映画の展開は観客の意思で変わる。日本初・インタラクティブ映画の仕掛け人が予想するクリエーティブの未来【ヒプノシスマイク】
生成AIをはじめとしたテクノロジーの進化によって、ものづくりの現場は日々変化している。近年その影響を大きく受けている分野の一つが、エンタメ。今や当然のものとなったライブビューイングをはじめ、テクノロジーを活用した新たなユーザー体験が続々と生み出されている。
2025年2月21日(金)公開の映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』も、テクノロジー力で新たな体験を可能とした。音楽原作キャラクターラッププロジェクト『ヒプノシスマイク(ヒプマイ)』の映画化となる本作は、日本初のインタラクティブ作品だ。
作中のラップバトルの勝敗を決めるのは、鑑賞中の観客によるリアルタイム投票。全上映パターンは48通りで、七つのエンディングを有する。
今後、エンタメコンテンツはどのような変化を遂げていくのか。新たなエンタメ体験が出てくる中、作り手であるクリエーターにはどのようなマインドが求められるのだろうか。本作を手掛けた辻󠄀本貴則監督と、プロデューサーの中岡 亮さんに聞いた。
監督 辻󠄀本貴則さん(写真左)
1971年生まれ。1998年に大阪で自主映画制作団体「T3AAエンターテイメント」を結成。発表した3作品はいずれも数々の賞を獲得する。2003年にオムニバス映画『KILLERS』で商業映画監督デビューを果たす。以来、実写ドラマやアニメーション、特撮作品などジャンルを問わず活動を続ける。主な監督作品は『THE NEXT GENERATION パトレイバー』(14)、『HiGH&LOW season2』(16)、『バイオハザード : ヴェンデッタ』(17)、『超速パラヒーロー ガンディーン』(21)、『ウルトラマンアーク』(24)など
プロデューサー 中岡 亮さん(写真右)
1982年生まれ。大阪芸術大学映像学科を卒業後、映像制作会社を経て2011年にポリゴン・ピクチュアズに入社。プロデュース作品として『ツムツム ショートアニメーション』、『ピングー in ザ・シティ』、『Levius-レビウス』など
ヒプマイとインタラクティブ作品の親和性は「異常」
ーー『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』は人気プロジェクトの劇場作品というだけでなく、日本初のインタラクティブ映画としても話題です。当初、お二人はインタラクティブ作品にどのような印象を抱いていましたか?
中岡:配信などで選択式のインタラクティブ作品を体験してみたことはありましたが、率直に言うと「飛び道具感があるな」という感想でした。
それに映画の場合、観客は「監督が表現したいもの」を見るのが基本なので、マルチエンディングを求めているとは言い難いんじゃないかとも思っていたんですよね。
ただ、ディビジョン(本作では地域別の区分)同士によるラップバトルが軸となる『ヒプノシスマイク』というプロジェクトで考えると、インタラクティブとの親和性が異常に高くて。「ヒプノシスマイクなら飛び道具ではないインタラクティブのあり方が示せるかもしれない」と感じました。
辻󠄀本:僕は「インタラクティブ映画を作る」と本作のオファーをいただいた時、「ゲームブック」を思い出しました。読み進めると「崖から飛び降りる」「引き返す」といった主人公の行動が選べる箇所があり、指定されたページに進むことで話の展開や結末が変わる小説です。あれの映像版だろうなと。
「スマホアプリで投票する」ことでバトルに参加できるのは新しいですし、国内初の取り組みなので、まだ誰もやったことがないチャレンジだからこそ「このプロジェクト、どう進んでいくんだろう」というワクワク感もありました。
中岡:映画館でやれるのは大きいですよね。「どっちが勝つんだろう」というドキドキ感は一人では味わえませんから。
投票結果に対するリアクションもその日の観客によって全然違うだろうし、「映画×インタラクティブ」の掛け算で『ヒプノシスマイク』の映画を作るインパクトはすごいと思います。
辻󠄀本:東宝さんはこの企画によく乗ってくれましたよね。僕のイメージだと、東宝さんは突拍子もないことに一番手を出さなそうなのに(笑)
ーー技術的、表現的な難しさはありましたか?
