北海道の絶景に危機…「流氷」が消えると、海の幸・冬の暮らしも変わってしまうかも【気象予報士が解説】
10月の北海道は一気に秋が深まりました。冬の足音も聞こえ始めています。
ただ、この冬の便りは最近、遅れています。
旭岳の初冠雪は、平年だと9月25日。しかし、2021年からは5年連続で10月にずれ込んでいます。ことしは10月9日でした。
雪の降り始めが変わってきているように、北海道ならではの冬の風物詩「流氷」も、すでに温暖化の影響を受けているのをご存じでしょうか?
HBCウェザーセンターの気象予報士・篠田勇弥が「地球温暖化と北海道」をテーマに、北海道では何が起こっているのか?これから何が起こるのか?連載企画でお届けします。
より影響が身近な暮らしに迫ってきた今、何ができるのか…一緒に考えてみませんか?
今回はいよいよ最終回。オホーツクの流氷にスポットを当てていきます。
連載「気象予報士コラム・お天気を味方に」
特別企画:地球温暖化と北海道の話~「日本の気候変動2025」を紐解く~ 第5回
流氷にも温暖化の影響が…
気象台がある網走では毎年、流氷がいつ陸から見えて接岸するのかを観測しています。
平年では1月下旬に流氷が見え始めますが、昨シーズンは冬型の気圧配置が長続きせず、流氷を動かす季節風が弱まったことで、陸から初めて流氷が見えた「流氷初日」は2月15日と、観測史上最も遅い記録となりました。
当然、一つのシーズンだけを切り取って、温暖化の影響と結びつけることはできませんが、長期的に見ると流氷の面積は確実に減ってきていることがわかっています。
今回は文部科学省と気象庁が発表した「日本の気候変動2025」をもとに、北海道にやってくる「流氷」に注目し、今後、どのような変化が予想され、私たちの生活にどんな影響を与えるのかを一緒に見ていきましょう。
流氷と北海道の気候
そもそも流氷とは、海水が凍ってできた氷のかたまりが、海面を漂っているものです。
オホーツク海の北では、塩分の少ない海水がシベリアの厳しい寒気で冷やされ、海面に氷が生まれます。その氷が少しずつ成長しながら、海流や風によって南へ流れ、北海道の沿岸にたどり着くのです。
そして、流氷は北海道の冬の気候に大きな影響を与えています。
オホーツク海に流氷が広がると、白い陸地が広がったのと同じようになります。海にフタをしたような状態になって、雲のもとになる水蒸気が減り、オホーツク海では晴れる日が増えます。しかし、布団代わりとなる雲がないことにより、地面からの熱がどんどん逃げて、気温は下がっていきます。
そのため、北海道の多くの地域では1月下旬に寒さのピークとなるのに対し、網走などオホーツク海側では2月中旬まで寒さの底が続くのです。
札幌では2月上旬を過ぎると気温が上がり始めますが、流氷がやってくる網走ではそのころに寒さのピークを迎えます。
さらに、流氷はオホーツク海側だけではなく、日本海側の雪にも影響します。
内陸で冷えた空気が海へと吹き出し、日本海からやってくる季節風とぶつかることで雪雲が発達。これが札幌周辺や後志地方、道南方面に大雪をもたらすことがあります。
こちらは2020年2月8日9時の衛星可視画像を加工したものです。
この日の朝はオホーツクの遠軽町生田原で-30.9度まで下がるなど、強烈に冷えました。内陸から吹き出す風と季節風がぶつかり、積丹半島周辺に集中して雪雲を流しています。
流氷は減ってきている
最新の観測によると、地球温暖化の影響でオホーツク海の流氷の面積は10年あたり3.2%のペースで減少していることがわかりました。
数字だけ聞くと小さいように感じますが、面積に直すと10年ごとに5.1万k㎡、北海道のおよそ6割に相当する面積が失われているのです。これは九州と四国を合わせた面積に匹敵します。(※北海道の面積はおよそ8.3万k㎡)
現在、網走の流氷の平年値は
・流氷初日:1月22日
・流氷終日:4月6日(流氷終日の観測は2021年で終了)
なっていて、2か月ほどは北海道の陸地から流氷を眺めることができます。
ただ、このまま追加的な温暖化対策を行わなかった場合、21世紀末には流氷の面積が8割近く減少する可能性も示唆されています。
こちらは、21世紀末の3月の海氷密度分布の将来予測です。
左は各国が温暖化対策を進めた場合(2℃上昇シナリオ)、右が追加的な温暖化対策を取らなかった場合(4℃上昇シナリオ)の予測です。大きな差が出ているのがわかると思います。
21世紀末には北海道で流氷が見られなくなる可能性も…?
