【第28回伊豆文学賞優秀作品集】 難聴者のリアルを描く「小説・随筆・紀行文部門」佳作の北河さつきさん「台風の後に」
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は2025年3月3日に初版発行された伊豆文学フェスティバル実行委員会編「第28回伊豆文学賞優秀作品集」(長倉書店)を題材に。
2024年5月1日から9月30日まで(掌篇部門は9月16日まで)の募集期間に全446編の応募があった第28回伊豆文学賞の「小説・随筆・紀行文部門」「掌篇部門」の最優秀賞、優秀賞、佳作、全10編を収録した。
「小説・随筆・紀行文部門」最優秀賞のナガノ・イズミさん(長泉町)「ノイジー・ブルー・ワールド」については1月29日付でレビューしているので、今回はそれ以外の「県勢」の作品について書く。
「小説・随筆・紀行文部門」佳作の北河さつきさん「台風の後に」は沼津市在住の難聴者の男の子と母親、そして静岡市清水区に住む難聴者の叔父の3人の関係性を、3章で描いている。聾(ろう)学校の小学6年生だった男の子は第2部で高校生に、第3部で大学を卒業して数学教師として母校に赴任する。父を亡くした主人公とその母、ろうという共通点がある主人公と叔父、互いに独身の母と叔父。時間の経過に伴う3人の関係性の小さな変容がとても丁寧に描かれていて、引き込まれた。
ろう者を取り巻くテクノロジーや制度の変化も、巧妙に盛り込まれている。「要配慮義務」への向き合い方には、それを求める側にも個人差があるようだ。考えてみれば、当たり前だ。
「掌篇部門」最優秀賞の秋元祐紀さん「Resonance Resilience」はコロナ禍を通過した高校吹奏楽部の部員たちの会話劇。高校生活最後のコンクールの前日という「聖なる一回性」を、さり気ない口調でさらりと伝えてくる。
優秀賞は5編。県勢4編のうち最も心に残ったのは大岡晃子さん「柿田川湧水」だった。ロシアで日本語を学んだロシア人であろう母とともに県東部で生活する娘サーシャの視点が、目の前にある清水町の柿田川湧水、母子に会うために来日したこちらもおそらくはロシア人の父、そんな父母から自分が生まれるまでの日々の三つに分散する。たった4ページなのに極めて濃密なドラマが封じ込められている。
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