「がんの死亡率を下げるには3つの方法が証明されている」乳腺外科医の南雲吉則氏に聞いた健康長寿の秘訣
今回のゲストは、乳腺外科医として30年以上の経験を持つ南雲吉則先生。予防医学の重要性を広く発信する南雲先生は、がんの死亡率を半減させる「命の食事」を通じて健康長寿を目指す取り組みを続けています。今回は、医師を志したきっかけや乳腺外科を選んだ理由、予防医学の現状とその重要性について詳しく伺いました。
乳腺外科医としての道を選んだ理由
―― 南雲先生は長年、乳腺外科医として治療に携わっていらっしゃいますが、医師を目指したきっかけと、乳腺外科を選ばれた理由についてお聞かせいただけますでしょうか。
南雲 話せば長い道のりなのですが、私の生まれた南雲家は医者の家系になります。江戸時代は薬問屋だったのですが、明治時代に初代にあたる吉平が医科に転向しました。
その後、吉平の長男である吉恵、そして私の父親である吉和と続いて、私が四代目になります。南雲家では長男が生まれると「吉」の字が付いて医者を継ぐという、暗黙の了解のようなものがあったので、私も吉則と名づけられました。
―― 先生も医師の道へ進んだのは、三代目であるお父様からの影響もありましたか?
南雲 父親の影響は非常に大きかったです。父は今で言うところの形成外科の創始者に近い世代で、特に戦後の沖縄では、激しい戦闘で傷ついた人々を無償で治療するボランティア活動を行っていました。
父はその後、戦時中に長崎・広島で被爆した在日韓国人の治療にも尽力しました。日本で被ばくした後に韓国へ帰ってしまうと、被爆者手帳がもらえず、かつ韓国政府からの援助もない状況だったそうです。そのような方たちを助けようと、韓国の大学の客員教授として治療も行っていました。
そのような父の姿を見て育ち、非常に尊敬できる存在でしたし、自然と医師を目指すようになっていきました。
―― 先生は当初、形成外科を志していたと伺っていましたが、そこから乳腺外科へと進まれた経緯についても教えていただけますでしょうか。
南雲 父の影響もあり、東京女子医大の形成外科で基礎的な勉強を始めました。しかし、全身大火傷の患者さんが来た時に、全身管理ができずに目の前で命を落とされるケースを経験し、それが耐えられなくなって。
一度卒業した慈恵会医科大学に戻り、一般外科や救急外科、麻酔科を学び直しました。そこから乳腺外科に入り、がん研病院での国内留学も経験しながら形成外科、美容外科、一般外科、がん医療と幅広く学んでいき、何を専門にしようかと思って悩んでいたんです。
ある日、書斎でそんなことをぼんやりと考えていたら、天井から光が降りてきて、その光が「女性の大切なバストの美容と健康と機能を生涯にわたって守れ」と言うのです。それはなんという診療科なのかを聞くと「バストクリニック」という答えが返ってきまして。それで、バストクリニックの道に進むことを決めました。
―― すごい経験ですね……。バストクリニックというのは、当時では先進的な分野かと思いますが。
南雲 そうですね。当時はバストを専門にしている医師がほとんどいませんでした。乳がんは一般の消化器外科医が、乳房再建は形成外科医が、豊胸術は美容外科医が、授乳については産婦人科医が、というように分かれていました。
女性にとって大切なシンボルでありながら、それを専門的に診る診療科が存在しなかったのです。乳がん学会すらない時代でした。
バストクリニック開業の経緯と乳がん患者の増加
―― そこからどのように開業されたのですか?
南雲 バストケアの道に進もうと決めたとき、『バストクリニック』という本を一冊書き上げて自費出版しました。イラストを含めてエディトリアルデザインも全部自分でやった思い入れのある本なのですが、なかなか売れ行きが思わしくなく。
出版数週間後には部屋の中に返本された本が溜まってしまったので、女性週刊誌に「女性の大切なバストの美容と健康と機能を守ります」という小さな広告を出すことに決めました。
すると、翌日から北は北海道、南は九州・沖縄まで、全国からバストの悩みが押し寄せてきたんです。当時はまだ開業していないために対応ができなかったので、父親からお金を借りて、上野の駅前にビルを借りてバストクリニックを作ったのが始まりです。
―― 予防医療については、当時から取り組まれていたのでしょうか?
南雲 当初は保険で行う診断と治療を行っていて、保険が効かない予防医療は全く行っていませんでした。
そのこともあって、この30年間で乳がんの死亡率は3倍にもなってしまっています。
―― 3倍も……。なぜそこまで増加したのでしょうか?
