”上野万太郎の「この人がいるからここに行く」” 元「スパイスロード」の高田健一郎さんのカレー塾「薬院スパイス」
カレー好きの間では有名すぎる人だが、高田健一郎さんは福岡におけるスパイスカレーの伝道師、そして福岡カレー界のレジェンドとして長年にわたって福岡のカレー界をけん引してきた人だ。
福岡市では魁(さきがけ)となる日本人が作るインドカレー店として2006年に中央区高砂に「スパイスロード」を開業しただけでなく、レシピを公開してその後にカレー作りを目指す人たちのための応援団として尽力してきた人だ。
2014年に癌を患い「スパイスロード」を閉店されたが、現在はカレー用に調合したスパイスの販売やカレー塾を定期的に開催されている。
今回は、「スパイスロードのその後」として、高田さんの近況について話を伺ってきた。
今はなき名店「スパイスロード」について
まずは、カレー店「スパイスロード」のことを振り返ってみよう。ちなみに僕が高田さんと初めに会ったのは2013年4月、「スパイスロード」の歴史の中では最後のほうだった。「福岡のまいにちカレー」の取材を始めた頃、福岡のカレー本を出すのならやっぱり「スパイスロード」を取材しないわけにはいかないだろうと思い、なんとも言えない妖艶な雰囲気を漂わせていたピンク色の扉を開けたのだった。
「スパイスロード」で初めて食べたカレー
それから高田さんの個性的な雰囲気とカレーの魅力にハマって何度か通ったのちに本の取材の依頼をしたことを覚えている。メディアにあまり出たがらない人だと聞いていたので、断られるかなと思っていたが、「本の中で僕のレシピを公開しくれるのであれば是非取材を受けたい」との返事がありびっくりした。当時は料理人にとってレシピは門外不出の大切な情報というのが常識だった時代なので「レシピを公開して良いのですか?」と聞くと「人生に迷った人が一人でもカレー作りによって生きることの手伝いになるのであれば・・」と言われ驚いたものだ。
さて1969年生まれの高田さんは、25歳の頃、日本を飛び出しオーストラリアで本格的なインド料理店に勤務した。その後もラーメン店、寿司店などの飲食店で働いた後、2004年に移動販売でのカレー店「スパイスロード」を開業、さらに2006年に高砂で実店舗のカレー店を開いた。開業後もオーストラリア、インド、東南アジア、パキスタン、スリランカなどを定期的に訪問し、福岡のスパイスカレー業界人として先端を走ってきた。
「スパイスロード」の店内には、前述した大きな紙に書かれたレシピが貼ってあった。高田さんのカレーを食べ感動と衝撃を受け、レシピを習って勉強を始めて、カレー店を始めたという人も多い。
そんな高田さんだったが、病気の治療のために2014年9月末をもって10年間続いた「スパイスロード」を閉業することにした。
その頃のことを高田さんは「とにかく手間暇かけ過ぎて身を削りながら作っていましたね。一皿900円で販売する料理にしては価格以上のものを注ぎ込んでいました。あれじゃ病気にもなりますよ」と振り返る。
現在の活動は「薬院スパイス」でのカレー塾とスパイス販売
「スパイスロード」を閉店した高田さんは、治療を続けながらスパイス販売、カレー塾などを行い少しずつ活動してきた。ここ数年は体調も落ち着いており「薬院スパイス」という屋号でさらに精力的にカレー塾を開いている。
過去10年くらいの間に福岡でカレー店を開業したりカレー作りにハマった人のほとんどが高田さんのカレー塾に参加したことがある人たちばかりというのは大袈裟な話ではないと思う。
現在、開催されているカレー塾は2コース。しっかりみっちり貸切の「魁カレー塾」と、1時間で調理を見学して実食できる「相席カレー塾」だ。
「魁カレー塾」は1人から4人で申し込む貸切カレー塾。受講者の要望を事前にヒアリングしてメニューや日時なども調整してもらえる。家で本格的なカレーを作りたいのか、飲食業で新しくカレーメニューを増やしたいのか、またはこれからカレー店として独立したいのか、その人に応じた講義内容にしてくれる。約2時間でカレーを作って実食、さらに高田流の人生相談を受けられるという感じだ。
費用は、一人で受講すれば5,000円、2人の場合は一人4,000円、3人の場合は一人3,000円、4人の場合は一人2,500円となっている。
一方「相席カレー塾」は、誰でも気軽に参加できるカレー塾。その名の通り、4~5人の相席で高田さんがその日のメニューを作る様子を見て実食して解散というスタイル。午前11時にスタートし調理後12時頃からカレーを食べるということだ。
費用は、なんと1,000円ポッキリ。今どき普通にカレーを食べても1,000円なら安いのに、これは安すぎではないかと思うのだが、ここにも「少しでも福岡のカレー文化の裾野を広げたい」という高田イズムがあるのではないだろうか。
カレー塾について高田さんは「約10年間やってきましたが、やっとちゃんとお金をもらっても大丈夫な内容になってきたと思います。最初の頃は、生きて行くためにとにかく必死でしたからね」と。高田さんならではの謙遜もあると思う。
僕も数回カレー塾に参加したことがあるが、最初から変わらないのは、スパイスや塩などの調味料の分量を聞かれると「だいたい、こんな感じで・・・」とやって見せて、自分で見て覚えてくださいと返事するところ。「何gですか?」と聞かれると「あとはお好みで」というスタイルだ。やってみて食べてみ感じて自分で答えを見つけましょうということだろう。
一度受講した人でも、高田さんがカレーを作っている姿をまた見たくて、食べたくて、さらに高田さんに悩みを聞いてもらいたくて何度も参加している人も少なくない。
カレー塾で実食したカレー
これからカレー店を始めたいという人へ
― この10年間でカレー店が増え続けている現状をみて感じることはありますか?
