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「オペラをもっと気軽に」~オペラ歌手・小林沙羅と大西宇宙がデュオ・リサイタルの魅力を語る

SPICE

(左から)小林沙羅、大西宇宙

歌唱力は勿論、華やかな容姿と確かな演技力も魅力のオペラ歌手、小林沙羅と大西宇宙のデュオ・リサイタルが、ジャパン・アーツの「アフタヌーン・コンサート・シリーズ」の一環として開催に! オペラのイメージを覆す現代劇のようなメノッティ作曲のコミック・オペラ『電話』のほか、モーツァルト作曲『フィガロの結婚』とロッシーニ作曲『セヴィリアの理髪師』とバーンスタイン作曲『ウェスト・サイド・ストーリー』から名曲の数々を披露する。ピアノ演奏は名手・河原忠之。男女の人間模様を映し出す各曲を、二人はどのように歌い演じてくれるのだろうか?

言葉を大切に、化学反応を楽しむ

ーーオペラなどでの共演も多いお二人ですが、今回のデュオ・リサイタルにあたり、どのように選曲されたのですか?

大西:メノッティ作曲『電話』をやろうというアイデアは当初からありました。そちらは30分ほどの短いオペラなので後半として上演することにし、前半はお互いの良さが生きる曲をどう組み合わせようか、と相談して。

小林:候補が幾つもある中から、前半は3つの作品からアリアと重唱を歌う形に絞りました。大西さんとは一度、クローズドのデュオ・リサイタルをしたことがあり、その時に歌った『セヴィリアの理髪師』が楽しくて、聴かせどころのアリアも多い作品なのでまたやろう、と。『ウエストサイドストーリー』は、もともとクラシックの道に進む前からミュージカルが好きだった私が映画でも舞台も何度も見ている作品で、特に“サムウェア”は大好きなんです。場所や時代が変わっても人間の課題は変わらなくて、戦争がなくなってほしいと言いながらも全く止まないけれど、それでも「いつかどこかで」と希望を持って歌われるこの歌は、絶対に入れたいと思って選びました。

大西:ソプラノとテノールのデュオ・リサイタルは結構ありますが、今回はソプラノの沙羅さんとバリトンの僕だからこその関係性を出せるのではないかと考えています。実際、沙羅さんと僕は『ドン・ジョヴァンニ』で僕がドン・ジョヴァンニ、沙羅さんがツェルリーナで共演したり、井上道義さん作曲のミュージカルオペラ『A Way from Surrender〜降福からの道〜』で夫婦役をやったりと、ヒーローとヒロインというのとは少し違う複雑な関係性を作ってきました。今回一緒に歌う『フィガロの結婚』も『セヴィリアの理髪師』も必ずしもラブ・デュエットではなく、その先の物語が展開していく際の起点になるようなデュエットですし、『ウエストサイドストーリー』の“トゥナイト”もただ単に愛し合って幸せ、というよりこれからどうなるんだろう? という色々な感情が混じったワンシーン。『電話』にしても、恋人同士であるルーシーとベンの話でありつつ、ベンがプロポーズをしたいのにルーシーが電話にかまけてなかなかそれができないといった物語になっているのが、ソプラノとバリトンだからこそ表現できる設定のような気もしています。物語の伝え手としての僕らの可能性を出せるプログラムにしたいですね。

ーーおっしゃる通り、オペラの中でソプラノとテノールはヒーローとヒロインの二重唱になることが多いですが、バリトンとソプラノだともう少しひねりのある関係として描かれることが多いし、ハーモニーの具合も当然違います。

小林:感覚は全然違いますね。人によりますけれども、一般的にテノールの人たちはやっぱりヒーローだけにどんどん前に出ていきたいタイプが多いのに対して、バリトンの方とはアンサンブルを作りやすい気がします。もっとも大西さんは、オペラ全体の中で唯一無二の魅力を発揮しなければいけないドン・ジョヴァンニなどをなさるだけあって、ある意味でのヒーロー性もお持ちなのですけれども。

大西:沙羅さんとは歌っていて自然に物語が展開していく感覚があります。表情や目でもすごく表現される方なので、こちらもインスピレーションが湧きますし、ステージ上でのコミュニケーションが取りやすい。そして、日本歌曲も得意でいらっしゃいますが、母国語だからといって誰もが簡単に綺麗に歌えるわけではなく、非常に工夫が必要なもの。そこをきちんと歌える沙羅さんだからこそ、外国語の歌の時にもディテールへのこだわりが現れます。僕自身、言葉を伝えることは歌において優先しているので、方向性が合っているなと感じています。

