「夫がカルトに入信」「娘の様子もおかしい」実際に起こった奇妙な“殺人事件”とは?『バーン・クルア 凶愛の家』
タイ発「家系ホラー」大ヒット作
タイ発のサスペンス・ホラー映画『バーン・クルア 凶愛の家』が、11月 22日(金)よりシネマート新宿ほかにて全国順次公開となる。タイ国内で公開されるや、同時期公開の『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』や『ジョン・ウィック:コンセクエンス』といったハリウッド大作を押しのけ、3週連続No.1の興行収入を記録した「家系ホラー」の大ヒット作だ。
本作は「実話にインスパイアされた物語」と謳われていて、タイの地元メディアでは考察記事もいくつか見受けられた。その中には目を背けたくなるほど凄惨な事件への言及があり、監督が過去のインタビューでインスパイア元を語ってもいるのだが、一体どんな事件に着想を得たのだろうか?
『凶愛の家』というタイトルが意味するもの
最近よく目にする「家系ホラー」とは、〈家〉や〈家族〉にまつわる恐怖を描いたジャンルとされている。もう一歩踏み込めば、それらに象徴される“拠りどころ”、“伝統/しがらみ”、“執着”といった様々な要素を内包した、精神的な負荷を恐怖の源とする心理ホラーといったところだろうか。
たとえば『パラサイト 半地下の家族』(2019年)などはコメディ要素を盛り込んだ「家系スリラー」、『ドント・ブリーズ』(2016年)は狂気の煮凝りのような家主に返り討ちにされる「家系バイオレンス」と言うこともできるだろう。かたや「家系ホラー」の傾向としては、多くの人間が人生の大半を過ごす場所だからこそ<情念>がこもりやすく、それがスーパーナチュラルな存在/現象の依代となることで生まれる恐怖を描くことが多い。
そして『バーン・クルア 凶愛の家』も副題どおり、凶々しい家にまつわる物語である。「バーン・クルア」は「怖い賃貸」みたいに訳せるようだが、タイ語はカタカナ表記にすると発音による区別が難しくなるので副題をメインに捉えてよいだろう。では、その「凶愛」が意味するものとは何なのか――。
大事な家族に危険が迫った時、あなたはどうする?
ニンとクウィンは7歳の娘インを持つ夫婦。3人は経済的理由から、元医者だという老女ラトリーとその40歳の娘ヌッチの二人の親子に家を貸し出し、自分たちはマンションに移り住むことを決めた。
ラトリー親子がニンとクウィンの家に引っ越してきた後、次第にクウィンが奇妙な行動をとり始める。クウィンの不気味な行動に気付いたニンは不安を感じ、夫がなぜそのような行動をとるのか探り始める。しかしクウィンは、ニンに気づかれまいと秘密を抱えるようになり、毎朝午前4時少し前に外出するようになった。それに気付いたニンは、クウィンにヌッチと同じデザインの三角形のタトゥーがあることを突き止める。
夫の行動がますます不気味になる中、ニンは娘が“見えない邪悪な力”に狙われていることに気付く。じつはラトリーとヌッチはカルト集団のメンバーであり、彼女たちから“ある見返り”を得ることを引き換えに、クウィンはカルト集団の企みに参加してしまったのだった。
彼女たちはクウィンを邪悪な計画の一部に引き入れ、その計画には娘のインが必要だと、クウィンを操ろうとする。カルト集団の行動が次第に過激さを増していく中でニンは、集団だけでなく夫からも、どのような手段を使ってでもインを守ろうと決意するが……。
『バーン・クルア』のココが怖い! 引き込まれる脚本の妙
いわゆるJホラー的な霊的恐怖演出はストレートに恐ろしく、呪術が重要なファクターになっていた『哭声/コクソン』(2016年)などの韓国スリラーみを感じさせるシークエンスもある。東南アジア圏ならではという面では、オカルティックな黒魔術的恐怖は熱帯地域の仏教国に対する歪んだステレオタイプとの相乗効果もあってか、じめっとした独特の空気感が効いている。
また、主人公自身ではなく“最愛の子に迫る恐ろしい何か”という危機感、そして最大の理解者であるはずの夫の狂気という“拠りどころのなさ”でも観客の不安を煽る。女性主人公が孤独な戦いを強いられる展開はホラー/スリラーの定番だが、本作が“恐怖の本性”を現すのは中盤過ぎ、奇行に走った夫クウィンの過去を見せるシークエンスだ。ここで中盤までの「なぜ?」がテンポよく解消されていく展開は見事で、ダレされることなく物語にぐいぐい引き込まれてしまう。
なぜ我が子にそんなことを……インスパイア元の事件とは?
さて、やはり気になるのは本作のインスパイア元についてだが、おそらく2004年にタイ中部のラーチャブリー県で12歳の少女が実の親に“ある信仰上の理由”により喉を切り裂かれるという恐ろしい事件があり、それがインタビューで語られていたインスパイア元の一つかもしれない。
ちなみに、劇中の重要なシーンで印象的に使用されるスーツケースなどは、2014年にバンコクで起こったイギリス人男性による凄惨な殺人事件を想起させるプロップだった(※注:どちらも非公式情報)。
とはいえ本作はそういった背景を一切気にすることなく観ることができる、とても良くできたホラー映画である。夫婦役のニッター“ミュー”ジラヤンユンとスコラワット “ウェイア” カナロスの鬼気迫る熱演だけでも観る価値があるし、〈血〉を超えた〈愛〉を印象づけるラストシーンは涙を禁じ得ない。「家系ホラーの巨匠」と呼ばれているらしいソーポン・サクダピシット、今後も要注目の監督だ。
『バーン・クルア 凶愛の家』は2024年11月22日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開