貴重な浮世絵を多数収蔵。浮世絵専門の美術館の重要な役割【江戸時代に隆盛した文芸・美術『太田記念美術館』編vol.3】
浮世絵専門美術館として世界トップレベルの約1万5000点を収蔵している『太田記念美術館』。2025年大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で江戸の町と浮世絵などの美術作品が取り上げられていることでも注目を集めている。今回はそんな『太田記念美術館』の歴史や見どころについて、主幹学芸員の赤木美智さんに伺った。
『太田記念美術館』とは?
『太田記念美術館』は1980年に開館した浮世絵専門の美術館。収蔵作品は約1万5000点あり、常設展はなく、テーマを変えた企画展で毎回、約80~100点の浮世絵を展示している。収蔵作品の基礎となる約1万2000点は実業家の5代・太田清藏が個人で収集していたものだ。
「清藏は、明治26年(1893)福岡市生まれで、東京帝国大学(現在の東京大学)卒業。住友銀行(現在の三井住友銀行)退行後、金融界の視察のためにアメリカやヨーロッパを訪れ、その際に浮世絵が高い評価を得ていること、そして、数多くの浮世絵の名品が海外に流出していることを知りました」。教えてくれたのは主幹学芸員・赤木美智さんだ。
「明治以降、日本画は国内でも評価が高かったのですが、浮世絵は庶民が楽しむものだったこともあって低俗なものだという評価でした。こうしたことを嘆き、昭和の初めから半世紀をかけて浮世絵の収集を始めたということです」
「浮世絵の収集については家族にも話していなかったようで、清藏の死後に家族が発見し、1977年から銀座で約2年間公開しました。その後、現在地に『太田記念美術館』を建て、展示をしています。現在でも継続的に収集を行っています。ひとつ残念なのは、戦災で清藏宅の蔵が燃えてしまったことです。その蔵の中にも貴重な作品があったと思われ、本当に残念ですね」
一般的に個人のコレクションだと、特定の浮世絵師だったり、美人画だけというように、ある特定のジャンルを収集することも多くある。しかし、清藏の場合は、浮世絵の始祖と呼ばれ、『見返り美人』で知られる菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の時代から、明治・大正・昭和の時代まで幅広く集めているのだ。
「ジャンルも美人画や役者絵のほか、風景画など広く網羅しています。それと、清藏は歌川広重が特に好きだったようで、広重の浮世絵はかなりの数があります。これも特徴の一つですね」
企画展にかける意気込み
『太田記念美術館』では、いろいろな時代やジャンルの浮世絵をそろえているので、さまざまな企画展を開催している。
「美人画や富士山といったテーマのほか、青や赤などの色にこだわった企画展も行っています。ほかにも、2025年2月に行われた『生誕190年記念 豊原国周』のように、誕生や没後の周年など、節目の年に企画展を開催することもあります」
浮世絵専門の美術館ということもあり、あまり知られていない浮世絵師でも、浮世絵の歴史の中で重要な役割を果たした絵師は積極的に紹介しているのがここ、『太田記念美術館』なのだ。
「ここで重要なのが企画のタイトルです。タイトルで興味を持っていただくというのも重要なことです。2025年1月の企画展では『江戸メシ』という企画展を行いました。浮世絵を通じて寿司やそば、天ぷらが誕生した江戸時代の食文化を紹介する企画展だったのですが、非常に好評でした」
2013年に同じような内容で「江戸っ子グルメ」という企画展をやったという赤木さん。しかし、そのときは今回ほどの反響はなかったのだとか。
「いま、浮世絵が注目されていることと『メシ』というキャッチーな言葉が受けたのだと思います」
「2014年には、まだそれほどメジャーじゃなかった『広重ブルー』をテーマにした企画展を行ったのですが、言葉の響きが新鮮だったようで、そのときは若い人が結構来てくださいました。『いい作品』『青が素敵』という感想をたくさんいただきました。2024年に実施した広重の企画展でも好評でしたね」
2025年注目の企画展はこちら!
「2025年4月3日から2025年5月25日までは、『没後80年 小原古邨(おはらこそん)-鳥たちの楽園』の企画展を開催中です。古邨は明治末期から昭和前期にかけて活躍した浮世絵師です。鳥や花、獣たちを江戸時代から受け継がれた伝統的な浮世絵版画の技法で描いた名作が鑑賞できます。また、2025年8月30日から11月3日までは『蔦屋重三郎と版元列伝』を行います。蔦重をはじめとした名品を生み出した江戸の版元たちの業績を紹介する企画展になります。『べらぼう』でも描かれていますが、どの版元も個性的なので、ぜひ足を運んでいただければと思います」
赤木さんによると、企画展はタイトルが重要なのだという。
「そうですね……企画を考えるだけでも大変なのに、キャッチーなタイトルを考えるのはさらに難しいです。私の上司はタイトルを考えるのが上手なのですが、『タイトルが降りてくる』といっていました。うらやましいですね」
「収蔵品の質が高いので、浮世絵好きの方も満足していただけるコレクションだと思っています。一方で、SNSを活用してより多くの人たちが浮世絵に興味を持っていただけるように発信しています」
なんと2025年4月現在でXアカウントは21万以上のフォローが!SNSでは、企画展の案内だけでなく、七夕だったり、十五夜だったり、その時期の行事にちなんだ浮世絵を発信しているそうだ。
そんな仕掛けも収蔵作品が約1万5000点あるからできること。投稿の反応を次の企画展の参考にしたり、絵はがきなどのミュージアムグッズの題材などにすることもあるとか。ほかにも、浮世絵には猫を描いた作品が多くあるので、描かれた猫のシールやアクリルスタンドなどのグッズの販売も行い、好評を得ている。
「当館をはじめ、『東京国立博物館』や『千葉市美術館』などでも浮世絵展を開催していますので、いろいろな機会に浮世絵を鑑賞していただければと思います。神保町古書店街などにある浮世絵を扱う店では幕末の作品が数千円で購入できることもあります。江戸っ子のようにポスター感覚で季節に合わせて飾るのもいいかもしれませんね」
浮世絵をはじめとする江戸時代の文化は、大河ドラマ『べらぼう』でさらに盛り上がること間違いなし。多彩な作品に出合える『太田記念美術館』で蔦重も見た世界を体験してみよう。
太田記念美術館
住所:東京都渋谷区神宮前1-10-10/営業時間:10:30~17:00/定休日:月(祝の場合は翌)・展示替え期間/アクセス:JR山手線原宿駅から徒歩5分 、地下鉄千代田線・副都心線明治神宮前駅から徒歩3分
取材・文=速志 淳 画像提供=太田記念美術館
アド・グリーン
編集プロダクション
1982年創業の編集プロダクション。旅行関係の雑誌・書籍、インタビューやルポルタージュを得意とし、会社案内や社内報の経験も多数。企画立案から、取材・執筆、デザイン、撮影までをワンストップで行えるのがウリ。