小林:それは私も同じで、大西さんと一緒に歌うと、アメリカで言葉のことをしっかり学んできたのがよくわかるんです。以前、ヴォーン・ウィリアムズの英語の曲を一緒に歌ったことがあったのですが、私が勉強してきたドイツ語やイタリア語にはない母音があって、どういう風に歌ったらいいのだろうと思って大西さんに聞くと『自分はこう思う』というところをはっきりと返してくれて。言葉に対して真摯に向き合っていらっしゃるなと実感しました。

小林沙羅    (C)Kano Hayasaka

ーー言葉は響きだけでなく意味内容でもあるわけですから、演じることを含めた歌の表現に大いに関わってきますね。

大西:そうなんです。ですから音楽解釈にそのまま反映される。というより、まさにそれこそが歌の魅力だと思います。こう言ったらこう返してくれて、あるいはそこからまた違う表現で更に返してきて……といった化学反応が楽しめる相手だと、一緒に歌う意味を大いに感じます。

プロポーズは成功する!?
ハラハラドキドキな『電話』の世界

ーー今回上演する『電話』は歌手二人と伴奏のみの作品で、小林さんと大西さんならではの掛け合いが楽しめそうですね。お二人とも過去に別の共演者となさっているそうですが、その時に感じた魅力や難しさを教えて下さい。

大西:僕はまず調布音楽祭、次に神奈川県立音楽堂の「音楽堂ホリデーアフタヌーンコンサート」で、どちらも中江早希さんのルーシーを相手に歌いました。(電話に夢中な)ルーシーと(プロポーズしたい)べンの対極的な感じが面白いですよね。ベンは早くプロポーズしたいのに、いつも電話に邪魔されてしまう。この作品の原題は『The Telephone or L'Amour à trois』、つまり電話とベンとルーシーの三角関係というふうになっています。1947年の作品ですが、今もスマホ依存症はあるし、カップルの間に電話という邪魔者がいつもいるという構図は、現代にも通じるテーマですよね。新しいテクノロジーが入ってきた時にどう対応するのか、みたいなことが描かれていて。

小林:私は学生の時だったか山形で一回歌って、そのあと2017年に杜のホールはしもとで、大山大輔さん、ピアニストの佐藤卓史さんとのトリオ・リサイタルとしてやりました。同じ拍子やテンポで進む作品ではなく変化に富んでいる割には、お客さまの耳に入ってきやすい華やかなところのあるオペラだと思っています。私が演じるルーシーは通話のシーンも多いので、電話の向こうにいる相手と自分との掛け合いを、自分の歌でもって表現しなければなりません。さらには電話をしながらベンと会話したりもするので、そういう様々なベンとの関係性、電話との関係性、電話の相手との関係性を作っていくのが、難しさであり面白さでもありますね。

大西:ルーシーに何人かから電話がかかってきたりルーシーからかけたりするのですが、最初はゴシップを楽しんでいて可愛らしい音楽だと思ったら、言われのない非難を受けて憤慨するみたいなシーンではちょっとワーグナーのような壮大な音楽で喚き散らしたりと、歌が多面的なんですよね。加えてベンとの関係性もあって、難しい役。沙羅さんがどう料理してくるのか、僕は今から楽しみです。

(左から)大西宇宙、小林沙羅    (C)Kano Hayasaka

ーー今回は演出家を入れず、お二人で場面を作られるとか。

大西:リハーサルはこれからですが、共演経験があるからやりやすいのではないかと思うんです。今までも、演出家に言われる前から自分たちで自然にシーンが作れていたような感覚、ありませんでした?

小林:ありました。その場その場でお互いの反応を見ながら作り上げていくとすんなり運ぶ感じなので、自由に楽しく作っていきたいですね。

大西:演出としては、電話をスマホにして上演するなど、現代に置き換えるやり方もあるのですが、今回はオペラを初めて観る方に向けて、王道のものを見せたいという思いもあり、オリジナルの時代設定で上演することにしました。イメージビジュアルも作り込みまして、この時の衣装を実際の舞台でも着る予定です。

ーーそれにしても、ルーシーは電話ばかりせずベンと会話してあげてほしいし、ベンは電話ばかりしているルーシーにベンはもうちょっと強く言えばいいのにとも思います(笑)。まあ、昔の固定電話は、携帯電話のように着信音を消すことができないわけですが。

小林:ルーシーは、プロポーズされるとは思ってもいないから、あれがいつもの二人の関係なのでしょうね。

大西:ベンとしては、プロポーズだからロマンチックな雰囲気を作りたいから怒れないし、さらには出張に行かなければいけないという事情もあって……。『電話』で電話が鳴る音楽がびっくりするような音になっているのも、当時の呼び出し音を表していますよね。トリビア的な話で言うと、『電話』が初演された頃って、ラジオでオペラを流すことが流行っていたんです。メノッティの他の作品、例えば『泥棒とオールドミス』などは初演がラジオ放送でした。『電話』もラジオでも放送することを想定されて作られ、実際ラジオ放送もされていて、言葉にしろ効果音にしろ、音だけでも楽しめるような構成になっています。

