アトピー性皮膚炎から始まる“アレルギーマーチ”からわが子を守る方法
子どもの10人に1人は、食物アレルギーがある――これは2020年に、国立成育医療研究センターが全国レベルでの初の大規模追跡調査からわかったこととして発表した事実です(※1)。もっとも多いのが鶏卵、次いで牛乳、小麦アレルギーだということ。
そんな身近な食物アレルギーの原因のひとつとして注目されているのが、乳児期からのアトピー性皮膚炎(※2)です。子どものアレルギー研究で国際的にも高い評価を受けている国立成育医療研究センター・アレルギーセンタ―の山本貴和子先生に乳児期からのアレルギー疾患の対策について教えていただきましょう。
増える食物アレルギーとアトピー性皮膚炎の関係
アレルギー疾患は20世紀の後半から先進国を中心に急激に広がりを見せています。特に食物アレルギーを発症する子どもが20年ほど前から急増し、社会問題にもなっています。環境省が行った全国調査(エコチル調査 ※3)で約10万人近い妊婦さんを調べたところ、約半数の妊婦さんがアレルギー疾患になったことがあることがわかりました。これはアレルギー体質をもった赤ちゃんがたくさん生まれていることを意味しています。
食物アレルギーとは、特定の食品を食べた時に起きるアレルギー反応で、かゆみや蕁麻疹(じんましん)など皮膚の症状が多いのですが、腹痛や呼吸困難などが見られることもあります。特に赤ちゃんはからだの不調を上手に伝えることができないので、離乳食などで初めての食べ物をあげる時にはアレルギー反応がないか注意深く見守ることが必要とされています。
赤ちゃんの食物アレルギーの原因のひとつとして、国立成育医療研究センターの山本先生が教えてくださったのが、「湿疹を介して食物アレルギーを引き起こすIgE抗体が作られてしまうこと」です。
「食べる前に湿疹などでバリア機能が壊れた皮膚からその食べ物のアレルゲンを体内に取り入れてしまうと、からだはそれを異物と認識してアレルギーを起こす抗体(IgE抗体)を作ることがわかってきました。初めて食べた時にアレルギー反応が起きることがありますが、これは食べる前からアレルギー反応を引き起こす可能性のあるIgE抗体を体内に作ってしまっているからです。一方、口からからだに入れることで、その食物に対する免疫寛容(からだがその食物を異物と認識しないで受け入れるようになること)ができます」(山本先生)
食物アレルギーを引き起こす食材について、心配ゆえに食べさせる時期を遅らせてしまうことがありますが、そうすると免疫寛容の誘導が遅くなり、食物アレルギーになる可能性が高くなるというわけです。
アトピー性皮膚炎は序章だった? そこからはじまる“アレルギーマーチ”とは
子どものアレルギー疾患はアトピー性皮膚炎から始まり、その後、食物アレルギーを発症し、幼児期には喘息やアレルギー性鼻炎になってしまうという具合に変化していくというデータがあります。これが“アレルギーマーチ”と呼ばれるものです。山本先生も「アトピー性皮膚炎を発症した子は他のアレルギー疾患も出てくるケースが多い」と感じているそう。
「すでに当センターのスタッフが論文を発表していますが、生後1~4か月でアトピー性皮膚炎を発症している赤ちゃんは、食物アレルギーになるリスクが非常に高いことがわかっています。食物アレルギーを予防するためには、乳児期早期に湿疹やアトピー性皮膚炎が見つかったらすぐに治療してあげることが重要です」(山本先生)
こちらの記事でも取り上げたように、私たちの身の回りには食べ物のアレルゲンが存在しています。子どもの寝具を調べたところ、100%の寝具から鶏卵アレルゲンが検出されたという結果も(※4)。それらすべてを取り去ることはできませんが、肌のバリア機能を正常に整えて、外からのアレルゲンの侵入を防ぎ、アレルギー反応の原因となるIgE抗体を作らないようにすれば、食物アレルギーも予防対策ができるということです。
この考え方に基づき、同センターは2017年から「乳児アトピー性皮膚炎への早期介入による食物アレルギー発症予防研究」(PACI Study・パッチスタディ)を実施。2023年にその結果が公表され、世界で初めて「皮膚への早期の治療介入が食物アレルギーの予防につながる」ことが実証されました(※5)。
研究では、アトピー性皮膚炎の赤ちゃんに対し、ステロイド外用薬などを使った積極的な治療を行った群は、標準的な治療群と比較し、鶏卵アレルギーの発症を25%削減できることがわかりました。
また、2017年にはアトピー性皮膚炎のあるお子さんに鶏卵を早期摂取することで、鶏卵アレルギー発症が抑制できることも世界で初めて明らかになっています(※6)。
詳細や具体的なやり方については、同センターの「離乳食における鶏卵摂取の考え方」(※7)を参考にしてください。
つまり、食物アレルギーの発症を抑えるには、①アトピー性皮膚炎の発症予防や早期治療により経皮感作を防止すること、②アレルギーの原因となりやすい食物の経口摂取を適切な時期になるべく早く開始して、経口による免疫寛容を誘導すること、の二重の介入が有効なのです。
