管理職であり連載作家、ピエール手塚先生に学ぶ「時間の作り方」。怠け者な自分を「ハック」するテクニックとは
日々多くのタスクに追われるビジネスパーソンにとって、「24時間をどう使うか」はスキル・キャリアアップのための重点テーマです。業務効率化しながら自己研鑽の時間を捻出する方法について、普段から考えを巡らせている人も多いでしょう。
会社員のかたわら、漫画家として商業誌への連載を続けてきたピエール手塚さんも、時間の上手な使い方を徹底して模索してきた一人。会社では管理職としてマネジメント業務もこなしながら、スキマ時間を漫画制作にあてることで、月2回連載を継続しています。そこには時間を作り出すためのさまざまな工夫がありました。
今回はそんな手塚さんに、日々の時間の使い方はもちろん、手の動いていない時間を減らす方法、やる気が出ない時のマインドセットなど、時間をうまく使うためのテクニックや極意を学びます。
ピエール手塚さん。会社員、漫画家。30代で漫画を描き始め、同人誌即売会に出展。同人誌『ねえママ あなたの言う通り』で第80回ちばてつや賞ヤング部門佳作を受賞し、月刊コミックビーム「へレディタリー/極道」で商業誌デビュー。会社でも出世しマネジャー業務に携わりながら執筆を続け、2022年に月刊ビームで「ゴクシンカ」連載がスタート。現在は「人でなしのエチカ」をヤングキングで連載中。
30分の「スキマ時間」でも達成感を得られるようにする仕組み
──日々、会社員として勤務しながら連載を続けているピエール手塚さんですが、1日のタイムスケジュールはどのようになっていますか。
ピエール手塚さん(以下、手塚):大きく、会社の仕事と漫画の制作に時間を割り振っています。漫画には、主に通勤時間や昼休み、帰宅してから寝るまでの時間をあてています。
《画像:手塚さんの1日のタイムスケジュール》
通勤には電車を使っていて、乗車時間は片道30分ほど。往復で約1時間あるので、そこで作業を進めています。
休日は平日より少しゆっくり起きますが、締切が近い時やタスクが溜まっている時は、近くの喫茶店などを転々としながら一日中漫画を描いています。
──通勤時間に漫画を描く、と言われてもなかなか想像がつきませんが……。
手塚:iPadですべての作業が完結するので、ある意味「どこででも」漫画が描けますよ。揺れないのか?と思われるかもしれませんが、電車には執筆しやすいポジションというものがあって(笑)。車両の端の方は人の出入りがほとんどないし、体が安定しやすい“穴場”なんです。そこをキープできた時は「今日ははかどるぞ~!」と思いますね。
《画像:電車での作業の様子を再現していただいた。ちなみに、この撮影中に手塚さんは1コマ分のペン入れ(※)を終わらせていた》
※下描きした線画を清書すること
川を見たいなと思って河川敷に行って、そのまま橋の下の日陰で涼みながら描いていたこともあります(笑)。友人と3人くらいでカラオケに行って、他の2人が歌っている間に描いていることもあります。初めは驚かれますが、そのうち慣れてもらえて。「あぁ、またやってんだな」くらいに思われているのでしょう。
──余裕のある休日はゆっくり過ごすのでしょうか。
手塚:僕の場合は平日も休日も同じ量のタスクを割り振っているので、余裕のある休日でも「描かない」ということはありません。午前中は少しゆっくり過ごしますが、午後から執筆をスタートすることが多いですね。
漫画を描き始める時には、まず必要なコマ数をスプレッドシートに書き出して、それを埋めていく ことで少しずつ達成感を得ながら完成までこぎつけます。1日に5コマがだいたいの目標で、それが達成できているかどうかで進捗を管理しています。ページ数で管理する人が多いのかもしれませんが、僕はそれだと達成感が得にくくて……。
《画像:手塚さんが進捗管理に活用している、実際のスプレッドシート画面》
ページ単位だと、完成するまでに嫌な作業もあるし、1枚に4~5時間かかってしまうこともあるんです。でも、コマ単位なら、短ければ5分くらいで完成しますし、本当にしんどい時には文字だけのシンプルなコマを描いてしまう。それも1コマにカウントするので、しんどい時も手を動かせば小さな達成感を得られる。自分の性格に合わせてタスクを細かくして、喜べるポイントをたくさん作るようにしているんです。
──会社では課長に昇進され、業務量も増えているのではと思います。漫画を描く時間が削られることはありませんか。
手塚:それでも通勤時間は絶対になくならないので、自分の場合、1日のうち1時間は確保されています。それから、帰るのが遅くなって作業ができなさそうな時は、ある程度で見切りをつけてできるだけ朝に作業するようになりました。元々は夜型で「徹夜すればいいや」というタイプでしたが、夜にいつまでも仕事をしているのって、どれだけ効率が悪くても「やった感」が得られてしまうんですよね。それは健全な時間の使い方ではないなと思うようになり、エネルギーのある朝に作業をするようになりました。
まとまった時間が取れないからこそ、スキマ時間でどうやってタスクを処理するかを意識するようになりました。待ち時間はすべて作業にあてられるので、飲食店で注文した料理を待っている時間でも「描けるな」と思いますしね。だから、家にiPadを忘れた日には、すごく悔しい思いをします(笑)。
手塚さんにとって、長距離移動を伴う出張は漫画をがっつり進めるチャンス
「やる気」は信用しない。しんどくてもできる小さなタスクの作り方
──スキマ時間を徹底的に活用されている様子が分かりましたが、一方で、多くの人がぶつかりがちな「やる気が出ない」時間はどのように減らしているのでしょうか?
