釜石・和山に肉用牛25頭放牧 エム牧場(福島県)が新たな挑戦! 消費者求める付加価値づくりに意欲
釜石市北西部に位置する標高800メートルの和山高原。古くから牧場として活用されてきたこの地で今春、新たな挑戦が始まった。東北3県で肉用牛の生産を行う福島県二本松市のエム牧場(吉田和社長)が、肥育を目的とした放牧を開始。肥育のための“完全放牧”は全国でも珍しく、「ストレスフリーの健康牛」として料理人や消費者にアピールしていきたい考え。牧場開きが行われた15日、黒毛和牛、短黒牛など5種25頭が、市管理の牧場地に放たれた。震災以降、低迷する畜産業の活性化、“和山ブランド”の発信に地元関係者も大きな期待を寄せる。
放牧する牛は、福島県と岩手県金ヶ崎町の自社農場から10トントラック2台で運ばれてきた。牧場地を所有する一般社団法人栗橋地域振興社(菊池録郎代表理事会長)の現地事務所近くで4トン車に移し、3回に分けて、放牧地の「立岩」と呼ばれるエリア(17ヘクタール)に運んだ。今季、放牧する25頭は黒毛和種、ホルスタイン種、ジャー黒(ジャージー牛と黒毛和牛の交配)、短黒(日本短角牛と黒毛和牛の交配)、あか牛(褐毛和種)の5種。生後約1~12歳。このうち、9頭は東京の食肉卸業者やスーパー、フランス料理店の買い取りが決まっている。
牛の放牧といえば本来、繁殖牛や仔牛の育成のために行うのが一般的だが、今回行うのは「山で肉を仕上げる」ための放牧。料理人が求める“ストーリー性のある” 赤身肉を生産しようと、新たな挑戦の場に和山牧場を選んだ。「消費者は、自分が食べる肉がどこでどういう育ち方をしたかなど付加価値に興味を示す。山の中の広々とした牧場で青草を食べ、伸び伸びと育った牛は非常に魅力的に映るのでは」と吉田社長(45)。通常、肉用牛は牛舎で配合飼料などを食べながら育つが、近年は餌代が高騰。山への放牧は生産コスト削減にもつながる。
同社は1995年創業。肉用牛の繁殖、肥育から精肉加工、販売までを手掛ける。福島、宮城、岩手3県の計15カ所で2500頭を飼育。昨年、赤身肉の販売に力を入れる牛肉卸の東京宝山(萩澤紀子社長)と仕事をすることになり、3年前から協議を続けていた同市和山牧場での放牧を決意。市が管理する牧場地で牛を預かる「預託」という形で、今春からの放牧が実現した。
吉田社長は「放牧牛は脂の色の違いで市場評価が下がっていたが、肉自体はおいしい。新たな価値を生み出し、低コストでA5等級の肉を出せるようになれば、牛肉生産の可能性が広がる」と、常識を覆すチャレンジに心を躍らせる。すでに複数の料理人が興味を示しているといい、「うまくいけば頭数も増やしていきたい」と今後を見据える。
今年創立70周年を迎える同振興社(旧栗橋牧野農業協同組合)によると、和山での牛の放牧のピークは1983(昭和58)年の937頭。最盛期には闘牛大会も行われていた。時代の変化とともに畜主、放牧数ともに減少。東日本大震災(2011年)前には約200頭の放牧があったが、震災後、牛の販売価格の下落や生産者の高齢化などで半減し、右肩下がりの状況が続く。今年は畜主7人による12~13頭の放牧にとどまる見込み。
同振興社の菊池会長(73)は「エム牧場さんが来てくれたおかげで、牧場の有効活用が図られ、荒廃も防げる。来年にはユーラスエナジーさんの新たな風力発電施設も稼働予定。牛と風車が作り出す風景は和山の魅力を高め、観光客誘致にもつながる」と歓迎する。エム牧場の和山放牧牛は釜石市のふるさと納税の返礼品にも活用される予定。放牧の受け入れを行う市水産農林課の正木浩二課長は「牧場地の維持、畜産業の発展、食肉の特産品化など、当市にとっても多くのメリットが生まれる。さらなる規模拡大にも期待したい」と話す。
今季の25頭は10月末まで放牧予定。頭数確認や健康チェックなど日々の管理は同社スタッフが行う。吉田社長は「関係する皆さんの協力があってここまでこぎ着けた」と感謝。「本来、牛舎で飼っていれば高値で売れるものをあえて外に放す」。“ありえないこと”に挑む若き牛飼いたちがつくる未来に注目したい。