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『だるまさんが』の絵の魅力とは?子どもがアートを感じられる絵本

イロハニアート

かがくい ひろし『だるまさんが』の表紙、ブロンズ新社、2008年

「子どもがアートを感じられる絵本」を紹介する連載企画。今回は、ミリオンセラーの絵本「だるまさん」シリーズの第1作『だるまさんが』をピックアップし、アートの視点から解説します。

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かがくい ひろし『だるまさんが』ブロンズ新社、2008年(画像提供:ブロンズ新社)

この絵本は、「だ・る・ま・さ・ん・が」という聞き馴染みのあるフレーズから予想外に展開していく、ユニークな作品です。

0歳から読めるファーストブックで、平成に刊行された赤ちゃん絵本の中でも、最速でミリオンセラーに達した名作です。シリーズの累計発行部数は、なんと1,000万部を突破しました。

わずか17年間でこれほどの記録を達成した背景には、「子どもたちを笑顔にしたい」と願い、創作を通して彼らに寄り添い続けた作者・かがくい ひろしの真摯な姿勢がありました。

この記事では、『だるまさんが』のオリジナリティ溢れるアイデアや表現に注目し、アートを感じられるポイントをご紹介します。大人気の絵本を入り口に、お子さんと一緒にアートに触れていただけたら幸いです。

手作りの劇から『だるまさんが』絵本の創作へ


かがくい ひろし『だるまさんが』ブロンズ新社、2008年、p.6, 7(画像提供:ブロンズ新社)

誰もがよく知っているモチーフを奇想天外な発想で面白くする、独自のスタイルが持ち味のかがくい ひろし。

彼は、50歳の時に講談社絵本新人賞で大賞に選ばれ作家デビューを果たし、わずか4年間の作家人生で16冊もの絵本を手がけました。

絵本作家としての活躍に注目が集まっていますが、かがくいはデビュー以前から、長きにわたり創作活動を続けてきました。

美術大学の受験のために通った予備校では、デッサンの腕前が評価されて特待生に選ばれ、東京学芸大学 教育学部の美術学科に入学後は、彫刻に打ち込んでいたそうです。

美術教育も学び、子どもの可能性を引き出すことに興味を持った彼は、特別支援学校で28年間にわたって教師を務めました。子どもたち一人一人と向き合い、丁寧にコミュニケーションを重ね、生徒の特性に合わせた授業プランを考案していたと言います。

そして、持ち前の造形力を活かし、学校の学習発表会でオリジナルの劇を上演したことが、絵本作家への道につながりました。どうすれば子どもたちが笑ったり驚いたりしてくれるのか、劇を作り上げる中で試行錯誤をくり返した経験が、読者を笑顔にする絵本作りへと活かされたのです。

(※参考:白泉社『月刊モエ 2023年7月号 巻頭特集 かがくいひろしと「だるまさん」』、2023年6月、p.12〜17)
MOE 2023年7月号[かがくいひろしと「だるまさん」|別冊ふろく40P ヨシタケシンスケ「動物会議はいつまでも」]|絵本のある暮らし|月刊MOE 毎月3日発売

『だるまさんが』アートを感じられるポイント


かがくい ひろし『だるまさんが』ブロンズ新社、2008年、p.4, 5(画像提供:ブロンズ新社)

ここでは、作者のかがくいの表現に注目し、『だるまさんが』でアートを感じられるポイントを3つご紹介します。

感覚で楽しめる絵本


かがくいは、千葉県立松戸つくし養護学校に勤めていた時、「つくし劇場」という人形劇の制作に熱中しました。「音・動き・リズム・見立て」をメインとするストーリーのない人形劇で、感覚的に楽しめるという点が大きな特徴でした。

特にユニークなのは、傘やハンガーなど身の回りにあるものでシンプルな人形を製作したことです。かがくいがリズミカルな動きを加えると、日用品が命をふきこまれたように見えたと言います。