手塚:やる気が出るのを待たないのが一番だと思っています。僕自身、学生時代は「今日はやる気が出ない」「明日にしよう……」と時間をムダにして、気持ちだけが追い込まれて……というパターンに陥っていました。
それを防ぐために、やる気の有無にかかわらず作業を始められる仕組みを作っています。例えば家を出て喫茶店に行くのもそうですし、友達と通話をしながらできる作業を進めたり、ときには用もないのにわざわざ通勤電車に乗って、都内まで移動することもあります。
基本的に「明日やろうかな」は、「今やりたくない」の言い換えにすぎないと思っているんです。それならきっと明日の自分も同じように「今やりたくない」と思うだろうし、そんな怠け者の自分は信用できないので、「とにかく今1コマだけやろう 」と自分に課しています。
──「やらねば」と思いつつ、ついついスマホでSNSをチェックしたりしているうちに時間が過ぎてしまう……という習慣から抜け出せない人も多いと思います。
手塚:僕は本当にやる気が出ない時でもできる単純作業や、スマホチェックよりも短い時間でできる小さな作業をいくつか用意しています。例えば、ペン入れだけ、トーン貼り(※)だけ、何を描くのか決めるだけ……など。コマを完成させることにはこだわらずに、頭を使わなくてもできるタスクを作っておいて、やる気がある時とない時で使い分けながら進めているようなイメージです。だから、締切が近くなって「やばい、まだ白紙だ」と焦ることはありません。
※柄が印刷された画材を切り貼りすること。iPadなどを使ったデジタル作画の場合、ドラッグ&ドロップや入力用のペンを使って行う
もちろん、楽な作業ばかり進めた結果、締切間近に嫌な作業だけが残っていることもありますよ(笑)。それでもやっぱりひとコマごとに「ペン入れだけ」「ベタ塗り(※)だけ」と少しずつ進めていれば、これもまた「ゼロからやらねばならない」ということにはなりませんし、少しでも手をつけておくだけで負担感はかなり下がります。作業を始めてみると調子が出て、意外とはかどることも多いですしね。
※特定の範囲内を黒で塗りつぶすこと
──漫画以外の仕事も、少しだけ手をつけておくと時間が経ってからでもリスタートしやすいと言われますよね。
手塚:大きな課題が手つかずのまま目の前にあると、人はおじけづいてしまうことがほとんどだと思います。何から着手すればいいのか分からず、漠然と「大変そう」に感じてしまう。でも、「大変そう」に感じる理由を少しずつ整理して、さらにそれを要素ごとに細かく分解していけば、「これくらいならできそう」なことの集まりになっていくはずです。
僕は元々研究職で、研究テーマの考案から実践、論文の執筆から特許の取得までを担当するような仕事についていました。でも、研究テーマの考案といっても、机の前でじっと座っているだけではアイデアは出てきません。「なにか成果が出そうな研究」という大きなテーマを前に何日も立ち尽くすことも少なくありませんでした。それも「成果につながる課題とは何か」「どうすればその課題が見つかりそうか」「その課題を解決するためにはどんな手段が有効か」とフェーズごとにやるべき作業を細かく分解すると、アイデアが出てくることが多かったんです。
漫画でたとえるなら「人が何人もいて、遠近感のある背景を描くコマ」はとても作画カロリーが高いですが、「作画の参考にするための3Dモデルを作る」「人物モデルを配置する」「人物にポーズをつける」といったように、一つずつの作業に分解すると心理的な負荷も軽くなる、というイメージでしょうか。
成長を鈍化させる「飽き」や「退屈」のなくし方
──1日のうち、食事や睡眠以外の時間をすべて会社の仕事と漫画執筆にあてている印象なのですが、リフレッシュの時間などはどのように確保していますか。
手塚:僕は「あえて何もしない」「休む」というような時間は設けていません。もし今、丸一日オフがあっても、きっと落ち着かなくて漫画を描いてしまうと思います(笑)。1日の作業ノルマは決まっているので、それをできるだけこなしておきたい気持ちのほうが強いですね。
会社と漫画だけというと本当にずっと働いているように思われるかもしれませんが、時間をとって机でガリガリ描くというよりも、いつでもどこでもちょっとずつ描いているというだけ。友人と会う時や一人で外出した先でも漫画を描くとお話ししましたが、そもそも友人と会ったり外出したりすることで、リフレッシュしているといえばしているんです。
──となると、やはり漫画を描くことが大好きだからこの生活を続けられているのでしょうか?
