英国が生んだア・カペラの王様「ザ・キングズ・シンガーズ」 ジョナサン・ハワード(バス)が語る退団前の特別インタビュー:音楽の多彩な魅力と聴衆への思い
イギリスを代表するヴォーカル・アンサンブルである「ザ・キングズ・シンガーズ」。1968年にケンブリッジ大学キングズ・カレッジの学生6人によって結成されると、比類なき美声と多彩なニュアンス、聴衆の心を一瞬にして掴むステージ・パフォーマンスによって瞬く間に全世界で愛されるアーティストとなった。50年を超える歴史の中でメンバーが変わり、さらなる進化を遂げてきた彼らは2000曲以上の幅広いレパートリーをもつ。今年も様々なジャンルの楽曲を引っ提げ、「LEGACIES(継承)」と題した来日コンサートを行う。今回はバスのジョナサン・ハワードに楽曲への取り組み、パフォーマンスに対する思いなどを語ってもらった。
ジョナサン・ハワード(以下、JH)「私たちは多くの楽曲に取り組んでいますが、それはバラエティに富んだプログラムをお届けすることを非常に重要だと考えているからです。例えば美術館に出かけたとき、一人の画家の作品ばかり見ていてもその魅力や違いを本当に理解することはできません。違うアーティストの作品が隣にあることで、より深く理解することができるのではないでしょうか。音楽も同じです。様々なジャンルの楽曲が並ぶことで色々な違いを楽しむことができるでしょう。また、もう一つの理由として聴いてくださる方を驚かせたいというのもあります。有名な曲だけではなく、知られていない作品をあえて入れることで刺激的な時間をお届けしたいのです」
様々なジャンルを演奏するということはその分表現の多彩さ、幅広い知識や作品へのリスペクトが求められる。その点、「ザ・キングズ・シンガーズ」はすべてをクリアし、あらゆる楽曲の魅力を最大限に届けてくれる。
JH「それぞれの楽曲のスタイルに合うように歌うということは常に意識しています。また同時に我々の声とあったものを選ぶ、ということも重要です。そして、歴史的に継承されてきた歌唱法だけでなく、私たちだからこそできる歌い方、色を出していくことも心がけています」
昨年はディズニーの楽曲を集めたアルバム『星に願いを~ディズニー・ソングの100年』をリリースし、今回のコンサートでもディズニー・ソングが披露される予定である。これは聴衆の立場からいえば非常に嬉しい驚きである。
JH「ディズニー・ソングを歌うことは、もっと早く取り組むべきだったと後悔しているほど魅力的なことでした。私たちの活動の目的のひとつに、人々がつながることを音楽によってサポートしたいというものがあります。その点でディズニー・ソングという、世界中で誰もが知り、愛されている作品を歌うことは大きな力となります。もちろん、皆さんがご存じだからこその厳しさや難しさはありますが、これらの素晴らしい曲の魅力を我々だからこそできる表現でもっと伝えていきたいのです」
彼らが創立以来、宗教曲やフォークソングなどと共に取り組んでいるビートルズの楽曲も並ぶ。
JH「ビートルズの楽曲は、音楽的に非常に優れたものであり、私たちのDNAに組み込まれているといってもいいほどのものです。今回、《オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ》も歌いますが、こちらは約30年ぶりとなるバージョンで歌います。こちらは非常に技巧的なアレンジになっていますので、ご期待ください」
今回の来日公演ではディズニー・ソングやビートルズの楽曲のほか、ルネサンスの楽曲に日本の歌なども並ぶ。こうして多彩なレパートリーを披露してくれるのは、聴衆を楽しませたいという目的があるのはもちろんだが、こんな想いも込められていた。
JH「私たちの大切にしてきたもの、私たちの持てるすべてを皆様にお届けしたいのです。そして公演をさせていただく国の楽曲をプログラムにいれるのは、曲を通してお客様とコミュニケーションを取りたいからです。聴いてくださる皆様に、“私たちの文化の音楽を聴いてくれてありがとう”という想いと、その国や文化へのリスペクトもお届けしたいのです」
常に聴衆を第一に考え選曲と歌唱を行う「ザ・キングズ・シンガーズ」。彼らが時としてパフォーマンスで“魅せて”くれるのもそれに起因する。
JH「聴衆の皆さんはホールで私たちの演奏を耳だけでなく目でも楽しんでくださっています。だからこそ、コミカルな動きなどを取り入れることでより強いエネルギーや遊び心を感じ取っていただきたいのです。もちろん、あえて動かずに歌うことで伝える楽曲もあり、それぞれの作品にあったパフォーマンスを心がけています。最も大切なことは、小手先の表現ではなく、我々が音楽に仕え、音楽を本当に大事に思っていることを聴衆の皆様にお伝えすることです。常に聴いてくださる皆様を想いながら音楽を提供していくことが使命だと考えています。解釈もパフォーマンスも、すべてはそこから生み出されるものでなくてはなりません」
長い歴史を通して常に多くの人々に愛されている「ザ・キングズ・シンガーズ」はメンバーも変遷してきた。そして今年、2010年からグループを支えてきたジョナサンの退団が決定している。
JH「本当にメンバー同士が強い絆で結ばれ、協力体制を取って活動を行うことができました。音楽を通して世界をより豊かにしていこうという想いを持った同志たちと歌ってこれたことは本当に幸せでした。だからこそ、ベストな状態のうちに身を引こうと決意したのです。先のことはまだ決めていませんが、とにかく年内はキングズの一員として精一杯務めていきたいです」
聞き手:音楽ライター 長井進之介 通訳:高島まき
今秋、2年ぶりに日本に帰ってくる「ザ・キングズ・シンガーズ」。50年以上の歴史を誇るこのグループの現メンバーは、パトリック・ダナキー(第1カウンターテナー)、エドワード・バトン(第2カウンターテナー)、ジュリアン・グレゴリー(テナー)、クリストファー・ブリュートン(バリトン)、ニック・アシュビー(バリトン)、そしてジョナサン・ハワード(バス)の6人です。卒業を控えたジョナサン・ハワードが、最後となる日本公演に寄せたメッセージが届いいた。
ジョナサン・ハワード メッセージ
ザ・キングズ・シンガーズのジョニーです。2024年の末に卒業する前に再び、日本をツアーができる事をとても嬉しく思います。日本は私にとって沢山の面で本当に特別な国です。人々や建築物、食事など全てに魅力を感じています。そして何よりも日本のコンサートホールがお気に入りで、どこに行っても素晴らしい音響レベルに感動しています。今回は私達のお気に入りの都市である東京や福岡等にも行きます。ザ・キングズ・シンガーズやアカペラ音楽を楽しんで愛してくれる皆様に歌を届けられ、本当に嬉しく思っています。
そして、私たちが日本の皆様にどれだけ感謝しているかを知っていただけたら幸いです。
ジョニー