高田さんー 料理人としては素人の方で脱サラしてカレー店を始めたいという人もカレー塾に来られるんですが、中には自作のカレーを自信満々で持って来られる人もおられます。それを食べて思うのは、美味しく食べてもらうためのカレーというより、自己表現としてのカレー作りになってるなぁと感じることがありますね。
ー 昔と違ってSNSなどで簡単に発信できるので、「おれ、こんなカレー作れます!!」みたいなアピールで満足感だけを得ようとしている傾向にある人もいるってことですね。
高田さんー そういう人がカレー店を始めると、大丈夫かなぁと心配になりますね。あくまでも商売なので自分ではなくお客さんが満足できるカレーを作るという目線が大事だと思うんです。
― 他にカレー店を始めるにあたって高田さんが一番注意しておいたほうが良いと思うことはなんでしょうか?
高田さんー 自分が病気したから思うのですが、長く続けることが一番大事だと思います。そのためには自分の身体と相談しながらレシピを考えないとどんなに美味しいものを作っても無理が重なって病気になって店を閉めたら終わりですからね。店を長く続けられることを考えるのは経営として一番大事なこだと思います。そして、飲食業は肉体労働ですのでやはり健康と体力がないと厳しいと思います。せっかく始めるならその辺を注意して人生の最後までカレー作りを仕事として頑張ってもらいたいという気持ちはありますね。
今後の計画について
― 今後の活動については、どう考えていますか?
高田さんー 今のままマイペースで目立たずひっそりと、のんびりと生きていきたいですね。スパイスキットを作るためにせっせとスパイスを瓶詰めしている時が一番楽しいです(笑) カレー塾も有難いことにたくさんの方が申し込んでくれてるのでさらに頑張りたいです。
高田さんオリジナルの万能スパイス
― またカレー店を再開することはないのですか?
高田さんー それはないですね。体力も持たないし、そんなにお客さんが来るとは思えないので。
― そんなことないでしょう。たくさんの人が今でも高田さんのカレーを食べたいと思っていると思いますが。せめてイベント出店営業などの予定はありませんか?
高田さんー 人生は欲張ったら運が落ちるんですよ。みんなが無事に生き抜けることを考えながら目立たないようにひっそり生きて行きます。イベント出店も仕込み作業を考えたら現状では体力的に無理でしょうね。
謙遜さなのか冗談なのか本気なのか、高田さんのトークは昔から面白かったが、たぶん本音なんだろうと思う。大病を乗り越えた高田さんだからこそ、とにかく周りの飲食店の人々の健康を祈る気持ちが表れる言葉が多かった。
最後に
今回は「muto」の取材ということで久しぶりに高田さんと会いゆっくりと話が出来た。高田さんは「あんまり目立ちたくないけど」ということでしぶしぶ取材を受けてくれた部分もあると思うが、やはり話をしてみるととにかく熱く濃く真面目に一生懸命に生きている人だなという印象は昔のままだった。
そんな「薬院スパイス」高田健一郎さんに興味を持たれた方、そしてカレー作りに興味がある人は一度カレー塾に参加してみてはいかがだろう。話は面白いし、何より勉強になると思う。昔から知り合いの方も久しぶりに「薬院スパイス」のドアを叩いてみてはいかがだろうか。高田さんがいつもの笑顔で迎えてくれることは間違いないはず。まずは「相席カレー塾」からどうぞ。
店名 : 薬院スパイス
住所 : 福岡市中央区薬院1-14-21