南雲 がん検診をしてもがんを発症する患者の数は減りませんし、手術をしてもがんを発症する根本的な患者数は減りません。がんの診断・治療することが日本の医療であって、がんにならないための予防医療は保険で認められていないのが現状です。
だからこの30年間で患者数がどんどん増え、自分たちが認められたような気持ちになって喜んでいましたが、実は亡くなる人の数を3倍にしてしまっていた。これは日本医療の最大の問題点だと思います。
―― そこで先生は、予防医学の重要性を訴えるようになったのですね。
南雲 そうです。この30年間でがん全体も2倍になっています。2人に1人ががんになる時代を作ってしまった。
それをゼロにすることは難しくても、元の状態、つまり30年前の水準である2分の1まで減らすことができるのではないかと考えました。まずは食事の改善が必要と思い「がんの死亡率を半減させる“命の食事”」ということを60歳の時に提言するようになりました。
それ以来、新型コロナウイルスの感染拡大前までは、年間60件ほどの講演をしたり、書籍を出版したり、テレビに出演したりして、予防医学の重要性を訴えてきました。
がん予防のための栄養と生活習慣の重要性
―― 食事の面で言いますと、先生は特にビタミンD濃度のチェックが大切だとされていますが、なぜでしょうか?
南雲 がんの死亡率を下げることにつながるからです。
科学的にがんの死亡率を下げることが証明されていることは主に3つあります。1つ目がビタミンDで、これが不足しているとがんの死亡率が1.7倍になります。
2つ目はオメガ3脂肪酸であるEPAです。これはイワシやシシャモなどの青魚から摂取できる栄養素ですね。EPAが0.28以下だとがんの死亡率が2倍になります。
3つ目は有酸素運動で、毎日30分続けているとがん患者の死亡率が40%下がるとされています。
有酸素運動は自分の努力でできますし、EPAは青魚を食べることである程度補えます。しかし、ビタミンDの値は食事だけではなかなか上がりません。そのため、日本人の多くはビタミンD不足だとされています。
皆さん病院に行くと、風邪でも腰痛でも採血されますよね。でも多くの場合、医師は結果を見て「まあいいや」という感じで、結果すら渡してくれないこともあるのではないでしょうか。
血液検査の結果には個人の医療情報がたくさん含まれているのに、それが全部捨てられているようなものなんです。
それを活かしていけば予防医学が可能になると考え、血液栄養解析を始めました。私たちの体は必須栄養素、ビタミン、ミネラル、必須アミノ酸、必須脂肪酸という4つの栄養で成り立っていて、これらが不足するとがんを始めとした様々な生活習慣病が起きてくるんです。
―― 日本人のビタミンD不足の現状について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?
南雲 慈恵医大の報告によると、日本人の98%がビタミンD不足とされていますので、ほぼ全員が不足していると考えられていますね。
さらに、世界5か国7施設での研究で、がん患者にビタミンDとビタミンDの入っていないサプリメントを無作為に投与して生存率を比較したところ、ビタミンDを投与した患者の方が生存率が12%向上し、特に70代以上では17%も向上したという結果も出ています。
これは「タバコをやめなさい」「有酸素運動をしなさい」などといった生活指導を行っていない結果なので、ビタミンDの重要性を改めて感じます。
―― それは非常に興味深いデータですね。では、どのようにしてビタミンDの値を高めていくのが良いのでしょうか?
南雲 人間は日光を浴びると、体内でビタミンDが生成されます。なので、一番の方法は日光浴です。
2019年にこのことを広めるために『紫外線のすごい力』という本を出版しましたが、当時は紫外線は浴びたくないという反応が大半でした。
しかし、紫外線を浴びることで体内でビタミンDが作られ、それががんの死亡率を半減させる可能性がある。お金もかからなくて一番手軽にできる方法です。
―― 確かに日光浴であれば、手軽にできますね。病院に行けば体内のビタミンDの値を測ることはできるのでしょうか?
