【倉敷市】山名書店 〜 老舗の町の書店が生き残るため連携し企画と提案を
小学校・中学校・高校……、学校で勉強するときに絶対に必要なものが教科書ですよね。
また学校には図書室もあります。
学校の教科書や図書室の本は、地元の小さな書店が支えているって知っていますか?
山名書店は、明治時代初期から連島(つらじま)地区を中心に学校を支え続けてきた老舗です。
現代でも倉敷市内の数校をサポートしています。
しかし、現代はインターネットの普及や電子書籍化などの影響で、出版業界は冬の時代といえるかもしれません。
この厳しい時代に山名書店は積極的に新しい活動をして、「町の小さな書店」が生き残る道を模索しているのです。
140年以上にわたり地元を支えてきた老舗・山名書店について紹介します。
山名書店は明治7年に連島で創業
山名書店は、倉敷市南部の水島エリアにあります。
所在地は水島エリア西部、連島の西之浦(にしのうら)という地区です。
西之浦は江戸時代に港町として栄えた町で、今も港町時代の遺構や古い建物、神社仏閣などがあります。
さらに一帯は「都羅の小径(つらのこみち)」という歴史散策エリアです。
そんな歴史ある西之浦の一角に山名書店はあります。
山名書店の創業は、なんと明治7年(1874年)。
商売をしていたのが明確にわかる時期が明治7年とのことで、実際はそれより古い可能性があるそうです。
創業初期は本だけでなく文房具など、さまざまなものを扱っていました。
また山名書店の店舗は、とても歴史がある建物です。
現在の建物は、大正7年(1918年)に建築された二代目の店舗。
周囲は西之浦の中枢だったところなので、山名書店のほかにも趣のある建物をした店などが多くあり、印象的でした。
学校への本のサポートにくわえ、近隣住民向けの書店としても営業
山名書店は現在、西之浦にある本店1店のみで営業しています。
おもな事業は、連島地区を中心とした市内の市立小中学校・県立高等学校へ教科書類・図書室向けの本などを納品する事業です。
地域に密着し、学校を陰から支えるパートナーとして活躍してます。
いっぽう、昔からの書店営業も継続。
山名書店では、地元の住民に向けた「昔ながらの小さな町の書店」として、西之浦の子供から年配者にまで愛されています。
そのほか、各種書籍の予約や取り寄せにも対応しています。
本棚はムクと日本の伝統色にこだわる
地元向けに書店営業している山名書店ですが、店内にはこだわりがあります。
まず、本棚の木材はムクを使用。
さらに、使っている色は日本の伝統色が中心です。
おもに使われている色は、鴇色(ときいろ)・萌葱色(もえぎいろ)・木肌色(こはだいろ)など。
市内の書店有志で「倉敷市書店事業協同組合」を起ち上げ
山名書店をふくむ、倉敷市内の老舗書店の有志は「倉敷市書店事業協同組合」を起ち上げました。
同じ倉敷市で長年学校をサポートしてきた書店が協力し、「今後も子供たちに良い本を届け続ける」という使命のもと、さまざまな企画をおこなったり連携をしたりしています。
倉敷市書店事業協同組合で「倉敷ブックマルシェ」を開催
倉敷市書店事業協同組合の代表的な活動が「倉敷ブックマルシェ」です。
倉敷ブックマルシェは2011年(平成23年)に第1回が開催され、毎年一度開催されています(2020年(令和2年)は中止)。
出版社と学校の図書室の先生とのコミュニケーションをはかる場として開催されていて、会場では優良図書を展示しています。
「新1年生読書推進事業」のきっかけに
倉敷ブックマルシェを開催したことによって生まれたものもあります。
それは倉敷市が2017年(平成29年)からおこなっている、「新1年生読書推進事業」です。
これは、小学校の図書室に1年生専用のスペースを設け、市がセレクトしたおすすめの本を購入して陳列するもの。
2024年度(令和6年度)からは、「1年生わくわくぶんこ」という愛称が使われることが決まっています
御朱印の書店版「御書印」
「御書印(ごしょいん)」というものを知っていますか?
神社や仏閣に参拝すると、その証としていただける「御朱印」は知っているかと思います。
御朱印の書店版が御書印です。
御書印は、小学館パブリッシング・サービス社が、インターネット通販による書籍の購入や電子書籍の普及などを理由に、書店に行く機会が減少したことをきっかけに始まりました。
書店を巡るきっかけをつくることが目的で、2020年3月から始まったものです。
▼以下が、山名書店でもらえる御書印。
2023年10月現在、岡山県内では山名書店をふくめて11書店が御書印プロジェクトに参画しています。
各書店ごとに特色ある御書印ですので、御書印をもらいに書店へ行ってみてはどうでしょうか。
御書印についての詳細は、御書印プロジェクトの公式サイトを見てください。
歴史ある書店で、長年にわたり地域の学校を支えてきた山名書店。
そんな山名書店の専務取締役・山名 史晃(やまな ふみあき)さんにインタビューをしました。
山名書店の専務取締役・山名 史晃さんへインタビュー
山名書店は長い歴史があります。
その長い歴史のなかで、山名書店はどんな活動をしてきたのでしょうか。
山名書店の専務取締役・山名 史晃(やまな ふみあき)さんに、山名書店の歴史や取り組み、今後の抱負などについて話を聞きました。
インタビューは2020年6月の初回取材時におこなった内容を掲載しています。
山名書店の起源は玉島の旅籠
──山名書店は古い歴史があるようだが、起源はいつごろ?
