【伊東市に37年ぶり映画館「金星シネマ」】東京から移住の25歳館長の手作りミニシアター
静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは、9月14日にオープンした伊東市の「金星シネマ」。同市に映画館ができるのは1987年閉館の「銀映オリオン」以来です。先生役は論説委員の橋爪充が務めます。(SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」 2024年9月18日放送)
60年前は熱海に6軒、伊東に5軒、河津にも
(橋爪)伊東に新しいミニシアターができました。「金星(きんぼし)シネマ」と言います。9月8日付のコラム「大自在」でも書きましたが、伊東市では37年ぶりの映画館です。1987年春に「銀映オリオン」が閉じてから伊東市には映画館がありませんでした。
(山田)番組スタッフにも伊東市の出身者がいるんですよ。お父さん、おじいさんの話で見聞きしているようです。
(橋爪)伊東市には戦後、市街地だけで最大で五つの映画館があったようですね。キネマ通りという商店街の名前が残っていますが、こちらには「キネマホール」という映画館があったそうです。
(山田)静岡県内、かつてはあちこちに映画館があったんですよね。島田市にもいくつかあったと聞きました。
(橋爪)昭和38(1963)年9月21日付の静岡新聞朝刊の記事に、こんなものを見つけました。「清掃、消毒は不十分」という見出しのベタ記事です。記事は、熱海保健所が9月はじめから管内の熱海、伊東両市内の映画館に対して衛生監視を行っていて、その結果がこのほどまとまった、とあります。
(山田)結果は?
(橋爪)その後の記述に「現在熱海市六軒、伊東市五軒の常設館があるが」とあって、なるほどこの時点ではそんなにもたくさん映画館があったのだなと分かります。
(山田)そんなにあったんですね。
(橋爪)余談ですが、この記事によると保健所はこれら映画館に対してかなり衛生状態が悪いと判断していたようで、「全般的にみて館内にクズ入れやタンつぼが少なく便所の構造が悪いため観覧席に臭気がはいる」と言っています。「喫煙室の整備不十分、館内の害虫駆除がたりなく、館の責任者が観客に対し場内の喫煙禁止呼びかけがたりない」とも書いていて。
(山田)今では考えられないですね。
(橋爪)コラム書く前に、久しぶりに映画「ニュー・シネマ・パラダイス」では、大人はもちろん子どもも映画館でたばこ吸っていましたが、今の日本ではなかなか見たことがないですね。
(山田)さすがに僕も記憶がないな。
(橋爪)またまた余談ですが、昨日17日付の朝刊「読者のひろば」にこんなお便りが掲載されていたんですよ。河津町の主婦の73歳の方が寄せてくださった「校庭で見た映画 親子の胸に」というタイトルなんですね。ジブリの映画「天空の城ラピュタ」を30年以上前に、今の河津小の校庭で見た、というすてきな思い出話がつづられているのですが、その後に「私が子どもの頃、河津町には映画館が二つもあった」とつづられています。
(山田)ほう!河津町に2軒。
(橋爪)73歳の方が「子どもの頃」なので、60年前とすると、1960年代半ば頃には河津町に映画館が複数あったんですね。テレビがなかったころは映画が「娯楽の王様」だったと聞きますが、本当にそうだったんだなと思わされます。
(山田)テレビが一家に一台じゃないですからね。
館長はコアな映画ファン。上映ラインナップが秀逸
(橋爪)さて、昔話はこれぐらいにして。新しい伊東市の映画館は「金星シネマ」という名前なんですね。1スクリーン、座席が16席です。国道135号沿いにあって、駐車場も6台分あります。気軽に行けるんじゃないでしょうか。
(山田)これ、ゼロから建てたんですか?
(橋爪)もともと医療機関だった物件を改装しています。眼科と耳鼻科っておっしゃっていたかな? 1日4作品を毎日1回ずつ上映して、3週間ごとに作品を入れ替える、という方式でやっていくようです。私はたぶん、どの会社より早くここに取材に行ったと思うんですが、何に一番興味を引かれたかというと、上映スケジュールに並んだ映画のタイトルです。わたしが好きな映画がずらっと並んでいる!
(山田)ほう。映画のセレクトは館長がやるんですよね。
(橋爪)そうです。ざざっとラインナップを挙げると…。スウェーデン映画史上に残る大ヒット映画、国民の5人に1人が見たと言われる「幸せなひとりぼっち」。ジム・ジャームッシュ監督が普通の生活のいとおしさを描く「パターソン」。何回見ても泣いてしまう宮沢りえさん主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」。そして8月に静岡市の静岡シネ・ギャラリーで見て感激したばかりの「ありふれた教室」。この4本をそろえてくるとは、いったい館長は何者だろう、という興味があって、インタビューに足を運んだんです。
(山田)どんな方だったんですか?
(橋爪)それが、25歳の女性で。梅澤舞佳(うめさわ・まいか)さんとおっしゃいます。東京出身で映画の専門学校「映画美学校」(東京都)卒業後、映画製作の現場で働いていましたが、2年前に伊東市に移住しました。今回の映画館の内装工事は全部手作りです。お父さんと設計図を書いて施工方法も考えて。映画美学校の同級生10人ぐらいを東京から呼んで、みんなで合宿して作ったそうです。
(山田)映画好きの頂点にいるようなものですね。
(橋爪)そうですよね。どんな映画館によく行っていったか聞いたら、早稲田松竹、目黒シネマだと。相当コアな映画ファンだと思いましたね。ミニシアターはあんまり好きではなかったそうです。ゆったりした椅子でポップコーン片手に、というのが好きだそうで。だから、今回の「金星シネマ」もわりとゆったり目につくってあるんです。椅子もふかっとしていて居心地がいい。
(山田)理想の映画館を作ったというわけですね。
実は増えているミニシアター
(橋爪)ミニシアターについては、2023年12月6日の「3時のドリル」で1回話をしました。
(山田)なくなってきているよ、という話でしたね。
(橋爪)東京の岩波ホールや大阪のテアトル梅田、「名古屋シネマテーク」の閉館について取り上げましたが、映画関係者の団体「コミュニティシネマセンター」の映画上映活動年鑑2023によるとミニシアターは少なくとも2005年以降、一貫して増えているんですね。
(山田)なんか話が違うじゃないですか!
(橋爪)ミニシアター、2005年は107館でしたが、2023年は140館です。映画館全体は806館から592館に減っているんですが、これは既存興業館(シネマコンプレックス以外)と成人映画館の減少によるもので、シネコンとミニシアターは増えているんです。
(山田)興味深いデータですね。
(橋爪)名鑑にはいくつかユニークなミニシアターの例が紹介されています。もともとあった映画館を再開する形もいくつかありますね。もう一つ、違う目的で使われていた場所が映画館になるケースもあるんです。鳥取県湯梨浜町の「ジグシアター」は小学校の教室をリノベーションした映画館。秋田市のアウトクロップシネマ、岡山県真庭市のビクトリーシアターは商店街の古民家を改装した映画館です。こうした映画館の中には毎日ではなく、週に何回、とか月に何回
とかそうした営業形態もあるようです。映画館の姿も多様化が進んでいるということですね。
(山田)神田伯山さんにお話をうかがったのですが、その場所に行って、縛られた状態で芸術や映像を楽しむ芳醇さがあるっておっしゃっていました。
(橋爪)映画館は暗闇の中に身を置くので、集中せざるを得ない環境が整っていますからね。
(山田)聞いていたら映画館に行きたくなりました。今日の勉強はこれでおしまい!