中岡:前例が多くあるわけではないので、「何ができて、何ができないのか」は手探りでしたね。
シナリオ自体はトーナメントの勝敗によってストーリーが分岐するというシンプルなものでしたが、作るシーンが通常の映画よりも多くて。頭の整理が大変でした。
辻󠄀本:パズルみたいでしたよね。作りながら整理していった部分もあるので、「ここ忘れてた!」「このシーンは7種類作らないと駄目だった……」といったこともあって。
中岡:構成を作っている時に「ここは複雑になりそうだから後で考えよう」「思ったより多く作らないといけなくなりそう」みたいな箇所がいくつかあったんですよ。なので、流用できる箇所は上手く流用しながら作っていきました。
辻󠄀本:例えば、観客のサイリウム。監督としては勝ったチームの色にしたいけど、そうするとトーナメントの組み合わせ分だけ背景を作る必要があるわけです。
「監督、ここは共通の背景で我慢してもらえませんか?」と相談をもらうこともありましたけど、勝った時はやっぱりぶち上がりたい。なので「ここは頑張って、その代わりこっちを流用しよう!」といった具合にバランスをとっていきました。
中岡:最初から全体像をイメージしきるのは難しかったから、一度レールを引いたら後は走るだけ、みたいな状態ではなかったですよね。
辻󠄀本:本当に、新しいことをやるって大変なんだなと思いました。特にインタラクティブ作品は苦労が多いシステムだと思いますね。
“一瞬”で消費される作品が増えれば、エンタメコンテンツは二極化していく
ーー生成AIをはじめとしたテクノロジーの進化によって、ものづくりのあり方が変わりつつあります。この先、エンタメ界のコンテンツはどう変わっていくと思いますか?
中岡:僕は、エンタメコンテンツ自体が二極化していく気がしています。
例えば、クリエーティブが重要視される劇場作品はしっかり工数をかけて作るし、観る側も時間をかけて消費しますよね。
一方で、SNSで瞬間的に消費されるようなムービーでは必ずしも高いクオリティーを目指さなくてもいいわけです。発注から完成までのスピード感に最大の価値があり、そこそこの質があれば合格点。そういった分野では、生成AIの力を借りながらとんでもないサイクルでコンテンツが作られていくでしょう。
ーー作り手に求められるスタンスそのものが変わりますね。
中岡:YouTubeを見ていても「これでいいの?」みたいな作りの広告やコンテンツってあるじゃないですか。でもそこにクオリティーを求めている人なんていないわけです。単価やスピードを考えても、作り手のこだわりが介在する余地はほとんどない。
そういったコンテンツが増えていくと、時間をかけて消費される方のコンテンツに対する要求はこの先どんどん高くなるでしょう。もっと時間をかけてこだわり、さらなる付加価値を出す必要があります。
辻󠄀本:中岡さんのおっしゃるように二極化は進むでしょうね。でも、どっちが正解というわけではなく、即興的な演出と、じっくり考えて上質なものを仕上げる演出は別物です。前者には瞬発力が、後者にはスタミナが必要なわけで、求められる力も異なります。
PlayStation5とスマホのゲームは全く違うけど、プレステをやっている人がスマホゲームをやらないかというと、そんなことはないですよね。その時々の気分で楽しみたいコンテンツは変わるから、両方あっていいと思うんです。YouTubeと映画の双方が現在でも生き残っているのは、そういうことでしょうね。
試行錯誤があるから、ものづくりは楽しい
ーーエンタメのあり方やクリエーターに求められるものが変化していっても、変わらないものもあるのでしょうか。
辻󠄀本:ありますよ。例えば、特撮。僕は12年間『ウルトラマン』のテレビドラマシリーズの監督をしていますけど、CG全盛の時代でもミニチュアのセットでスーツアクターが演技をし、それを工夫して撮っています。完成した映像でも背景はミニチュアだと分かるのに、国内のみならず海外にもファンがついているくらい特撮は人気のコンテンツです。
テクノロジーの進化によってこれまでなかった映像が見られる時代ですが、それでも特撮という人がつくった温かみのある映像を、人間は求めているのだなと思います。
ーー人がつくった温かみのある映像、ですか。
