岩崎良美45周年!デビューシングル「赤と黒」はフランス文学ベースのヨーロピアン路線
デビュー曲は「赤と黒」。実に革新的だった岩崎良美の楽曲
2025年にデビュー45周年を迎える岩崎良美は、松田聖子、河合奈保子、柏原芳恵、田原俊彦らと並ぶ1980年デビュー組の1人。80年代の幕開けとともにアイドルポップスの世界はそれ以前と大きく変わったが、岩崎良美の楽曲も実に革新的だった。
ご存知の通り、岩崎宏美の実妹で、三姉妹の末っ子。もともと宏美と同じく声楽家の松田敏江に師事し、姉のデビュー後は、その生き生きと仕事をする姿に憧れ、自身も芸能界入りを望んだという。実父の反対には遭ったものの、姉・宏美の後押しもあり芸能界デビュー。最初は女優として活動していた。
その良美が歌の世界にお目見えしたのが1980年2月21日。そのデビュー曲「赤と黒」は、大人びた歌の世界観と、本人の落ち着いた佇まいに、新人らしからぬ雰囲気を纏っていた。声質は姉の宏美に似ているものの、新人らしいフレッシュさよりも、安定感のある実力派という印象があったのだ。
"ヨーロピアン路線" のコンセプト
「赤と黒」の作詞はなかにし礼、作曲は芳野藤丸、編曲は大谷和夫。キャニオンレコード(現:ポニーキャニオン)のディレクター・渡辺有三は良美に "ヨーロピアン路線" のコンセプトを打ち出し、特に最初の1年はなかにし礼によるフランス文学をベースにした歌の世界を展開していく。
『赤と黒』とはフランスの文豪・スタンダールの代表作で、立身出世欲の強い野心家の青年と上流階級の夫人との道ならぬ恋を描いた小説だが、良美のデビュー曲もこの物語をベースに作られている。新人歌手の歌にこんな大恋愛悲劇をモチーフに持ってくるのも大胆だが、ふくよかな情感と伸びのある歌声でさらりと歌いこなしてしまう岩崎良美もシンガーとして完成の域にある。
オリコンシングルチャートの19位まで上昇しした「赤と黒」
さらに、芳野藤丸のメロディーが、従来のアイドルのデビュー曲とは異質な作風となっている。曲調はミディアムテンポ。歌謡曲にありがちなAメロ、Bメロ、サビという展開ではなく、冒頭に出てくる大サビの後はAメロが2回、さらにB、C、Dという流れで組まれている。最初の大サビは2コーラス後のエンディングまで登場しない。
と、都合5パターンのメロディーが登場する複雑な構成で、中音域を多く用いていることもアイドルのデビュー曲としては異例。従来の歌謡曲作家のメロディーとは大きく異なっているのだ。大谷和夫のアレンジも、ストリングスを重視してエレガントな雰囲気を演出。さらに中盤にブレイクを置き、鮮やかに違う展開へと聴く者を導いていく。
芳野と大谷は “SHŌGUN” のギタリストとキーボーディストのコンビ。ロック的なアプローチの楽曲をデビュー曲に持ってきたことが、岩崎良美独自の世界を切り拓いたと言えるだろう。「赤と黒」はオリコンシングルチャートの19位まで上昇し、新人としてはひとまずの成功を収めることになる。
アイドルが表現する域を超えている「あなた色のマノン」
資生堂シャワーコロンのCMソングとして作られた爽やかな2作目の「涼風」を挟んで、再びなかにし礼の登板となったシングル3作目「あなた色のマノン」では "フランス文学路線" に回帰。今度はアベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』がモチーフで、こちらはフランス騎士と男を狂わせる美少女マノン・レスコーの破滅的な恋物語。
オペラやバレエの題材としても有名だが、なんといっても1948年のフランス映画『情婦マノン』が日本人にもよく知られている。最後は死体となったマノンを男が逆さまに背負って砂漠を歩いていくシーンが名高いが、「あなた色のマノン」の歌詞にもこの描写がイメージ的に登場する。3作目にしてすでにアイドルが表現する域を超えているのだ。
なかにし礼はシャンソン喫茶でアルバイトをしながらシャンソンの訳詩を手掛け、立教大学仏文科に進学した経歴を見ても、フランス文化の奥深い部分をよく知る作詞家である。過激な作風も多いが、どの作品にも言えることは、登場人物が常に、恋愛に対して真剣勝負で、時に死に至るほどの深い激情を持って愛を貫く点にある。
ロック寄りの作風を貫きつつ、ヨーロピアン路線を継続
初期の岩崎良美の楽曲もまさにこの世界で、アイドルのデビュー曲にありがちな、恋の喜びやときめきは描かれず、最初からギリギリの恋愛を表現することを要求しているのだ。ディレクターの渡辺有三も、作家のチョイス(特に作曲家)に独特のものがあり、1970年代に活躍した歌謡曲の作曲家よりも、ロック、ポップス系アーティストの起用が多い。
岩崎良美に関しても、南佳孝、尾崎亜美、安井かずみ&加藤和彦夫妻、PANTAといった作家陣の起用で、ロック寄りの作風を貫きつつ、ヨーロピアン路線を継続していった。おそらく、デビュー当初のスタッフは姉・宏美との差別化をどう図るかを命題にしていたと思われるが、ビートを強調したロック寄りの楽曲が良美のボーカルにパンチとグルーヴ感を与えており、その結果、岩崎良美は姉とは異なる歌唱法を手に入れることになる。その後の、「I THINK SO」や「ごめんねDaring」「愛してモナムール」「プリテンダー」といった楽曲では、跳ねたリズムに軽やかに乗るボーカルが、完全に彼女の個性として確立している。そう、“パンチがあって跳ねる歌い方" こそが岩崎良美の魅力なのだ。
ところでデビュー曲「赤と黒」だが、2月21日に配信EPとしてリリースされることになった。シングルバージョンと、ファーストアルバム『Ring-a-Ding』収録のバージョンに加え、新たに3バージョンが配信されている。1つはデビュー前にレコーディングされた、異なるアレンジによる別バージョン。かなりグルーヴの効いたサウンドが、シングルバージョンのヨーロピアンムードとはだいぶ印象を異にする。さらにアルバムバージョンのインスト、同じくアルバムバージョンにボーカルだけ差し替えた2010年のファイナルバージョンも今回、初配信となる。
岩崎良美の楽曲は推しなべてポップセンスが高く、爆発的なヒットこそないものの、楽曲のクオリティの高さは保証済み。シティポップ人気の時代にあって、彼女の幾多の作品が再評価を受けているのも当然のことだが、その原点はデビュー曲「赤と黒」にあったのだ。