このように、赤ちゃんが食べ物を食べられる時期になったら、食べられる食材を少量ずつ食べさせてあげましょう。ただし、すでに食物アレルギーを発症しているお子さんや湿疹があるお子さんは、アレルギー症状がでてしまう場合がありますので、かかりつけの医師としっかり相談して進めてください。
ステロイド外用薬はアトピー性皮膚炎の治療に有効です
新生児期からどんなにこまめに保湿をしていても、アトピー性皮膚炎を発症する赤ちゃんはいます(アトピー性皮膚炎の原因は様々あるためです)。
一度、炎症を起こしてしまった肌は保湿剤だけでは症状を改善することはできません。そのために多くの医療機関で使用されているのがステロイド外用薬。
「私たちもステロイド外用薬を塗って炎症の治療を行っています。ただ、ステロイドはなにかと勘違いされている側面もあり、未だにステロイド外用薬はよくない薬だと信じている方もいらっしゃいます。たしかに間違った使い方をすると副作用がでる場合があります。しかし、用法・用量をきちんと守って使えば心配はいりません」(山本先生)
ステロイド外用薬には強さのランクがあり、患部や症状に合わせて使い分けます。
軽症であれば、“リアクティブ療法”といって、症状があるときだけステロイド外用薬を塗布するだけでもよいのですが、中等症や重症のアトピー性皮膚炎など、炎症がぶり返して悪化するお子さんに推奨しているのは、“プロアクティブ療法”です。症状が治まってもステロイド外用薬などの抗炎症治療薬を、副作用がでないように気をつけながら間欠的に塗り続けるのが特徴の治療法です。
山本先生によると、症状が改善してつるつるすべすべになっても、すぐに薬をやめるのではなく、少しずつ量を減らし、副作用がでない範囲で塗布を続けていくこと(プロアクティブ療法)が必要な場合もあるそうです。最近は、赤ちゃんに非ステロイド外用薬が使えるようになったため、「非ステロイド外用薬を使う“プロアクティブ療法”でも、つるつるすべすべが維持できるようになっています」と教えてくれました。
「SNSなどで情報を得ることが当たり前になってきましたが、皮膚関係の情報については玉石混交。なかには誤った情報もあり、それを信用してしまうと、治療どころか症状を悪化させることにもなりかねません。是非とも、公的な機関が出す情報を見ていただきたいと思います。日本アレルギー学会と厚生労働省が運営する『アレルギーポータルサイト』(https://allergyportal.jp/)も参考にしてください」(山本先生)
アトピー性皮膚炎の症状が治まって、保湿剤だけで肌をきれいに保てるようになる赤ちゃんも多いそうです。アレルギー性疾患をコントロールし、湿疹やかゆみに悩まされることがなくなった子どもたちは毎日をのびのびとすごせるでしょう。
赤ちゃんの肌に何か問題があったら医療機関で診てもらい、保湿やお肌の治療を始めてあげたいものですね。
<参考資料>(※1)Allergy and Immunology in young children of Japan: The JECS cohort
https://www.ncchd.go.jp/press/2020/20201119.html(※2)アトピー性皮膚炎(国立成育医療研究センター)
https://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/children/allergy/atopic_dermatitis.html(※3)「子どもの健康と環境に関する全国調査」(環境省)
https://www.env.go.jp/chemi/ceh/index.html(※4)100%の家庭の子どもの寝具から鶏卵アレルゲンが検出(国立成育医療研究センター 2019年3月)
https://www.ncchd.go.jp/press/2019/20190305.html(※5)乳児期のアトピー性皮膚炎への”早期治療介入”が 鶏卵アレルギーの発症予防につながる ~二重抗原曝露仮説を実証する世界で初めての研究成果~(国立成育医療研究センター同センター 2023年4月)
https://www.ncchd.go.jp/press/2023/0410.html(※6)「離乳期早期の鶏卵摂取は鶏卵アレルギーの発症を予防することを発見」(国立成育医療研究センター同センター 2016年12月)
https://www.ncchd.go.jp/press/2016/egg.html(※7)離乳食における鶏卵摂取の考え方 ~鶏卵アレルギー予防のために~(国立成育医療研究センター同センター 2023年10月)
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/allergy/keiran_sessyu.html
山本貴和子(やまもと きわこ)
国立研究開発法人 国立成育医療研究センター アレルギーセンタ―・総合アレルギー科医師 日本小児科学会・小児科指導医 日本アレルギー学会・専門医 医学博士 子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)メディカルサポートセンター・チームリーダー 「妊娠中からの児のアレルギー疾患予防ヘルスリテラシー教育プログラムの開発と評価」プロジェクト代表