このまま流氷が減ってしまうと…?
もし、流氷が減ってしまうこと、私たちの暮らしに関わる影響は大きく分けて2つあります。
①オホーツク海の生態系が崩れる可能性
流氷の役割は観光として楽しむだけではなく、実はオホーツク海の豊かな海の恵みを支える大切な存在なんです。
氷の底には、「アイスアルジー」と呼ばれる植物プランクトンがくっついていて、流氷と一緒に北海道の沿岸にやってきます。この植物プランクトンは春になると大増殖。魚介類のエサとなり、さらにそれを食べる魚や海鳥へとつながり、食物連鎖の基礎を形作っています。
つまり、温暖化が進み、将来的に流氷が届かなくなると植物プランクトンが減り、ホタテやサケ、カニなど、北海道が誇る海の幸の基盤そのものが揺らいでしまう可能性があるのです。
②冬の気候が変わってしまう可能性
さらに、流氷がやってこないことで、冬の気候にも影響が出ることが考えられます。
オホーツク海を覆う「氷のフタ」がなくなることで、オホーツク海側を中心に冬の気温の傾向が変化。さらに、雪雲のもとになる水蒸気が増えて、これまで雪があまり降らなかった地域でドカ雪や暴風雪のリスクが高まるかもしれません。
つまり、流氷が消えると「海の幸」だけでなく、「冬の暮らし」までも変わってしまうかもしれないのです。
オホーツク海を覆う流氷はまさに白い大陸。いつまでも残したい風景の一つですね。
最後に
2023年に続き、2024年は日本の平均気温は観測史上最高を更新しました。さらに今年の夏は、これまでの記録を大幅に上回る暑さとなり、筆者も天気解説の中で「経験したことのない暑さ」「危険な暑さ」といった強い言葉を使わざるを得ない状況に、強い危機感を覚えています。
温暖化が進めば、流氷が減少してしまうだけでなく、危険な暑さや極端な大雨、一方で、雨がまったく降らない期間の増加など、これまでの常識や経験が通用しない気候が現実になってしまうかもしれません。いや、すでにこうした変化は始まっていると言ってもいいでしょう。
私たちにもできることは確かにあります。物価高の中で、すでに節電や節水など意識している方も多いと思いますが、そうした一つ一つの行動の積み重ねこそが、今の私たちの生活を守るだけでなく、この先の地球温暖化の進行を少しでも遅らせるための大切な一歩となるはずです。
この記事が、地球温暖化について考えるきっかけの一つになると幸いです。
連載「気象予報士コラム・お天気を味方に」
特別企画:地球温暖化と北海道の話~「日本の気候変動2025」を紐解く~
文: HBCウェザーセンター 気象予報士 篠田勇弥
札幌生まれ札幌育ちの気象予報士、防災士、熱中症予防指導員。 気温など気象に関する記録を調べるのが得意。 趣味はドライブ。一日で数百キロ運転することもしばしば。
HBCウェザーセンターのインスタグラムでも、予報士のゆる~い日常も見られますよ。
※掲載の情報は記事執筆時(2025年10月)の情報に基づきます。