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玉三郎、至高の『天守物語』で歌舞伎座の2024年を結ぶ 松緑の『加賀鳶』、勘九郎、七之助が舞踊で彩る『十二月大歌舞伎』第二部・三部観劇レポート

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第三部『天守物語』(左より)富姫=坂東玉三郎、姫川図書之助=市川團子

2024年12月3日(火)より26日(木)まで、歌舞伎座で開催される『十二月大歌舞伎』。1日三部制での上演中で、江戸の情緒を濃厚に漂わせる世話物から、ファンタジックな舞踊、そして抒情的な異世界と多彩な演目が並んでいる。この記事では、第二部の『加賀鳶(かがとび)』と『鷺娘(さぎむすめ)』、そして第三部の『舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)』と『天守物語(てんしゅものがたり)』をレポートする。

■第二部 午後3時開演

『加賀鳶』

尾上松緑が加賀鳶の頭の梅吉と按摩の道玄の二役を演じる。加賀鳶とは、加賀藩お抱えの大名火消のこと。「本郷木戸前勢揃い」の場では、幕府が組織する定火消とのトラブルが大事となり、いよいよの対決を前に加賀鳶たちが血をたぎらせて集合する名場面だ。

第二部『加賀鳶』 /(C)松竹

花道に加賀鳶がずらりと並ぶ。先頭から中村獅童、尾上左近、坂東彦三郎、中村種之助、坂東亀蔵、澤村精四郎、中村吉之丞、尾上菊市郎、尾上菊史郎、中村玉太郎、中村松江、市川男女蔵。「ツラネ」と呼ばれる歌舞伎独特の演出では一人ひとりが名乗りをあげる。皆が揃いの衣裳で、一様に客席に向かい、七五調の台詞を言うので、台詞まわしや声質に意識が向く。いい声だなと思っていたけれどこんなに色気があったのか、こんな風に伸びる声をお持ちなのか等、俳優の個性が面白かった。中村勘九郎が演じる日蔭町の松蔵は、この一団のリーダー格。皆に呼びかける声は、すっきりとしながらもぎっしりとした重みがあり、落ち着きの中に熱いものがあった。加賀鳶たちの猛々しい「がってんだ!」には、一緒に立ち上がりたくなる高揚感を覚えた。そんな一行の行く手を思いがけず阻むのが梅吉(松緑)だった。加賀鳶の頭として、一度踏みとどまるよう皆に求め、地面にどかりと座る。命をも差し出す覚悟と大胆さに心が震える。そこに並ぶ松蔵もまた格好良い。皆が、梅吉に向けるリスペクトが、梅吉を一層魅力的にした。羽織を慣れた仕草で一枚脱げば、雲に稲妻の柄の半纏が現れる。颯爽とその場を去っていく加賀鳶たち一人ひとりに拍手が起こった。江戸時代の人々が憧れた鳶の姿がここにあるに違いない。

第二部『加賀鳶』天神町梅吉=尾上松緑 /(C)松竹

続く場面からは、松緑がガラリと役を変えて登場。按摩の道玄は自称「正直按摩」。正直をアピールする人が大抵胡散臭いように、道玄も目が見えない振りをして、ライトなノリでお金も命も奪い、あんなに健気なお朝(中村鶴松)をも躊躇なく折檻する。それでいて「血も涙もない」とは感じさせない愛嬌をみせた。中村雀右衛門が演じる女按摩のお兼は、道玄に迷わずついていく。その一生懸命さに、雀右衛門だからこその可愛げが表れていた。ふたりが強請りを仕掛けた伊勢屋では、主人の与兵衛(河原崎権十郎)を相手にあることないこと(主にないこと)を捲し立てる。もういい加減に、と思われた抜群のタイミングで松蔵が登場し……。

第二部『加賀鳶』(左より)竹垣道玄=尾上松緑、伊勢屋与兵衛=河原崎権十郎、日蔭町松蔵=中村勘九郎 /(C)松竹

道玄が暮らす長屋では、目が不自由な按摩たちの日常も描かれていた。悪党も按摩もそれぞれに逞しく生きるコミュニティは社会の陰であり、受け皿であり、ある種のユートピアにも見えた。大詰めはだんまりと立廻り。江戸の庶民の情緒の中に、多彩な展開が織り込まれた見どころの尽きないお芝居となっていた。

『鷺娘』

第二部『鷺娘』鷺の精=中村七之助 /(C)松竹

鷺の精に中村七之助。雪の降る中、白無垢姿の娘が現れる。綿帽子をかぶり、僅かに見える口元の紅が儚げに映えるその姿は、観客の視線を吸い込むようにひきつける。やがて白無垢から明るい振り袖姿の町娘に変わると、舞台の雰囲気が一転。心に灯がともるかのように明るさと温かさが広がった。七之助は余裕さえ感じられるほど自在に姿を変えて、踊り、一瞬も飽きさせない。傘を大きく使った踊りでは、演奏も一層華やかになり、舞台と客席に一体感が生まれた。しかし、ふたたび雪が降り始めると、恋に狂い苦しむ鷺の精の、娘の姿が胸を打つ。長く美しい首筋に命を感じた。その命を削るような羽ばたきに、気づけば涙がこぼれていた。幕切れは大きな拍手で結ばれた。

