料理で季節を感じる日本の文化は残っていてほしい。「現代おせち批評」──自炊料理家・山口祐加さんエッセイ「自炊の風景」
自炊料理家・山口祐加さんの「料理に心が動いた時」
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴ったエッセイ「自炊の風景」。
山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。初めておせち料理をつくった山口さん。いざつくってみると、さまざまな思わぬ発見があったようです――。
※NHK出版公式note「本がひらく」より。「本がひらく」では連載最新回を公開中。
現代おせち批評
みなさんは、おせちを作ったことがありますか? 私は料理家として仕事をしていますが、32歳になるまでてちゃんとしたおせちを作ったことがありませんでした。
それまで私にとっておせちといえば、大晦日に祖母の家で食べる黒豆煮や田作りなど、甘ったるい苦手な味が詰まった料理という印象。幼い頃からおつまみ好きの私としては、合鴨ロース煮と数の子くらいしか食べるものがなく「おせちは、お正月感はあるけれど、あまりテンションは上がらない食べ物」で、自分でも作ることがなかったのです。けれど、せっかく料理家になったのだから、経験として一度は作ってみようと思い、2024年の年末に人生で初めて作ってみることにしました。
初めてのおせち作りに挑戦してみると、いくつもの衝撃を受けました。果たして、手軽においしいおせちを買える現代において手間のかかるおせちを作る意味とは?について考えるいい機会になったので、初体験の正直な感想を残しておこうと筆を執りました。
今回のおせちに選んだメニューは以下のとおり。
一の重:数の子、田作り、たたきごぼう、ゆりねの梅あえ、黒豆煮
二の重:菊花かぶ、紅白なます、車海老のうま煮、合鴨ロース煮
三の重:煮しめ
お酒のおつまみになるものを中心にして、食べたいものを食べたいだけ詰められるところは自分で作る醍醐味。お正月感はあるけれど、個人的に箸が伸びない栗きんとんや伊達巻きはパス。好きなものしか詰まっていないお重は、今までおせちに感じなかったワクワク感を得られるのでは? と期待を胸に食材の買い出しから始めました。
買い出しの時点でびっくりしたのは、車海老や鴨など素材の値段の高さです。車海老が5尾で2000円弱といいお値段だったので、同じくらい高かった鴨肉は諦めて出来合いの合鴨ロース煮を少量買いました。加えて、黒豆煮は色をしっかり出そうと思うと錆びた鉄が必要になってしまうと知り、自分で作るのを諦めてこちらも買うことに。この時にパッケージ裏の食品成分表をよく見て、100gあたりのカロリーが少ないものは甘さが控えめだろうと見当をつけて買ってみた結果、当たりでした。
作り始めてからさらに衝撃だったのは、想像以上に手間も時間もかかること。数の子の薄皮をちまちまと剝き、田作りを乾煎りして、煮しめに使うにんじんなどを飾り切りし、こんにゃくなどを下茹でして……と普段ならやらない作業のオンパレードなのです。料理家の私でさえ「めんどくさっ!」と思ってしまう地味な工程ばかりで、自分が普段いかにシンプルで必要最低限の手間で料理しているのかを実感しました。日々の料理とおせち料理は目的も仕上がりも全く異なるもので、一緒にしてはいけないぞ! と思いながら黙々と作業を進めます。
もう一つ驚いたのは、とにかく食品ロスが多いことです。野菜の皮くらいならわかるのですが、菊花かぶは花の形に整えるうちに半分以下になってしまいます。煮しめに使う里芋もバラバラの大きさのものを六角に切り、同じくらいの大きさに整えると、かたちの悪い可食部の端材がたくさん出てしまうのです。もったいないので里芋はみそ汁の具にして消費し、かぶ、にんじん、れんこんなどの野菜の切れ端は少なめの水で煮込んでハンドブレンダーで撹拌し、ルーを入れてカレーにしました。これからおせちを作る時はカレーがセットになりそうです。
手間を惜しまずに作った初めてのおせちが完成した時の達成感は、ひとしおでした。好きなものだらけの玉手箱のような仕上がりに大満足。全体的に甘さ控えめ、塩味控えめに作れたことも自分で作るおせちならではの良さでした。年末に急遽予定が変わり、一緒に食べる予定だった祖母の家に行けなくなってしまって、なんとかしておせちを食べてもらいたいと宅急便で送ることに。祖母は受け取ってすぐにおせちを開け、おいしくてほとんど食べてしまったと笑いながら電話をくれました。
自分で作るおせちは好きなものだらけにできる上に、味も好みに調節できて、達成感を味わえるところは非常に魅力的。一方で、おせちはご馳走なので出来合いを買っても自分で作っても安くないこと、とても手間がかかること、食品ロスが出てしまうので上手に使い切らないともったいないことなどを考えると、これから先おせちを家で作る人たちは減っていくのかもしれないと感じざるを得ません。
年明けにインスタグラムを見ていると、おせち料理の中で好きなものだけを作り、お重ではなくお皿に盛り付けて食べている人を多く見かけました。家ごはんが理想を追求する「こうあるべき」から、無理せず食べたいものだけを揃える「これがいい」に変わっているように、おせちの世界も今後30年、50年で凄まじい変化を遂げていくのだろうなと感じた2025年初春。でも、料理で季節を感じる日本の文化は残っていてほしいと願います、未来の人。
P.S. 自家製のおせちはお重に詰めた状態だと配達できないと宅配業者の人に言われました。私はラップで包み、密閉できるポリ袋に入れて汁漏れしない状態で用意していたので配達してもらえたようです。これから手作りおせちを誰かに送ろうと考えている人は、覚えておくといいかもしれません。
※「本がひらく」での連載は、毎月1日・15日に更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
※山口祐加さんHP https://yukayamaguchi-cook.com/