山名(敬称略)────
実は、山名書店のはじまりは江戸時代の玉島なんですよ。
玉島は港町でしたが、そこで旅籠(はたご=宿屋)をしていました。
くわしい時期はわかりませんが、江戸時代後期になって現在の連島の西之浦へ移ってきたそうです。
その後、明治7年(1874年)に現在山名書店の北側にある連島西浦(せいほ)小学校へ紙を納品した記録があります。
西之浦に移ってきてから、いつから事業を始めたのかは記録がないからわかりませんので、明治7年の納品記録をもって山名書店の創業としています。
もしかしたら、それより前に商売をしていた可能性もありますね。
水島の発展とともに山名書店も店舗を拡大
──創業から今まで書店をしていた?
山名────
創業時は書店に特化していたわけではありません。
本のほかにも文房具をはじめ、生活雑貨などいろいろなものを扱っていたんですよ。
本が中心になっていったきっかけは、明治時代に政府が学校へ教科書などを納品する業者として、各地域の業者を指定したこと。
このとき、山名書店は連島地区の学校の指定業者になったんです。
学校とのお付き合いは現在も続いているので、ひじょうに長くお世話になっていますね。
──法人化したのはいつ?
山名────
法人としての設立年は、戦後の昭和30年(1955年)です。
昔は本などの仕入は、玉島駅(現 新倉敷駅)に貨物列車が停車していたので、自転車で往復していたと聞いています。
その後バイクに、さらに軽自動車へと代わりましたが、昭和40年代になると運送業者が配送してくれるようになって、負担が減ったそうです。
また、水島が開発されて工業地帯ができ、市街地も形成され企業や住宅が増えたことも影響が大きかったですね。
水島の商店街に支店を出店し、さらに多くのかたに山名書店を利用してもらえるようになったんです。
企業に文房具などを納品する機会も増えました。
やがて、市内に支店をいくつか出店し、本の購入のために市民が市外へ流出するのをおさえました。
学校への納品をメインにしても西之浦での営業にこだわる理由
──現在は本店のみ?
山名────
はい、本店1店のみで営業しています。
2000年代後半くらいから、インターネット通販による本の購入が台頭してきました。
さらに、電子書籍も普及してきていますよね。そこで2014年(平成26年)までに支店をすべて閉鎖し、一般向けの書籍販売は西之浦の本店に集約。
そして、元来の本業である学校への納品をメインにしました。書店にとって厳しい時代ですが、だからこそ時代に合わせて変化する必要があると思います。
ちなみに学校への納品のほかにも、地域の喫茶店や病院、美理容/理容室などにも雑誌などを納品しています。
しかし、物価高、原材料の紙の高騰があり、雑誌も販売数が減少している中で価格が上昇を続けています。ご負担も増えており、購入を見直されるケースも出てきました。
──あえて本店を一般書店の形で残しているのは、なぜ?
山名────
一番大きな理由は、地元のかたのためですね。
西之浦の本店のまわりには年配のかたが多くインターネットが苦手なかたもいるので、近場で本を買いたいというかたがいます。
また、子供たちのためでもあるんです。
インターネット通販で本を買うには、クレジットカードが必要だったり、コンビニに支払票を持っていったりしないといけないので、子供にとってちょっとハードルがあるんですよ。
だから、地域の子供のためにも書店を残しています。
本を手に取る機会が減っているので、ぜひ地域の子供たちには本に気軽に触れてほしいですね。
生まれて最初に接する可能性が高いのは、絵本や児童書です。
そこで当店では、絵本や児童書にこだわっています。
──最近は子供向けの漫画も苦境だと聞くが……
山名────
昔は、子供が小遣いを手に本や漫画を買いに来る光景が当たり前のようにありました。
でも現在は、四大少年漫画雑誌(ジャンプ、チャンピオン、サンデー、マガジン)も発行部数が減少し、ターゲットが大人になっている状況です。
学年誌も『小学一年生』くらいしか発行されていません。
唯一元気なのが『コロコロコミック』くらい。
しかし漫画が売れない状況のなか、『鬼滅の刃(きめつのやいば)』というヒット漫画が出てきました。
当店でも単行本を陳列しているのですが、久しぶりに子供たちが小遣いを手に店へやってくる機会が増えて、率直にうれしいですよね。
鬼滅の刃は入手困難で、図書館でも借りるのにすごい期間がかかるほど。
でも近所の子供たちが当店で売っていることを知って「こんな地元の小さな店に置いてあったとは!」と驚いていました。
ただ、もう鬼滅の刃は完結してしまったので、いずれ子供が来なくなるさみしさを感じます。
新たなヒット作が出ればいいのですが……。
倉敷市書店事業協同組合は町の小さな書店が生き残るために連携する組織
──山名書店は「倉敷市書店事業協同組合」の組合員だが、どんな組合?