見慣れたものを異なる視点から捉え直す「見立て」の技術を、彼は絵本作りでも大いに発揮しました。たとえば、『だるまさんが』のキャラクターは、手足を動かしたり、意表を突く動作をしたりと、本物のだるまとはまったく異なる姿で表現されています。

また、「だ・る・ま・さ・ん・が」というフレーズに合わせて、キャラクターが左右に身体を揺らす動きやリズムにも、人形劇で培った表現力を見出すことができます。

さらに、馴染みのあるフレーズの次ページで、だるまさんが「どてっ」と倒れるなど、擬音語を使って読者を笑わせるといった工夫が凝らされています。

卓越したデッサン力


幼い頃から工作が好きで、高校時代にはバレー部と美術部の両方で活動し、美術大学への進学を目指すようになったかがくい。ロダンやジャコメッティなどの彫刻に惹かれていた彼は、美術大学を受験するため予備校に通い、彫刻科で学びました。

当時からデッサン力のレベルが非常に高く、その腕前は、予備校の特待生に選抜されるほどでした。東京学芸大学 教育学部の美術学科に入学してからも彫刻を専攻し、さらに腕を磨いたそうです。

『だるまさんが』のキャラクターは、丸いフォルムでかわいらしい印象を受けますが、卓越したデッサン力がうかがえます。まるでキャラクターが目の前で動いているかのような迫力があり、躍動感のある動作も目を引きます。

また、だるまさんが空気の抜けた風船のようにぺしゃんこになるシーンでは、柔らかな感触まで伝わるようです。

本来の形からは想像もつかないキャラクターにリアリティを感じられるのは、並外れたデッサン力に支えられた表現があると言えるでしょう。

『だるまさんが』の生き生きとしたキャラクター表現


パステル、色鉛筆、ボールペンのほか、部分的に水彩絵の具を使うなど、かがくいは様々な画材で『だるまさんが』を描いています。

特にパステルを愛用していたそうで、色を重ねても濁らない画材の特性が、作品に何度も手を入れる制作スタイルに合っていたようです。また、色をつけた上から指でこするなど、絵に直接触れることで、独特の質感を表現しています。

『だるまさん』シリーズは鮮やかな色彩が魅力的ですが、かがくいは線にも強いこだわりを持っていました。アメリカを代表する画家の一人であるベン・シャーン、明治時代に活躍した日本の洋画家・青木繁など、力強い線で人々の本質に迫るような作品に影響を受けたそうです。

『だるまさんが』のキャラクターの輪郭に注目すると、ボールペンで描いた勢いのある線と、パステルと色鉛筆を使った柔らかな線が重なっていることが分かります。

鮮明な色彩とものの本質を捉える線によって、キャラクターが生き生きと表現されています。

大変な世の中だからこそ笑顔になれる絵本を


かがくい ひろし『だるまさんが』ブロンズ新社、2008年、p.8, 9(画像提供:ブロンズ新社)

斬新な発想で、多くの子どもたちを笑顔にする絵本を制作したかがくい ひろし。その背後には、「大変な世の中だからこそ、笑顔になれる絵本を作りたい」(※)という思いがありました。

ここでは、彼が絵本をコミュニケーションツールと捉えていた点に注目し、親子で『だるまさんが』を楽しむアイデアをご紹介します。

(※)参考:ミーテカフェインタビュー vol.19 絵本作家 かがくいひろしさん(後編)(ミーテ)
絵本作家 かがくいひろしさん 絵本作家インタビュー(後編)|mi:te[ミーテ]

コミュニケーションツールとしての絵本


かがくいは、「相手の反応や笑顔を引き出すコミュニケーションツール」としての絵本を目指し、制作を続けてきました。その源には、人形劇を作った時に抱いていた「子どもたちを笑顔にしたい」という思いがあったと推測できます。

