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そもそも浮世絵とはなにか?どうやって作られる?学芸員さんに聞く浮世絵のイロハ【江戸時代に隆盛した文芸・美術『太田記念美術館』編vol.1】

さんたつ

太田記念美術館_赤木美智さん

江戸時代中期以降、江戸の町は人口100万人を超える世界有数の大都市。その頃の江戸の町を舞台にした2025年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』は、主人公・蔦屋重三郎(蔦重)が、浮世絵の版元として成功するまでの物語だ。今回訪れた『太田記念美術館』は、浮世絵専門美術館としては世界トップレベルの約1万5000点を収蔵。お話を聞いたのは、『太田記念美術館』の主幹学芸員・赤木美智さん。浮世絵の成り立ちや蔦重が活躍した頃の浮世絵師について、まずは教えていただいた。

太田記念美術館

“墨摺絵”から“錦絵”へ。浮世絵の変遷

東京都渋谷区にある『太田記念美術館』。

「浮世絵の“浮世”には、“当世の”あるいは“現代風”のといった意味があります。庶民の日々の暮らしぶりをはじめ、当時人気の歌舞伎役者や芝居の様子、遊女などが描かれました」

浮世絵が生まれる前の日本画は、中国の風景や伝説上の人物などを描く伝統的なテーマのものが多かった。そのなかで新興都市だった江戸の町の「今」を描いた浮世絵が登場すると、江戸の庶民たちは大変喜んだという。

墨摺絵/奥村政信 「浮世花見車」正徳期(1711~16)頃 太田記念美術館蔵。

浮世絵と聞くと、葛飾北斎の『富嶽三十六景』や歌川広重の『東海道五十三次』、喜多川歌麿の美人画などのように、いくつもの版木を使って摺ったフルカラーの絵が思い浮かぶ。

「実は、最初の浮世絵版画は版木一枚、黒一色で摺(す)った“墨摺絵”でした。これに筆で色を加えた“丹絵(たんえ)”、墨摺絵に紅色や緑などの版木で色を加えた“紅摺絵”、そして印刷技術が発達し、多色摺りができるようになった“錦絵”へと展開していきます。ちなみに、浮世絵師が紙や布に直接筆で描いた浮世絵は“肉筆浮世絵”と呼ばれ、錦絵と区別されています」

錦絵/冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」天保2年(1831)頃 太田記念美術館蔵。

まるで現代のポスター。庶民にとっての浮世絵

庶民にも大いに好まれた浮世絵。そもそも浮世絵は庶民に向けて出版されたものだったのだろうか?

「庶民ももちろん楽しんでいました。ただし江戸時代中期ですと、鈴木春信の豪華な錦絵は現在の金額にして1万円前後で買えたようですが、やはり庶民にとっては少々高いものだったといえるかもしれません。これが幕末になると版画技術の発展によってたくさん摺れるようになり、1000円前後、小さいものならば数百円で買えたようです。また、同じ版木を使っても色数を減らす廉価版も作られたようです」

飽きたら新しい浮世絵を買って飾るという、まるで現代のポスターのような扱われかたに親しみを感じる。

絵暦/鈴木春信「やつし費長房」明和2年(1765)太田記念美術館蔵。

「江戸時代中期ですと、庶民だけでなくいわゆる趣味人によって錦絵が発展する一面もありました。明和2年(1765)頃、趣味人同士で、絵暦(えごよみ)を交換することが流行し、ほかの人より凝ったもの、きれいな絵暦を作ることに熱中していきます。ここで活躍したのが先ほどもお話した鈴木春信でした」

“趣味人”たちには割と裕福な人が多かった。そんな彼らが金に糸目をつけなかったこともあり、職人たちの技術が上がり、フルカラー印刷である錦絵の誕生につながる。このようなこともありつつ浮世絵版画は発展していったのだ。安価に制作する工夫も重ねられ、庶民にも身近な存在へとなった。

「錦絵が誕生した明和2年(1765)頃、蔦重は少年時代だったので、その後、だんだんときれいになっていく錦絵をリアルタイムに見ていたはずです。やがて版元として錦絵を手がけるようになったのは、こうしたことも背景にあったのかもしれませんね」

錦絵/礒田湖龍斎「雛形若菜初摸様・松葉屋内松の井」安永4-5年(1775-6)頃 東京国立博物館蔵。

「蔦重が版元としてスタートした頃は資本がなかったので、最初はコストがかからない墨摺絵を扱っていました。『べらぼう』にも出てきた大判錦絵で吉原の遊女を描いた『雛形若菜(ひながたわかな)の初模様(はつもよう)』は、カラフルな錦絵です。ただし、退色しやすい植物性の絵の具を使用していますね。これは花魁(おいらん)の浮世絵なのですが、これも結構退色しています」

ちなみに風景画の『富嶽三十六景』や『東海道五十三次』の制作は、この頃より40~50年後のこと。当時、風景画はあまり人気がなかったようだ。

版元はプロデューサー?浮世絵が作られるまで

「そういえば、浮世絵がどうやって作られているのか、ご存じですか?」

浮世絵師が下絵を描いて、木版を摺って……。この辺りはわかるが、そもそも作品の内容や版元はどのようにかかわってくるのだろう。

「まず、プロデューサーである版元がどういう浮世絵を作るかを企画をします。企画に合わせて、原画を描く浮世絵師、版木を彫る彫師、版木に絵の具をのせ和紙に刷り込む摺師を選びます。浮世絵師や彫師、摺師は版元が予算に合わせて人選をしていたようです」

『太田記念美術館』主幹学芸員の赤木美智さん。

「浮世絵を作るには、まず浮世絵師が輪郭線だけの下絵を描きます。下絵を元に彫師が輪郭線だけの主版(おもはん)を彫ります。主版を摺った校合(きょうごう)摺に浮世絵師が色を付けていき、色に合わせて彫師が何枚も色版を彫っていきます。摺師がすべての版木を使って和紙に摺るのですが、最初の摺りでは浮世絵師が立ち会って、『ここの色はもう少し濃く』『ここのグラデーションはこう』といった細かい指示を与えていたと考えられます」

いくつもの工程を経て完成に向かう浮世絵。大河ドラマ『べらぼう』を観ていても、作品ひとつ作り上げるのに多くの人の手が介されていることがよくわかる。

次回は、蔦重の時代に活躍した人気浮世絵師について紹介しよう。

太田記念美術館
住所:東京都渋谷区神宮前1-10-10/営業時間:10:30~17:00/定休日:月(祝の場合は翌)・展示替え期間/アクセス:JR山手線原宿駅から徒歩5分 、地下鉄千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分

取材・文=速志 淳 画像=太田記念美術館

アド・グリーン
編集プロダクション
1982年創業の編集プロダクション。旅行関係の雑誌・書籍、インタビューやルポルタージュを得意とし、会社案内や社内報の経験も多数。企画立案から、取材・執筆、デザイン、撮影までをワンストップで行えるのがウリ。

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