山名────
「倉敷市書店事業協同組合」は、名前のとおり倉敷市内に拠点がある書店が連携するための組合です。
基本的に、山名書店と同じく地元の学校へ教科書や図書室の本を収めている書店で構成されています。
どの書店も昔からある小さな書店ばかりです。当社は、組合設立時から参加してます。
全国には都道府県単位のような広範囲の書店組合はありますが、市町村単位の地域密着型の書店事業協同組合は、倉敷が全国初なんですよ。
さきほどのとおり、大型書店の出店、さらにインターネットや電子書籍の普及で、書籍の販売は下がりました。我々のような「昔ながらの町の小さな書店」が生き残るには、一致団結し模索していく必要があるんじゃないかと。
そして、実際に生き残る方法が企画と提案。
倉敷市書店事業協同組合が企画したものが「倉敷ブックマルシェ」です。
また、組合が市へ提案したものとして「新1年生読書推進事業」があります。
ブックマルシェは倉敷の学校と出版社のつながりを生む機会に
──「倉敷ブックマルシェ」の内容は?
山名────
「倉敷ブックマルシェ」は、倉敷市書店事業協同組合が2011年から毎年一度おこなっているイベントです。
残念ながら2020年は、新型コロナウイルス感染症対策で開催できませんでしたが……。
ブックマルシェは、学校の教員のみが参加できるイベントです。
図書室担当の教員をはじめ、興味のある教員なら誰でも参加できます。
我々の推薦図書を展示していますが、それだけが目的ではありません。
ブックマルシェには出版社のかたも参加します。
そこで、教育現場の教員のかたと出版のかたに対話をしてもらうのも大事な目的なんです。
ふだん教員と出版社の人たちが話し合うことってほとんどないじゃないですか。
だから、情報交換の貴重な場として活用していただいております。
2019年の実績では、44社の出版社に参加してもらいました。
──ブックマルシェのような企画は、全国でも少ないのでは?
山名────
そうですね。全国的にもめずらしく、出版社・学校の両方から注目されています。
なかには、「ぜひ倉敷に出張します!」と率先して参加していただいている出版業者さんもおり、うれしい限りですね。
平成30年7月豪雨災害で、市内真備地区で学校図書室が全損した学校が2校ありました。
そのとき、ブックマルシェに参加していただいた約40の出版社から、善意により無料で約650万円分の図書を寄付してくださったんです。
出版不況というなか、たくさんの本を寄付していただけたのは、ブックマルシェを通じて生まれた出版社と倉敷市という地域のつながりがあったからだと思います。
ほかにも日本児童図書出版協会からも、たくさんの本を寄付していただきました。
そういった面でも、ブックマルシェを企画してよかったなと感じています。
新1年生読書推進事業は書店事業協同組合と市の連携から誕生
──「新1年生読書推進事業」とは?
山名────
「新1年生読書推進事業」は、小学校図書室に新1年生専用の本コーナーをつくり、市長が厳選したおすすめ書籍を購入して納めるというものです。
小学校1年生は、上級生がいると本を選びにくい、借りにくいということがあります。
また、1年生は新しい本を目にする機会も少ないです。
最初に借りる本が、使い古された本ばかりだったらかわいそうですよね。
そんな問題を解決し、本をもっと身近に感じてもらって読書好きになってもらおうという趣旨で新1年生読書推進事業が始まりました。
ブックマルシェを通じ、我々書店と行政のコミュニケーションから生まれたのが、新1年生読書推進事業なんですよ。
2024年度(令和6年度)からは、「1年生わくわくぶんこ」という愛称が使われることが決まっています
小さな書店が生き残るため書店同士と市が連携し、積極的に提案を
──今後の抱負ややってみたいことなどは?
山名────
正直、今は我々のような小さな書店だけでなく、全国展開されている大規模書店でも厳しい時代です。
本を並べてお客さんを待っているだけでは、受け身となってうまくいかないのではないでしょうか。
そんな時代に小さな書店が生き残るには、互いに連携しながら地域に密着していくことだと思います。
それが、市の教育行政と連携し、積極的に提案をしていくことです。
地元密着の書店が、地域の教育行政を陰からサポートする存在にならないといけないと思います。
ブックマルシェや小学校1年生読書推進事業など成果も出ていますし、小さな書店が生き残る道はここにあると思っていますね。
おわりに
明治初期から本を扱っている山名書店。
その長い歴史のなかには高度経済成長、バブル期、インターネットの普及や電子初期化などのさまざまな時代の変化がありました。
山名書店は、それらに合わせて柔軟に変化し生き残ってきています。
そしてこれからの時代を生き残るために、市内の書店同士で連携。
全国でもめずらしいブックマルシェという企画を開催したり、積極的に市へ提案をしたり活動しています。
本は教育行政にかかせません。
地域の教育行政の陰には、影から学校や行政を支える老舗書店の存在があるのです。