大西宇宙    (C)Kano Hayasaka

ーーメノッティの『電話』は電話で会話が中断されるという「電話あるある」を使った作品ですが、近い時期に作られたプーランクの『人間の声』(テキスト:コクトー)は女性が恋人からの電話が来なくて待っているという、これまた「電話あるある」を描いたモノオペラ(一人のオペラ)で、ある意味、表と裏のような世界ですよね。

大西:あれもまたすごい心理劇ですよね。

小林:今だったらSNSがそういう感じになっているのかなと思います。LINEのメッセージが来ないとか、既読になるとか、ずっとX(旧twitter)ばかり見て目の前にいる相手と会話しないとか。新しいテクノロジーが出てきた時の問題点でもあり、それをどう活用していくかという人間の側の問題だったりする。

大西:そう、『電話』の最後、二人の関係を保つために電話がどう使われるかは観てのお楽しみですが、新しい時代の波が来ることに対する不安と希望を描いた作品で、どうやって我々がそこに適応していくかというのもテーマになっています。今はまたAIという大きな波が来てますが、ポジティブに捉えて良いメッセージにできたらと思っています。

ーーちなみにお二人は、電話にまつわる思い出にはどのようなものがありますか?

小林:携帯電話がない時代は、友達の電話番号は暗記していましたよね。未だに親友の番号は覚えています。しょっちゅうかけて長電話して、親から怒られて(笑)。

大西:携帯電話だと本人に繋がるけれど、昔はお家にかけなきゃいけなくて、男友達の家にかけるのでも「よし」と心の準備をしてからかけていましたし、女の子の家にかけるのはすごく恥ずかしかったですよね。先生の家にかけるのも緊張しました。今は僕自身が先生にもなっていますが、皆LINEですから、連絡における感覚もだいぶ変わりましたよね。あと、昔のダイヤル式電話は9や8は遠くて時間がかかるから、8977なんていう番号は面倒臭かった(笑)。

(左から)大西宇宙、小林沙羅


コメディ要素あふれるオペラを

ーー『電話』はコメディ要素の強い作品ですが、喜劇は難しいとも言われます。その辺り、お二人はいかがですか?

小林:私は若い頃から、例えば『こうもり』のアデーレのようなコケティッシュな役をやることが多かったので、ルーシーも楽しんでできるのではないかと思います。

大西:僕は何故かシリアスなイメージがついているらしく、過去に僕の『電話』を観た人からは「こういうキャラもできるんだね」などと言われたのですが、実は僕はこちらが素です(笑)。確かに喜劇は難しいのですが、やっている人間は笑わせようとはしていなくて、真剣なんだけどうまくいかないのが面白いところ。だからそこには悲しみみたいなものもあるんですよね。チャップリンなども、そこに悲劇があるから喜劇が面白くて、喜劇があるから余計に悲しいというところがある。『電話』も登場人物たちはいたって真剣で切実なところが、逆に可笑しく見えたらいいのではないでしょうか。

ーーSPICEには演劇ファンの読者が多く、オペラ未体験の人もいるかもしれません。そういう方に向けてお誘いのメッセージをいただけますか?

小林:丸々1本オペラをやる後半の『電話』だけでなく、オペラやミュージカルの抜粋からなる前半も演劇的要素の強い場面を選んでいます。見どころ満載のプログラムになっているので、声を聴いてほしいのは勿論ですが、私たちがどういうふうに演劇的に見せ、聴かせていくかにも注目して、楽しんでいただきたいですね。

大西:オペラの要素がぎっしり詰まった魅力的な演奏会にしたいですよね。そして、小林沙羅と大西宇宙という2人のデュオは、今回のコンサートを皮切りに、内容は毎回違うけれど色々なところで合計3回させていただくので、このユニットの魅力を存分に味わっていただけたら嬉しいです。

ーー「アフタヌーン・コンサート・シリーズ」でオペラを取り上げるのはこれが初めてだそうですが、4月には同シリーズでメゾソプラノの林美智子さん主演の『カルメン』も予定(https://www.japanarts.co.jp/concert/p2128/)。今後、定着していきそうです。

小林:オペラと言っても、『電話』は聴きやすくて、お昼にぴったり。気軽に楽しんでいただけることと思います。

大西:そうそう。オペラを以前聴いて長くて大変だった、という人にも、胃もたれしない楽しいオペラがあることをしってもらいたいですね。オペラに苦手意識がある人もぜひ試しに聴いてみて♡……ここ、ぜひハートマークでお願いします!

(左から)大西宇宙、小林沙羅    (C)Kano Hayasaka

取材・文:高橋彩子

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