南雲 可能ではありますが、骨粗鬆症の人以外は保険で測ることができません。なので、医師も測ろうとしないのが現状です。保険で測れるように、行政のレベルで対応する必要があると考えています。
それから、欧米では食品の成分表にビタミンDの量を記載することが義務付けられていますが、日本はその規定がありません。欧米と同じように記載を義務付けたり、地方自治体や学校でビタミンDのサプリを配るなど、積極的な対策が必要です。そうすれば、国民の意識がビタミンDに向き、結果的にがんの予防につながるでしょう。
がん対策基本法の施策としても、新しい病院の設立や検診などに予算を充てるのではなく、その一部だけでもビタミンDの普及に回すべきだと思います。
―― ビタミンDの重要性は、まだ日本ではあまり広まっていないかもしれないですね。
南雲 全然広まっていないですね。ただ、うちの患者さんたちには指導すると、みんな非常に熱心にビタミンDを摂取したり、散歩などを通して積極的に日光浴をしたりしています。
海外、特にアメリカではがんの死亡率が劇的に下がっているのに、日本ではまだまだ上昇し続けている。これは日本の医療政策の大きな課題だと考えています。既存の医療関係者たちが利益を得るような方策ばかりではなく、本当に効果のある予防医療に目を向けるべきではないでしょうか。
健康的な食生活と依存症の関係
―― 高齢者の食生活において、ほかに気をつけるべき点を教えてください。
南雲 認知症の予防という観点で一番重要なのは、依存性のものに手を出さないということです。
―― お酒などでしょうか?
南雲 すべてですね。お酒も週3回以上の飲むのは習慣性飲酒とされています。「350mlのビール一缶くらいなら飲んでいいですか?」と聞かれることもありますが、辞められるなら辞めてもらうよう伝えます。
すぐに納得して辞められる人は問題ないですが、そうでなければ要注意です。すでに依存症になっていることも考えられますね。
あとはみなさんもご存知かと思いますが、タバコも依存性が高いです。私の両親もそうですが、ひと昔前はみんな吸っていましたので、血管性の認知症を起こす確率も高かったと思います。
―― 気づかないうちに依存してしまっているということもありそうです。食べ物ではいかがでしょうか。
南雲 依存しやすいのは、白米、パン、麺、小麦粉、砂糖といった白物五品目で、これらには必須栄養が入っていません。それに、ビタミン、ミネラル、ポリフェノール、食物繊維は、玄米の5分の1から7分の1程度しかないんです。
―― でも、お米は日本人の主食ですよね。完全にやめることは難しい気がします。
南雲 注意していただきたいのは、好きであることと依存症は違うということ。ただ、この違いを見極めるのが非常に難しくて、本人も気づいていないことが多いです。
すんなりと辞められる人に対しては、時々食べても良いといいます。旅行に行ったときや特別な機会に楽しむ程度であれば、ストレス解消にもつながりますし問題ありません。ただし、絶対に辞められないという人は依存症になっている可能性が高いので、まずは辞めるように努めていただきたい。
今の介護現場、病院、学校では白米を提供しています。白米の中には若返ったり病気を予防したりするビタミン、ミネラルが入っていません。
提供するのであれば玄米の方がよろしいと思います。ただし、玄米を食べていれば、おかずはおしんこだけでいいかというと、それは違います。新鮮な野菜と小魚、青魚も忘れずに摂取するようにしていただきたいです。
―― パンや麺類についても同じことが言えるのでしょうか?
南雲 その通りです。おにぎりや菓子パン、スパゲティ、うどんといった食事では体はどんどん老いていきます。
血となり肉となるのは糖質ではなく、タンパク質です。血液を作り、筋肉、骨を作り、ホルモン、酵素を作り、そして髪の毛、肌、爪、粘膜を作ってくれるのは全部タンパク質です。
このタンパク質の摂取量が余りに少ないのが現状です。厚生労働省は1日300g相当の牛肉を摂取することを推奨していますが、少なくとも200gは食べるように意識してみてください。
―― ほかに意識すべき点があれば教えてください。
南雲 まず、新鮮な野菜と青魚を中心に摂ることが大切です。それから、お肉や卵からの良質なタンパク質の摂取も重要です。朝は卵2個を、目玉焼きではなく、チーズを入れてスクランブルエッグにすると栄養価が高くなります。
このように、シンプルでも栄養バランスの良い食事を心がけることが、健康な体づくりの基本になるのです。
健康的な生活習慣を身につけるための意識改革
―― 生活面でも健康的に過ごすには、どのような意識が必要だとお考えでしょうか?
南雲 健康法についてはよく聞かれますね(笑)では質問なのですが、駅のエスカレーターに乗るのと階段を登るのと、どちらが健康的だと思いますか?