手塚:僕は、漫画を描くこと自体を好きとか嫌いという感情で捉えていないんですよ。「1コマ描けたぞ」って、グラフが少しずつ伸びていくうれしさがモチベーションになっていて。「数字が積みあがるとうれしい」という自分の性格をハックして、継続できる仕組みを作って運用しているだけなんです。
──確かに好き嫌いをモチベーションにすると、「好きで始めたことなのにいつの間にかしんどくなっている」ということもありますね。ちなみに、趣味や勉強など、新しく始めたことが長続きしないという悩みを持つ人には、どのようにアドバイスされますか。
手塚:僕の場合は、「別のタスクと組み合わせてみる」が効果的でした。「人を待ちながら描く」や「友人と通話しながら描く」もそうです。
また、漫画を描くという行為に対して、「こうしてみたらどうだろう」という実験を繰り返して、新しいパターンを見つけていくのが楽しいという側面もあります。人はどんなことでも慣れてくると頭を使わずにできるようになります。例えばずっと同じ人物の顔を描き続けるとか、同じ構図を描くとかですね。すると脳が暇になって、飽きてしまう。
僕は30代で本格的に漫画を描き始めたので、漫画家としてはまだまだ初心者。だからこそ今は新しい作業のパターンがたくさん習得できて楽しいし、成長しているのを実感できます。
──仕事でも、ある程度キャリアが長くなると、成長の鈍化や飽きを感じることがありますね。
手塚:仕事に慣れて、効率よくこなせるようになってくるとそうなりますよね。まさに脳が暇になっている状態だと思います。僕も会社員としては数年スパンで畑違いの事業を担当したり、マネジメントを始めることになったりと、何かしら「やったことないこと」に挑戦してきました。だからこそ新鮮さを感じながら続けられている部分もあるだろうし、その経験が漫画のネタにもつながっています。
勉強でも、同じレベルの問題を解き続けているときっと退屈です。それなら問題のレベルを上げてみるとか、関連分野の勉強を始めてみるとか、取り組みの角度を変えてみるのもいいかもしれません。それでも「ずっと同じだな」と感じるようになったなら、まったく違うことに挑戦すべき時期なのかもしれませんね。趣味や勉強、スポーツなど、自分が初心者になれるフィールドはいくらでもあるので。
──現在は会社員と漫画家の“二足のわらじ”ですが、将来的にはやはり漫画家一本を目指していくのでしょうか?
手塚:漫画家は収入に波があるので、生活を安定させるために、自ら兼業を選択する人も多いんです。僕も同じ考えで、まずは会社に籍を置きながら漫画を描いてきました。会社員をしていると生活基盤は安定するので、メンタルのバランスがすごくとりやすいんですよ。会社でツラいことがあっても「いざとなったら漫画で食っていくこともできるんだぞ!」と思えたりもします(笑)。
でも40代を迎えた今、管理職にもなり、収入は安定しているものの成長はゆるやかになってきました。一方、漫画はまだまだ伸びしろだらけで、成長の実感も楽しさも得やすい。そうなると「漫画家一本も悪くないな」と思う部分はありますし、これからの自分の人生、より心が動く道を選んでいきたい気持ちもある。
あくまで再就職の選択肢を残しながらだとは思いますが、いつか専業漫画家にチャレンジすることはあるかもしれませんね。そうなったら時間は今よりたくさん取れるので、もっとたくさん描けるようになるかもしれません(笑)。
取材・文:藤堂真衣
写真:関口佳代
編集:ヒガキユウカ、はてな編集部
制作:マイナビ転職
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