第二部『鷺娘』鷺の精=中村七之助 /(C)松竹


■第三部 午後6時20分開演

『舞鶴雪月花』

十七世中村勘三郎のために書き下ろされた変化舞踊で、三役を踊り分ける作品だ。12月の歌舞伎座のポスターに、周りがナチュラルメイクに見えるほど異彩を放つキャラクターが紛れ込んでいる。それが本作で中村勘九郎が演じる雪達磨だ。勘九郎は春の桜の精、秋の松虫、そして冬の雪達磨を踊る。

第三部『舞鶴雪月花』桜の精=中村勘九郎 /(C)松竹

上の巻「さくら」は、満開の大きなしだれ桜の木の向こうから可憐な娘が顔をのぞかせた。娘は桜の精となった勘九郎が、春の風に散る桜の花びらのように麗らかな空気を作り上げる。桜の下でふと目線を上げた時の可憐な微笑みに、春の暖かさが宿るようだった。

第三部『舞鶴雪月花』雪達磨=中村勘九郎 /(C)松竹

舞台は秋の夜に変わり、中の巻「松虫」。勘九郎と勘九郎の次男・中村長三郎が松虫となり、息のあった踊りを見せる。そして下の巻「雪達磨」。白塗りに黄色い鉢巻の雪達磨が登場し、大人にも子供にも通じる親しみやすく楽しい展開。いよいよ盛り上がってきたところで、勘九郎の踊りの鮮やかさ、身体能力の高さにあらためて気づかされる。見た目も動きもコミカルなのに、ふと男前に見える瞬間がありそれがまた可笑しかった。雪達磨は、いずれとけて消える。分かってはいてもご来光が舞台を満たした時、晴れやかさと切なさを同時に感じた。万雷の拍手が送られ幕となった。

『天守物語』

今年も歌舞伎座の一年の終わりを、坂東玉三郎出演の『天守物語』が飾る。昨年と大きく異なるのは、坂東玉三郎が10年ぶりに当たり役の富姫を勤めることだ。富姫は、姫路・白鷺城の天守閣の最上階に住まう人ならざる美しい姫。“たった一度の恋”の相手となる姫川図書之助を、市川團子が勤める。

舞台は白鷺城。最小限の舞台装置が天守閣最上階を無限の天空とともに立ちあらわし、俳優たちの台詞とまなざしが足元に広がる人間の世界を描き出す。前半は、「異界」の特権階級の優美さと奇怪なユーモアが人ならざる美しい姫の日常のひとコマ。今日は猪苗代の亀ヶ城より亀姫様が遊びにくる。下界では人間たちが鷹狩りで騒々しいので、富姫はちょっと夜叉ヶ池のお雪にお願いし、雷雨で鷹狩りの一行を追い払ってもらった。まもなくして亀姫(中村七之助)一行が到着する……。

第三部『天守物語』(左より)富姫=坂東玉三郎、亀姫=中村七之助 /(C)松竹

玉三郎の富姫は美しい人間の女性の見た目でありながら、人間とは別の何かの佇まい。何を食べて生きているのだろうか、と思うほどに人間とは別の息を感じた。七之助の亀姫がおっとりと挑発的なかわいらしい妹分。富姫と亀姫のやりとりに、天真爛漫な艶めかしさを感じるのはこちらの心が邪なせいだろうか。

わらべ唄や手毬遊びなど無邪気な要素も、生首や市川門之助の舌長姥などグロテスクなものも、富姫、亀姫、奥女中の薄(上村吉弥)や腰元(中村京妙、中村芝のぶ、中村玉朗、中村鶴松)たちのおっとりしたリアクションが、嫋やかに有耶無耶に包み込む。亀姫のために捕まえた白い鷹が、富姫の心を乱すきっかけに繋がる。

物語の後半、穢れのないふたつの魂が出会う。富姫は白地に墨絵の龍のうちかけを纏い、その後ろ姿は白い漆喰の美しい白鷺城のよう。やがて現れる市川團子の図書之助は、強い忠義と信念を感じさせる青年だった。團子が歌舞伎座の舞台に立つのは、2023年8月の『新・水滸伝』以来。富姫と図書之助が手をとり合う清らかな姿にこみ上げてくるものがあった。異界と人間界、そして玉三郎と團子の世代が重なりあう美しい奇跡を見逃さないでほしい。團子も玉三郎も、千穐楽までにさらなる深化をみせるに違いない。

第三部『天守物語』(左より)姫川図書之助=市川團子、富姫=坂東玉三郎 /(C)松竹

玉三郎が紡ぐ泉鏡花の抒情的な世界。市川男女蔵の朱の盤坊、中村歌昇の小田原修理が、歌舞伎らしさをたしかなものにし、中村獅童の近江之丞桃六が華を添えた。希望に満ちた幕切れだった。『十二月大歌舞伎』は、12月26日(木)までの公演。

取材・文=塚田史香

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