキについてきます。このホウキのような道具や、ランプシェードの枠を回転させる道具は、内記さんの手づくり。テーブルも、壊れたテーブルの脚を再利用してつくったものです。
ある程度糸を巻き取ったら、そこに押し花を置いていきます。ピンセットを使って優しく配置し、その上に糸を置いて巻きつけ、また配置して糸を巻きつけて一面ずつ図案を完成させます。簡単に糸を巻き取っているように見えますが、体験させてもらうと均等に糸が行きわたるように巻き取るのは、それほど簡単ではありませんでした。親子で参加すると、子どもが夢中になって親御さんに手を出させてくれなくなることもあるそうです。
4面全てに配置を終えたら、あとは1200cmほどある糸が終わるまで、ひたすら巻いていきます。最後は、お湯でぬらした手のひらで糸の切れ端をなでると、タンパク質で糸がくっつきます。巻き取り機から木枠を外して、電球や配線、スイッチなどの部品を内記さんがセッティングしてくれましたが、ワークショップではこのセッティングも参加者自身にやってもらうそうです。
「後を継いでほしい」と言える農業に
会社員に米農家に養蚕農家と、いくつもの仕事をこなしてきた内記さんが、なぜワークショップを行おうと思ったのでしょうか?
「米農家の時給が10円といわれている今、米をつくっている本人は儲からないから意欲がわかない。せがれに継いでって言える人は、一人もいないと思う。次の生産者に、継いでって言えるような農業にしたい」と内記さん。
ただ繭を出荷するよりも、どうやったら利益が上がるか考えて付加価値をつける。それが内記さんのやり方であり、このワークショップにつながっています。農業の現場を見て、農家の生の声を聞いて、オリジナルのシルクランプシェードをつくる体験は、内記さんが行っている「繭灯り夢工房」ならでは。
日本固有の蚕で、その希少性から「繊維のダイヤモンド」とも呼ばれている天蚕(てんさん)※1を「やってみようかな」と、まだまだ意欲を見せています。農業の仕事が忙しい農繁期(のうはんき)は、時間とスペースの確保が難しくてワークショップを断ることが多いのですが、7月~8月前半や、11月~3月前半には受け入れています。
※1 屋内で飼育される蚕と違い、山野に生息している野生の蚕のこと。
農林水産省の統計によると、基幹的農業従事者(個人経営体)の平均年齢は、令和5年で68.7歳。
「自分らがやれなくなるのは明日かも。そういう人たちが主力でやっている。日本の農業がどうなるか、もっと真剣に考えてほしい」
78歳の現役農家、内記さんから切実な声があがり、日本の農業の現実を突きつけられました。4戸あった千葉県の養蚕農家は、2024年に入り3戸になったという内記さんからの情報も付け加えておきます。
■シルクと押花のランプシェード作り詳細
https://www.kamonavi.jp/try/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%81%A8%E6%8A%BC%E8%8A%B1%E3%81%AE%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E4%BD%9C%E3%82%8A/
取材協力:繭灯り夢工房 内記朗さん
写真・文:鍋田ゆかり