天理大学出身!ロッテ・友杉篤輝が語る「奈良での思い出」
天理大学出身!ロッテ・友杉篤輝が語る「奈良での思い出」
千葉ロッテマリーンズの友杉篤輝選手が、母校・天理大学や奈良での思い出を語る。
プロ野球選手になるきっかけとなった出来事や、奈良への想いを赤裸々に告白。
インタビュアーは友杉選手と天理大学野球部で一緒にプレーした、奈良のタウン情報ぱーぷるの中谷がお届け。
今シーズンについて
ーまずは今シーズンお疲れ様でした。今シーズン振り返っていかがですか?
友杉選手「結構、試合に出させていただいたのですが、走攻守全ての面でうまくいかなかった悔しい1年でした。」
ー今シーズン、序盤は打率3割近くの成績を収めていましたが、6月にガタっと成績が落ちてしまいました。その要因を教えてください。
友杉選手「更に進化するために、試行錯誤しながら少しずつ変えたのですが、それが思ったように行かなかったですね。スイング軌道などがズレて、なかなかコンタクトできなくなってしまって…。」
ー来年に向けて伸ばして行きたいポイントは?
友杉選手「まずは打撃ですね。まずは打つことです。」
大学時代について
ー天理大学を選んだ理由は?
友杉選手「高校の先輩が何人かいたので、話を聞いて天理大学を選びました。」
ー天理大学で思い出に残っていることは?
友杉選手「ん~。インドネシア語の授業ですかね笑。」
ー笑。僕ら5人くらいで授業受けてて楽しかったよね。あの授業から仲良くさせてもらった記憶がある。野球で言えばどういった思い出がありますか?
友杉選手「結構、衝撃だったのが甲子園に出場した選手たちがたくさんいた中で、入部して2、3日で藤原監督に『プロ行ける』と言われたのは覚えています。それが原動力になり、4年間プレーできました。天理大学に入った時にはプロは無理で、行けても社会人までと思っていたので。」
ー藤原監督ってどういった方でしたか?
友杉選手「乗せるのがうまいというか、選手たちをやる気にさせるのがうまい監督さんでした。」
ー昨年、藤原監督に挨拶に行きましたか?
友杉選手「去年のシーズンオフに、藤原監督に挨拶するために訪れたのですが、監督が体調不良でお会いできなくて。ご飯も一緒に行く予定だったのですが、コーチ陣とお食事させていただきました。」
ー今年は藤原監督、天理高校の監督になられたのは知っていますか?
友杉選手「知っています。天理高校で挨拶させていただくかはわからないですが、今年も天理大学で練習させていただく予定ですので、挨拶には伺いたいと思います。」
ープロを目指したのはいつですか?
友杉選手「3年生の冬です。社会人に進むか、プロに行くかで迷った結果、不安でしたがプロ一本に決めました。4年生の時に大学日本代表に選ばれたりしたので、ドラフトの日までにはある程度の自信はありました。」
ー大学に入った入り口に、大学日本代表の時のパネルあったよね。恥ずかしがってたのを今でも覚えている笑。
友杉選手「確か去年に大学に行った際に、まだあったような…笑。」
ー今度、観に行ってみるわ。それでは最後に奈良県の方々へメッセージをお願いします。
友杉選手「4年間、奈良で野球させていただいたこともあり、天理はもちろん奈良の高校野球の情報なども見ています。天理大学でも練習しており、第二の故郷だと思っているので、応援よろしくお願いいたします。」