『LIMITS 高校生大会』王者はどのようにして誕生し、そして何を目指すのか? 大会優勝者・ももたまごインタビュー
『LIMITS』とは、制限時間20分のアートバトル。その場でランダムに決定されたお題に沿ってイラストを描き、制作過程と完成作品でいかに審査員・オーディエンスを魅了できるかを競う、デジタルアートの天下一武道会である。2024年8月に開催された『LIMITS 高校生大会』にて見事優勝し、全国の絵描き高校生の頂点に立ったのは埼玉県代表のももたまごだ。大会から約半年が過ぎ、優勝賞品である「アメリカ・ポートランドクリエイティブツアー」で多くの経験をしてきた彼女に、大会の感想やツアーで得たもの、そして“絵を描くこと”やこれからについて、話を聞いた。
「自分のため」から「誰かのため」に絵を描くように
ーー「ももたまご」とは、かわいいペンネームですね。その由来って?
小学生のときに、YouTubeチャンネルを作ろうとしていたときがあって、そのときに動画に入れるつもりで考えたのが、卵と桃を合体させたキャラクター「ももたまご」でした。当時は今みたいにYouTubeで配信している人がそこまで多くなくて、中学生の配信者さんとかが「目の描きかた」を解説した動画が伸びたりしてたので、自分もやってみようかな?って思ったんです。結局、動画は1本だけ作ったものの、出しませんでした……(笑)。
ーー絵を描くことは昔から好きだったのですか?
描き始めたのは保育園くらいです。気がついたときには描くことが好きでした。小さい頃は『プリキュア』とか少女漫画が好きだったので、模写したりとか。今も基本的にはあんまり変わらなくて、女性を描くほうが多いです。最近はやっと男性も描けるようになってきました。
ーー学校では美術部に所属されていたんですか?
中学時代は美術部でしたが、どちらかというと漫画研究会のような雰囲気でイラストを描くことが多かった気がします。高校でもいったん美術部に入ったんですが、そこはイラストよりアニメに重点をおいて活動しているように感じたので、上達するために、ひとりで頑張ることにしました。
ーーひとりで頑張る、ってどんなふうに?
私、負けず嫌いなんですよ(笑)。なので、自分と画力が近いくらいの人をSNSで見つけて、勝手にライバルに設定して、「その人より“いいね!”を稼ぐ」っていうのを目標にずっと描いてました。もちろん勝手にやってたことなので、相手の方は私がライバル視していたことすら知らないです(笑)。勝手に設定して、勝手に悔しがっていたら、少しずつ上手くなっていきました。そういった活動を高校1〜2年の間はずっとやっていました。心のライバルは10人くらいいたと思います。
ーー具体的に、力をつけるためにはどんな努力を?
SNSって上手ければ褒めてくれるじゃないですか。だから、SNSを始めたばかりの頃は、ただただ“褒められるだけの絵”を描いていました。当時、色鮮やかでコントラストが強いものがSNSで目を惹く“映えるイラスト”だったことと、イラストで特に注目されるポイントは「目」だと聞いたことがあったので、色のメリハリと目の描写力をまず強化しました。それで心のライバルに勝てたなって思えたら、次は他の部分にポイントを当てて……という感じで、ひとつずつ強化していく感じでした。
そんなふうにずっと“評価されるもの”を描いていたんですけど、この『LIMITS 高校生大会』を経験したことで、イラストの依頼をいただくようになって。特定の人に向けて描くことが増えたことで、“その人が求めているもの”を描くように変化してきました。そうしているうちに、褒められて嬉しいという感情だけでなく、感謝されることであたたかい気持ちも得るようになって。たまに、友達とかにもイラストをプレゼントするんですけど、そういうときにもらう賞賛以外の感情や、言葉では伝わりきらない繋がりのようなものが、今の自分にとってのやり甲斐になっていると思います。
ーー「誰かのために描く」ことは、SNSとはどう違ってくるのでしょう?
SNSのために描いてるものは、「見せつけてやる!」みたいな自己顕示が強いんですけど、それとはまた全然違う感情で描いています。SNS映えするイラストって、端っこのほうとかってあんまり重要視されないんですよ。ぼかしてたり、足元が崩れていたりしても「いいね!」数がたくさん付くことも多々あって。でも「誰かのために」って、その人のことを考えながら作業するので、一つひとつをすごく丁寧に描けるんです。端っこまで、丁寧に。
『LIMITS 高校生大会』を振り返ってみて
ーーそもそも『LIMITS 高校生大会』を知ったきっかけは?
TikTokでたまたま『LIMITS』公式の宣伝動画を見かけたんです。そのあと少し気になって、それで過去の大会動画をYouTubeで見たんですよ。そしたらなんだか「自分も行けるかも」って自然に思えてきて。それですぐに行動しました。“目をひくイラスト”という観点では結構自信があったんですけど、まさか本当に決勝まで行けるとは思っていませんでした。前回の優勝者さんはすごくアイデア力が高くて、お題の捉えかたや表現力がずば抜けていると感じたんですが、自分はそこに関してはあんまり自信がなかったんです。
ーーでは、大会に向けてはどのような対策を?
