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地元発案の上下分離を辞退して自助努力で経営再建 独自の道を選択した小湊鐵道の決断(千葉県市原市)【コラム】

鉄道チャンネル

特製ヘッドマークを掲出する100周年記念列車。始発の五井駅では多くの市原市民が列車出発を見送りました(筆者撮影)

2025年3月7日に開業100周年を迎えた千葉県の小湊鐵道。これに先立つ1月末、路線の維持・存続・再生に向け大きな決断を下しました。

小湊鐵道は2023年4月、地元・市原市に「鉄道設備の維持には今後10年間で相当額の安全投資が必要で、継続的支援を検討してほしい(大意)」とSOS。市原市は有識者らをメンバーとする準備会議を設置し、「国費も活用しながら、利用客の少ない南側区間を上下分離して鉄道を存続する」の方向性を示しました。しかし、会社側は区間限定の支援策を辞退。自力再建に方針転換しました。

小湊鐵道線の再生をめぐっては非公表情報もありますが、本コラムは周辺取材や市原市の公表資料などを総合して、決断の背景を探ります。

上総牛久を境界に利用状況は二分

小湊鐵道線のプロフィールは筆者前コラムの通り、最初の開業が1925年3月7日の五井~里見間。3年後の1928年5月までに、五井~上総中野(39.1キロ)が全通しました。

駅は両端を含めて全18駅。沿線開発が進み通学生も含め一定利用がある北側の五井~上総牛久間に対し、南側の上総牛久~上総中野間は苦戦。朝ラッシュのピーク時、1時間当たり2~3本が運転される北側に対し、南側は1時間1本の時間帯もあるなど、上総牛久を境界に沿線は二分されます。

全線では2011~2019年度、1日平均約3000~3700人の利用がありましたが、新型コロナの2020年度は約2200人までダウン。2021年度以降盛り返しているものの、完全な回復は難しい状況です。

営業成績は2018年度までは収支トントンで推移、2019年度からは赤字を計上しました。そうした中、2023~2033年度に総額60億円規模の設備投資が必要というのが会社側の試算。「鉄道を維持して地域住民の移動手段や観光資源として活用するには、地域の支援が欠かせない」が、小湊鐵道の見解です。

準備調整会議を設置(市原市)

支援要請を受けた市原市は、日本大学理工学部の藤井敬宏特任教授を座長に、千葉県、大多喜町、小湊鐵道、いすみ鉄道の各代表をメンバーに迎えた「小湊鐵道線地域公共交通活性化再生協議会設置準備調整会議」を設置。2023年5月から2025年1月まで5回の会議を開催しました。

1月28日の5回目の会議で、「南側の上総牛久~上総中野間を上下分離する」の再生の方向性が示されのに対し、小湊鐵道は区間を区切った形での支援を辞退。自力で再建する方向性を打ち出したというのが、全体の流れになります。

クロスセクター効果を住民アンケートで

ここで一時停止。筆者コラムでは2025年2月、今回と共通点の多い近江鉄道再生の道のりを報告しました。タイトルは、「近江鉄道再生の道のりを明かす新刊 著者が語る「目標は『残すこと』でなく、『残して利活用すること』」。

【参考】近江鉄道再生の道のりを明かす新刊 著者が語る「目標は『残すこと』でなく 、『残して利活用すること』」【コラム】
https://tetsudo-ch.com/12996364.html

近江鉄道では、鉄道の必要性を判断する指標として、鉄道を存続させる場合と、代行バスに置き換える場合を比較する「クロスセクター効果」を試算しました。

小湊の場合も、クロスセクター効果を検証。沿線住民や観光利用客にアンケート調査して、鉄道の必要性の判断材料にしました。市原市民と大多喜町民1827人が回答したアンケート結果を、エッセンスですが紹介します。