辻󠄀本:そう。特撮で言えば、決まりきったことは絶対にできないんですよ。火薬の爆発の仕方は毎回違うし、砂利の跳ね方とか、偶発的に起きたことしか映像にできない。唯一無二であり、そこに特撮ファンは魅力を感じてくれているのだと思うんです。
そうした特撮のあり方に、3DCGアニメーションを近づけられないかなと考えたりもします。手書きアニメーションにアニメーターの癖が出るように、あの味を3DCGでも出したい。それを実現するにはどうすればいいか、『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』でもポリゴン・ピクチュアズさんと考えながら作りました。
中岡:「こういうことをやってみたら面白いかも」という気付きが、本作ではたくさんありました。そこの試行錯誤ができるだけの余地は、技術が進歩しても残ってほしいですね。面白がれるだけの遊びしろがないと、作るのが楽しくなくなっちゃう気がするから。
「どうやったら面白くなるか」はこの先も考え続けたいし、それがないと工業製品みたいなものばかりが溢れちゃいそうだなと思います。
ーー「面白がる」はAIにはできないことですしね。
辻󠄀本:そういう意味でも、ものを作る仕事をしている皆さんに『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』をおすすめしたいですね。
本作は前例のないものにチャレンジして、答えを探しながら作った作品です。その結果を見てほしい。新しいものに貪欲に触れ続けることで世界は広がりますし、皆さんのやりたい仕事にも何かしらつながってくるはずです。
中岡:ただでさえインタラクティブ作品という新しい試みなのに、他にもいろいろなチャレンジを突っ込んでいます。見る人によっては「そんなことやったの?」みたいなことが盛りだくさんですから。
正直、今回の僕らは映画評論家が評論するような作品を作ってないんですよ。
辻󠄀本:ぶっちゃけそうですね。
中岡:映画館で流れるから「ヒプノシスマイクの映画化」と言っているだけで、みんなが思い浮かべる映画を作った感覚はあまりないんです。既視感のあるテンプレートはないので、「こういうことをやっていいんだ」という視点で見ていただけると、新たな発見があるかもしれません。
「変なことやってんな」とみんながあがいた中で完成した作品なので、そこを面白がってもらえたらうれしいですね。
「え、こういう感じ?」と戸惑う中岡さんと、「こういう時はやりきらないと後で後悔するんですよ!」とノリノリで撮影に応じてくれた辻󠄀本監督
取材・文/天野夏海 撮影/桑原美樹 編集/秋元 祐香里(編集部)
作品情報
映画『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』2025 年2 月21 日(金)全国ロードショー
『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』は、劇場映画として日本〝初〟となる「インタラクティブ映画」です。スクリーン上で繰り広げられるラップバトルの勝敗は、映画館内の観客の投票によって決まります。投票はスマホアプリを通じてリアルタイムで行われ、投票数が多かった選択肢に沿ってストーリーが進行します。
観客ひとりひとりの選択で、上映回ごとに展開や結末が変わる……日本映画史上初めてとなる参加型映像体験をお届けします。
●STAFF
原作・音楽プロデュース:EVIL LINE RECORDS
キャラクター設定原案・世界観設定:EVIL LINE RECORDS・百瀬祐一郎
監督:辻󠄀本貴則
脚本:百瀬祐一郎
キャラクターデザイン:Kazui
アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ
配給:TOHO NEXT
製作:ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- Movie 製作委員会
映画特設サイト:hypnosismic-movie.com
映画公式X:@hyp_mv
©ヒプノシスマイク -Division Rap Battle- Movie