たくさんアイデアを練りました。お題は出ていたので、そこから生まれた率直なアイデアをまずはいったん全部書き出して。それを親に見てもらって、「これは面白い」「これは面白くない」と意見をもらいました。母はとってもスパルタなので(笑)。そうしてイラストを精査していった感じです。『LIMITS』では制作過程も大事なので、描いている途中の段階でスクリーンショットを撮って、過程も完成形も見せて「これで伝わる?面白いかな?」ってずっと聞いてましたね。
ーーそうして迎えた当日。改めて振り返ってみて、個人的に思う『LIMITS 高校生大会』のハイライトは?
2回戦と決勝戦が同じくらい印象に残っています。2回戦は1回戦とお題がかぶってしまったので(※LIMITSのお題はトーナメント対戦直前にルーレットによりランダムで決まるため、同じお題が続く可能性もある)、なんとかその場でアイデアを捻り出したんですけど、完成形が自分では納得いかず、それが悔しくて……。決勝戦は、私の作戦がうまくハマっってラッキーでした。対戦相手のカワタさんは、お題をダークな雰囲気に解釈するのが得意だと感じていたので、来るお題が明るければ明るいほど、最後にダークに転換するギャップが効果的になるだろうなって思っていたんです。そしたら決勝戦のお題は「ヒーロー」×「限界」ってワードで。限界ってネガティブにも取れるワードじゃないですか。そこで私は、そのお題をネガティブからポジティブに持って行って仕上げたいと思ったんです。で、ちょっと不穏な感じを出しつつ、最後はポジティブに……。実は、「ヒーロー」×「限界」の組み合わせが一番自信があったので、そのお題が来い来いっ!と思っていました。
ーー ちなみに、試合中は対戦相手が気になったりするんですか?
頭をフル回転させているので、余裕はあんまりないです。(相手の様子がわかる)モニターを見たりはするんですけど、どれくらいの完成度なのかな、ぐらいしか分からないです。2回戦の対戦相手・島本葵さんは時間制限ギリギリまで色塗りを残していたから、「何をするつもりなの? こわい〜!」ってずっと思ってましたね。
ーー会場の実況や客席の声援は聞こえますか?
聞こえますし、対戦相手側が盛り上がっているなと思うときもありますが、自分の焦りが強すぎるので、冷静に理解できていないですね(笑)。対戦が終わってから見るリプレイ映像で、相手の作品ができる過程を知って、「うわー!こんなことになっていたのか〜!」って思ったりします。
ーー見事優勝されて、周囲や自分自身に何か変化はありましたか?
これまで絵画コンテストなどでたまに賞を取ったときでも、周囲から声を掛けられることは特になかったんです。でも『LIMITS』は当日会場で観戦するだけでなく、YouTube上には映像も残っているので、大会の後に「見たよ」「これからも応援してるよ」って言われる機会が増えました。全然喋ったことのなかった知り合いはもちろん、校長先生からも「見ましたよ」と言葉をいただいて、嬉しかったですね。自分自身にとっても、『LIMITS』では実際に相手と対峙して全力を出し合ったし、過程まで含めて評価されたことが、認めてもらえた実感として強く残っています。絵に対する自信がまたひとつついて、これまで漠然としていた「プロになりたい」という気持ちも固く決まりました。
ーー優勝直後、ステージ上のコメントでも「絶対にプロになります」って言葉にされてましたね。
はい!実は今年の2月に申請を出して、イラストレーターとして個人事業主になりました。
ーープロとして踏み出されたんですね。おめでとうございます!
ありがとうございます!
優勝商品「アメリカ・ポートランドツアー」で得た、かけがえのないもの
ーーポートランドではどんなことを体験されましたか?
アディダスのデザイナーさんが集まっている仕事場に行ったときのことが、特に印象に残っています。会社がとにかく大きくて!いたるところにデスクや休憩スペースがあって、どこで仕事をしてもよくて、すごく自由だったんです。日本とはまた違った、視野の広さを感じました。そこではデザインの現場も見せていただけて、3Dプリンターで造形をしている様子なんかも見学できて。現実の世界でいったん作ってから試行錯誤しているという、思ったよりもアナログなところが印象的で、刺激をもらいました。開発中の新しい素材とかもすごい面白くて、想像もつかない素材からモノを作り出す視点もすごく面白かったんです。二次元の絵画だけじゃなくて、立体造形にも興味がわいてきました。
ーー現地で活躍するクリエイターの方々からお話を聞く機会もあったそうですね。
現地で活躍されているYohei Koikeさんという日本人クリエイターさんが、アニメーションのノウハウと、クリエイターとしての心構えといったことを、映像を交えながら授業をしてくださいました。Yoheiさんはピクサーなどのアニメーションも担当されてるすごい方なんですけど、アニメーションは20代に入ってから始めたそうで、遅めなんです。もちろん元々才能もあったんでしょうけど、それまで日本で全然違うお仕事をされていたのに、アニメーションをやってみたいと思い立って、アメリカの大学に旅立ったらしいんです。私も思いついたらすぐ行動しちゃうタイプなのですが、まわりの大人からは心配されることのほうが多く、ポジティブに捉えて応援してもらえることって割と少ないんです。でもYoheiさんは「なんとかなるよ、意外と!」って(笑)。これまで「こんな感じでプロになって本当に大丈夫かな……」と不安になる部分もあったんですけど、思い詰めなくても大丈夫だよ、という言葉に安心したし、希望をもらえました。
ーー向こうで『LIMITS』対決企画もあったそうですね?