鉄道の乗車目的は、「定期利用の通勤・通学・買い物」と「不定期利用の趣味・観光」がほぼ同率の約4割。利用回数は、週1回以上はおよそ1割、半数を超す6割強は年数回の乗車にとどまります。

鉄道の必要性に関しては、「必要」と「今後は必要」があわせて約7割。「今の自分は利用しなくても、将来のために鉄道は残してほしい」は、全国の地方鉄道に共通する傾向です。

「小湊鐵道線地域公共交通活性化再生協議会設置準備調整会議」のクロスセクター調査から。利用の少ない上総川間~上総中野の方が「鉄道が(今後)必要」と考える人が多いのは、微妙な消費者心理を表します(資料:市原市)
鉄道が不要と思う理由のトップは「自家用車やバスを使う方が便利」。全国の地方鉄道に共通する指摘でしょう(資料:市原市)

社総交を活用する上下分離に疑問

ここまでを総合すると、市原市は「五井~上総牛久~上総中野間の全線を残したい」とし、沿線住民の多くも「小湊鐵道に存続し続けてほしい」と考えます。

こうした意向を受け、準備調整会議が編み出したのが「上総牛久~上総中野間の上下分離」。表面的には丸く収まりそうな再生策を、なぜ小湊鐵道は辞退したのでしょうか。

理由について、小湊鐵道からの正式な発表がないので、周辺取材や報道をあわせた判断になりますが、会社側は国(実質は国土交通省)の「社会資本整備総合交付金(社総交)」を活用する上下分離の手法に同意できなかったというのが真相のようです。

社総交は、国交省が2010年度に創設した自治体向けの交付金による支援制度。道路、港湾、河川の公共インフラを手始めに、2023年度から「地域公共交通再構築事業」として鉄道施設も対象に加わりました。

民間の鉄道施設を国費で支援

本サイトをご覧の皆さまは、「道路も鉄道も同じ交通インフラなのに」と考えられるでしょうが、自治体が管理する道路(都道府県道など)に対し、鉄道はあくまで民間企業の資産。交付金を受けるには、今後10年間の事業計画提出など一定のハードルがあります。

小湊鐵道は「国の支援はありがたいが、迅速な経営判断に差し支える」と考えたようです。

また、上下分離するのは上総牛久~上総中野間ですが、実際に多くの投資を必要とするのは五井~上総牛久間の信号設備更新。この点も、社総交の受け入れ躊躇(ちゅうちょ)させる要因になりました。

上下一体と上下分離の境界になる可能性もあった上総牛久駅。小湊鐵道によると五井駅を除く沿線各駅で利用は最多。毎年11~12月にはイルミネーションで装飾されます(筆者撮影)

「鉄道は誇り」(小出市原市長)

小湊鐵道は、鉄道の上下分離に代わる再生策として。ワンマン化や上総牛久~上総中野間の運転本数適正化などで経営改善の道筋を探る意向です。社総交活用についても、引き続き市原市などと協議を進めます。

小湊鐵道の市原市へのSOSで始まった、今回の鉄道再生策。結果的に市原市の提案を鉄道側は受け入れませんでしたが、「市原市vs小湊鐵道」の表現はふさわしくありません。

五井駅の出発式で小出譲治市原市長は、「地域に愛されながら100周年を迎えた小湊鐵道を誇りに思う。今後も長く走り続けてほしい」とエールを送りました。

前コラムの近江鉄道と比較すれば、両社の再生策は結果的に異なりましたが、正解はありません。実情に応じた再生策が、地方鉄道生き残りの道。房総半島を走る小湊鐵道が、今後もファンに愛される鉄道であり続けることを願って締めくくりたいと思います。

本コラムで信号設備の話が出ました。やや専門的になりますが、小湊鐵道の運行方式は五井駅~上総牛久が自動閉そく、上総牛久駅~里見間が票券閉そく、里見駅~上総中野がスタフ閉そく。里見駅では希少価値大のタブレット交換が見られます(筆者撮影)

記事:上里夏生

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