早寝早起きと朝寝坊では?腹8分目と満腹では?白米と玄米では?答えは皆さん分かっているはずです。ただ、実行できていない。
スーパーまで車で行くのと歩いて行くのと、どちらが健康的かと聞けば、歩いて行く方だと答えられるのに、実際は車で行っているわけです。
―― 私もそうですが、頭で分かっていても行動に移せていない人はきっと多くいますね……。
南雲 使命を感じることが大切です。頭で分かっている健康法を実行できれば、みなさんの体はどんどん若返って美しくなっていきます。では何のために若返るのかというと、次の世代の人たちを育てるためではないでしょうか。
そのためには、いつまでも元気に生き抜かなければならないのです。その使命を達成するためであれば、食べたいものを我慢をしたり、体を使うようにしたりすると思います。
人生は使命を持った時から始まります。私の人生の前半は、資格を取って地位と名誉を得るためだけでしたが、それは使命とは違います。現在、高齢者と呼ばれている人でも、しっかり使命を持って行動に移していくのは、いつ始めても全然遅くないのです。
―― 使命に気づくために、何か心がけることはありますか?
南雲 自分が普段考えていることを言葉にすることです。自分の人生の使命は何か、生きがいは何かということを、言葉にするために考えるようにしてみてください。
なかなかすぐには答えが出ないかもしれませんが、やがて必ず答えは出てきます。そして、その使命のために体を健康に保つという意識が生まれれば、自然と良い習慣が身についていくでしょう。
南雲 早寝早起きをして、朝の30分間の運動を行い、腹は6分目、8分目に抑える。そして必須栄養素を中心に、緑色の野菜と青魚とお肉をしっかり摂る。
さらに、世のために奉仕する、仕事をするなり、周りの人のために貢献することが、最大の自律神経を整える方法といえるでしょう。布団の中に入って甘いものを食べてゴロゴロしているだけでは、ストレスは解消されません。
介護ストレスとがんリスクの関係
―― 先生ご自身も、お母様の介護を経験されたそうですね。介護と健康について、どのようにお考えですか?
南雲 医者の不養生という言葉がありますが、医者の母親が認知症になってどんどん悪化していくのを目の当たりにしました。
当時処方された認知症の治療薬は全く効果がありませんでした。これは今日でも同じで、認知症を改善する薬はないというのが一般的です。
認知症になる前の予防医学、栄養指導を母にするべきだったのですが、私の対応も遅れてしまい認知症が進んでしまいました。
―― 介護をされている方の中には、介護が終わった後に突然乳がんが見つかるというケースもあると伺いました。これはどのような要因が考えられますか?
南雲 ご家族の介護をしていて、パッと胸に手をやってみたらしこりがあり、慌てて病院に行ったら、二期のがんでしたというような方もたくさんいますね。
介護によってストレスが加わると、体内のホルモンバランスが崩れやすくなります。特に女性の場合、50歳を過ぎると卵巣からの女性ホルモンの分泌が減少し、それを補うために副腎から男性ホルモンが分泌されます。
この男性ホルモンが胸の中のアロマターゼという酵素によって女性ホルモンに変換されるのですが、このプロセスががんのリスクを高める可能性があるためです。
―― 介護によるストレスはがんの確率を高めてしまうということですね。そのストレスを軽減するためには、どのような考え方が必要だと思いますか?
南雲 ストレスを感じないためには、見返りを求めないことです。見返りを求めてしまうと、その通りにならなければ裏切られた気持ちになり、それが大きなストレスとなってしまいます。
ストレスが寝不足や疲労感につながったり、依存性のものに手を出してしまうこともあるかもしれません。
そして、自分が困ったときには、周囲に助けを求める勇気を持つことも必要です。やはり一人で抱え込まないことは、介護者自身の健康を守ることにもつながりますよね。
がん予防と健康長寿のための生活改善の提案
―― 予防医学の観点から、読者のみなさんへ生活改善の提案をお願いできますか?
南雲 まず、健康な心身をつくっていく上で余計なことをしていないか考えてみることです。夜寝る前にスマホを見て1時間2時間過ごしていないか、白米、パン、麺を過剰に摂取していないか。
そういった習慣を見直すことから始めましょう。それから、スーパーまで車で行くのではなく、歩いて行くようにする。そうすれば、あなたの体はどんどん若返って美しくなっていきます。
―― なかなか習慣を変えるのは難しいと感じる人も多いと思います。
南雲 さきほども言いましたが、何のために若返って美しくなるのかということを考えることが大切です。次の世代の人たちを育てるため、日本を救う、若い人たちを救うという使命があるからこそ、今の習慣を変える必要があるんです。使命を感じた時から、人は変われます。
生活習慣を改善して健康な体を目指していくことは、年齢に関係なく、今からでも遅くありません。正しい食事と運動習慣を身につけ、予防医学の考え方を取り入れることで、誰もが健康で充実した人生を送ることができるのです。そして、その健康な体で、社会に貢献できる人生を送っていただきたいと思います。
取材:谷口友妃 撮影:熊坂勉