はい。実は、私たちと現地のアーティストさんが対決をする前に、アメリカの子供たちにも『LIMITS』を体験をしてもらう時間があったんです。10歳前後の小さい子たちが、普段私が使わないようなツールをバンバン使っていたのに驚きました。色づかいや表現方法も本当に自由で、発想力豊かだなぁって驚きました。
ーー現地のアーティストと対決してみた感想は?
やっぱり……画力が高いですよね。私たちの感覚とは違った表現方法も多くてとても新鮮でした。私が参加した『LIMITS 高校生大会』ではストーリー性を重視して描く人が多い印象があったのですが、ポートランドで対決した方は1枚の絵を“視覚的に見せる”力がとても強くて。勉強になりました。
優勝商品その2『チラシミュージアム』での特集
ーー今回のインタビューは、優勝商品のひとつである『チラシミュージアム』での特集に当たります。ももたまごさんは『チラシミュージアム』をご存知でしたか?
すみません、実は知らなくて…‥。
ーー『チラシミュージアム』はイープラスが運営している、全国の展覧会チラシを掲載しているアプリです。アプリを開くとチラシの表紙がずらっと並び、一覧できるんですよ。
チラシのデザインを見てるだけでも楽しいですよね!
ーーまさしく、芸大生などフライヤーのデザインや構図の参考に見ている方も結構いらっしゃるみたいで。
目を惹くデザインのものがいっぱいあるので、いいなぁ。すごく参考になりますね。
ーーここから自分の興味のある展覧会を見つける方も多いのだとか。ももたまごさんは美術館によく行かれますか?
実はあんまり行く機会はなくて……。以前開催していた『ゴッホ展』には行ったことがあります。アナログの絵画って、デジタルでは再現できないような色づかいをしているのが魅力的ですよね。デジタル作品だと加工ツールで光の表現なんかもできるんですけど、後戻りのできない絵の具を使い、きちんと計算をされて表現しているじゃないですか。そういった技術は本当にすごいなと感心します。
春から大学生に!高校生へメッセージ
ーー春からは大学生になるそうですね。大学では何を学ばれるんですか?
尊敬するイラストレーターの米山舞先生が講師をされている、芸術大学に進学します。実はこれまでは学術的にイラストを学んだことがなくて、見よう見まねで学んでいたので、イラストの基礎を固めたくて。きちんと学んでみたいと思ったんです。
ーー今後の夢や目標などはありますか?
イラストをやりつつ、別の可能性も探したいと思っています。元々ゲームが好きなので、ノベルゲームも作ってみたいし、それから、小学生のときは諦めちゃったけど、絵の描き方を解説するYouTubeも実現させたいと思っています。
ーー最後に、これから『LIMITS 高校生大会』に出場を考えている人や、絵を描くことが好きな後輩たちへ、メッセージをお願いします。
やってみたい気持ちや興味が少しでもあるのであれば、挑戦したほうがいいと思います。絶対に後悔はしないと思うので。やらないで後悔するよりも、チャレンジすることをおすすめします。私は『LIMITS 高校生大会』に出ると決めて後悔は全然ないです。準備期間はずっと添削ばかりだったから辛いこともありましたけど(笑)。そうやって生まれたアイデアを実際に大会で出し切ったときは、辛かったことを全部忘れるくらい達成感が強かったので、出てよかったと思います。
『LIMITS 高校生大会』の激闘からおよそ半年。優勝そしてポートランドの研修ツアーなどを経て、彼女はただ自信をつけただけではなく、自分は何のために描くのかということを見つめ、そこに新たな価値や必然性を見出していた。誰かのことを考えて描き、繋がりを生み出したいと語るその視線はまっすぐで、優しいけれど強い。
プロのイラストレーターとして歩み始めたももたまごに「LIMITSのプロ大会への出場は?」と尋ねてみたところ、まだまだ出られる実力じゃないですと謙遜しつつ、「いつか自信がついたら」と、前向きな言葉も聞くことができた。
桃から生まれた桃太郎、ならぬ「ももたまご」。出てきた状態でタマゴということは、きっとこの先にまだ変身を残している……のかもしれない。「やりたいことがありすぎるんです!」と笑うももたまごは、これからの『LIMITS 高校生大会』の出場者たちや、絵を描くすべての高校生にとって眩しいロールモデルになるだろう。そしてその今後の活躍が、いちファンとして心から楽しみである。あの夏の熱さを胸に、どうぞポジティブに、力いっぱい羽ばたいてほしい。
文=小杉美香 撮影=大橋祐希