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天才の幼少期を独占取材! メディアプロデューサー・落合陽一氏を育てた母がゆずらなかったこととは?

コクリコ

人気メディアプロデューサー・落合陽一氏の母・落合ひろみ氏インタビュー。幼少期の陽一氏の子育てで大切にしていたことを取材。(全2回の1回目)

【画像ギャラリー】母・落合ひろみさんと幼少期の陽一さんを見る

開催中の『2025年大阪・関西万博』にて、予約倍率30倍の人気パビリオン「null²(ヌルヌル)」。プロデューサーである落合陽一さんは、筑波大学の准教授でありながら、テクノロジーとアートを融合させた作品を数多く手がけるメディアアーティストとして活躍しています。科学技術の進歩や社会の未来に対する鋭い洞察と、高い視座による発言は、「天才」「鬼才」と言われることも。そんな陽一さんはどんな幼少期を過ごし、どのように育てられたのでしょうか。

今回は「天才」を育てた母・落合ひろみさんに、陽一さんの幼少期の子育てで大切にしていたことをお聞きしました。

子どもの「これなぁに?」に付き合う

──陽一さんとの共著『「好き」を一生の「強み」に変える育て方』(サンマーク出版)を読ませていただきました。陽一さんは、幼いころから好奇心旺盛なお子さんだったのですね。

落合ひろみさん(以下、ひろみさん):そうですね。何にでも興味を示して、「これなぁに?」とすぐに聞いてきました。そのときに本や図鑑でわからないことを一緒に調べるんですけど、一つわかるとまた次の疑問が生まれて、なかなか納得しませんでした。

年齢が上がるにつれて質問のレベルも量も増えていき、ずいぶん苦労したのを覚えています。私も働いていたので、忙しいときは付き合うのが大変でしたが、同居していた母や妹の手も借りながら、できるだけ一緒に勉強するようにしていました。

落合陽一さんの母・落合ひろみさん。今でも陽一さんとよく会話をされていると言います。

LAで親しくしていたご家族の家に、家族で訪問した際の1枚。  写真提供:落合ひろみ

カビやゴキブリが家の中で大繫殖! それでも子どもの興味・関心を見守った

──現在はメディアアーティストとして活躍されていますが、絵や工作は当時から好きでしたか?

ひろみさん:1歳になる前からクレヨンで絵を描き始めて、プリスクールでも集中して取り組んでいました。隣に住んでいた画家の先生に習っていた時期もあります。

幼少期は、どんなことが好きかわからなかったので、習い事はいろいろやらせてみました。でも嫌がるものはさっさとやめました。ちなみに水泳は3ヵ月分の月謝を先払いしたのに、3回しか通わなかったんですよ(笑)。正直「もったいないな」と思いつつ、子どもの適性を見極めるために払ったお金だと思えば高くはない、と割り切りましたね。

野外でお絵描きをしている3歳ごろの様子。  写真提供:落合ひろみ

──習い事だけでなく、ご自宅でも興味をもったことにはいろいろ挑戦していたようですね。

ひろみさん:陽一は、一つのことを始めると、とことんのめりこむタイプでした。小学校4年生の夏休みに、自由研究でカビの実験をしたことがあって。ソースやケチャップなど調味料を10種類以上用意して、カビの種類や生え方、湿度や温度による変化など一生懸命研究していました。

半地下の湿度の高い部屋で実験をしていたのですが、カビが生えやすいようにさらに湿度を上げる工夫までして。

おかげで満足のいく結果が出たようだったので、「もうやめたら?」と言ったのですが、「もう少し」「まだ続ける」と一向にやめず……。ついには、部屋のあちこちにカビが生え始めてしまいました。キノコのようなものまで出てくる始末で(笑)。

「これはさすがに体に悪いから」と、そのときばかりは強制的にやめさせましたね。

ひろみさん:ゴキブリの飼育にもハマっていましたね。何を食べて、どのように増えるのかが気になったみたいです。はじめは小さな箱に2~3匹だったのが、あっという間に増えて家のあちこちに出現するようになってしまいました。𠮟りはしませんでしたが、責任をもって捕まえるようにお願いしました。

ちなみにゴキブリの飼育は大学院に行くまで続きました。「なぜゴキブリは嫌われるのか」「ゴキブリを蛍のように光らせれば、みんなに大事にされるのでは」と、ゴキブリの背中に光る塗料をつけて、夜、蚊帳の中に放すという実験を続けていて、最後には、その光るゴキブリを見てもらうイベントを東大と筑波大学で楽しそうにやっていました(笑)。

私にはあまり気持ちのいいものではありませんでしたが(笑)、陽一にとっては、それだけ長く夢中になれる魅力がゴキブリにあるのでしょうね。

落合家には「子育て3つのルール」がある

──カビの実験もゴキブリの飼育も、親としては、もっと早い段階で止めたくなると思うのですが、それはしなかったんですね。

ひろみさん:我が家では、①子どもがやりたいことは積極的にやらせる、②それがとんでもないことでも怒らない(危険なことは止める)、③集中しているときは見守る(放っておく)というルールを決めていたんです。

私は子どものころにピアニストになるのが夢だったのですが、受験勉強のために親からピアノを辞めさせられてしまったんです。それをずっと悔やんできたので、自分の子どもには自由を与えたいと思っていました。

とはいえ、一切止めずにやらせっぱなしというわけではないですよ。危険なことはもちろん止めますし、カビやゴキブリも、「もうやめたら」と言っても本人が一向に譲らなかったんです。

物を「分解」したら必ず元に戻すところまでやらせた

──著書のなかには、陽一さんがいろいろなものを解体するのが好きだった、というお話も書かれていましたね。

ひろみさん:幼稚園のときに、家の工具箱に入っていたドライバーを見つけたことが始まりで。時計、ラジオ、計算機、置き時計など、どうして動くのか仕組みが気になるとあらゆるものを分解していました。

あるときは、電話を解体して、「自宅に電話が繫がらない」と私の勤務先にかかってきたこともありました。

でも、壊しっぱなしではなく、「分解したら必ず元どおりにしてね」と伝えていました。いろいろな理由をつけて「戻せない」と言ってきても、「戻す努力をするように」と。それを繰り返しているうちに、自分なりに試行錯誤して戻せるようになりました。

そして戻せたときには、すかさず「あなたは天才ね!」と褒めるようにもしていましたね。褒められると自信がついて、次も戻せるように工夫して作業するようになっていきました。

工作の発表をしている小学校1年生のころの様子。家にある機械を分解して仕組みを知ることに興味を持っていた時期。  写真提供:落合ひろみ

──分解するだけでなく、戻すところまで自分でやらせるのにはどんな狙いがあったのですか?

ひろみさん:単純な話で、陽一は分解したもののネジが1つでもなくなると、「見つからない!」と泣くような子だったからです。だから、分解するときに「ネジもきちんと管理してね」と言い続けたら、管理できるようになりました。

また、部品が全部管理できていれば「元通りにしてね」と言えば、元通りにできるというわけです。

私は、子どもが何かをしたがっているときには、できるだけそれを認めてあげたいと思っていました。でも、誰かを困らせたり不快にさせたりしてはいけません。そのためには、「どうすべきかを考えることが大切だ」と伝えるようにしていました。

───◆─────◆───

次回2回目では、現在の活動につながるパソコンとの出会いから、子どもとのかかわり方について引き続き、ひろみさんにお聞きします。

撮影/安田光優
取材・文/北京子

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