また、絵本そのものに笑いや驚きが詰まっているだけでなく、読み聞かせのバリエーションに広がりがあることも、『だるまさんが』の魅力です。

たとえば、だるまさんが左右に身体を動かすシーンでは、赤ちゃんを膝にのせてゆらゆらしたり、お子さんと一緒に動きを真似したりと、色々な楽しみ方ができます。作者のかがくい自身、「絵本の楽しみ方に決まりはない」(※)と語っています。

読者が自由に絵本に関わり、お気に入りの遊び方を発見できる作品なので、お子さんの興味に合わせて様々な方法を試してみましょう。

(※)参考:著者インタビュー かがくいひろしさん『だるまさんと』(楽天ブックス)
楽天ブックス|著者インタビュー かがくいひろしさん『だるまさんと』

絵本を通じて親子で笑い合える時間を


かがくいは、「大変な時代だからこそ、悲しい絵本ではなく、笑顔になれる絵本を作りたい」(※1)とよく話していたそうです。世界中で深刻な問題が起こる中で、一瞬でも親子で笑顔になれる時間を持つことを大切にしていたと言います。

また、子どもと絵本を読む時に、「きちんと読み聞かせをしなきゃ」と気負うのではなく、疲れて眠い時はそのままの声で読めば良いし、間違えても良いと、かがくいは考えていたようです。(※2)

たとえ言葉を読み違えてしまったとしても、お子さんにとっては、「自分のために絵本を読んでくれた」という思いが残ることでしょう。

「だるまさん」シリーズの3作品からその日の気分に合わせて選ぶなど、親子で気軽に楽しんでみてくださいね。

(※1)参考:加岳井久美子夫人インタビュー(かがくいひろしのえほん だるまさんシリーズ オフィシャルサイト、ブロンズ新社)
かがくいさんのこと | だるまさん15周年 特設サイト

(※2)参考:参考:著者インタビュー かがくいひろしさん『だるまさんと』(楽天ブックス)
楽天ブックス|著者インタビュー かがくいひろしさん『だるまさんと』

まとめ


この記事では、『だるまさんが』をアートの視点から解説し、読者を笑顔にする表現がどのようにして生まれたのかを紹介しました。

作者のかがくいは、手作りの人形劇で培った経験を絵本制作で存分に活かし、リアリティに富んだ表現を追求したと言えます。

また、絵本をコミュニケーションツールと捉え、子どもたちの反応を引き出したり、親子で笑い合ったりすることを重視していることも分かりました。

「このだるまさんは、どんな感触かな?」「だるまさんの真似をして身体を動かしてみよう」など、お子さんと一緒に楽しみながら、かがくいのオリジナリティ溢れる表現に触れてみてくださいね。

《参考文献》

・かがくい ひろし『だるまさんが』ブロンズ新社、2009年(初版:2008年)
・白泉社『月刊モエ 2023年7月号 巻頭特集 かがくいひろしと「だるまさん」』、2023年6月

《参考ウェブサイト》

・かがくいひろしのえほん だるまさんシリーズ オフィシャルサイト(ブロンズ新社)
だるまさん15周年 特設サイト

・加岳井久美子夫人インタビュー(かがくいひろしのえほん だるまさんシリーズ オフィシャルサイト、ブロンズ新社)
かがくいさんのこと | だるまさん15周年 特設サイト

・著者インタビュー かがくいひろしさん『だるまさんと』(楽天ブックス)
楽天ブックス|著者インタビュー かがくいひろしさん『だるまさんと』

・ミーテカフェインタビュー vol.19 絵本作家 かがくいひろしさん(前編)(ミーテ)
絵本作家 かがくいひろしさん 絵本作家インタビュー(前編)|mi:te[ミーテ]

・ミーテカフェインタビュー vol.19 絵本作家 かがくいひろしさん(後編)(ミーテ)
絵本作家 かがくいひろしさん 絵本作家インタビュー(後編)|mi:te[ミーテ]

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