浜作の料理 マッキー牧元【第2回】
日本で最初の板前割烹、「浜作」。昭和2年に森川 栄さんが祇園で創業し、今は3代目の森川裕之さんが暖簾を守ります。この連載は、そんな浜作に「タベアルキスト」マッキー牧元さんが食事に訪れ、思索を巡らせた記録。至ってシンプル、それでいて心も技も尽くされ、かつ日本料理の芯を外さない浜作の料理の真髄を、月に一度伝えます。今回は4月上旬の献立です。
目の前では、太い筍が湯気を上げている。 6本ほどあるのだろうか。 昼掘りの筍だという。
掘ってから数時間しか経ってない筍は、米糠もなにも入れずに茹でられて、無垢な淡黄色に輝いている。 そこには、まだ命の灯火が脈づいているような気配が漂っていた。
やがて森川さんは、筍を切っていく。
切り立ての筍は、前回ご紹介した「イカと筍の木の芽和え」となって出され、続いて薄切り筍とわかめ、蛤を合わせた椀ものとなって、登場した。
その後数皿が出され、運ばれたのが、本日の筍料理の主役、「じきがつお」である。
「筍のボトムの部分を炊きました。昼堀の筍でないと出せません」。
大ぶりに切られた筍は、茶褐色に輝き、箸をつけられるのを待っている。
ザクッ。
齧りつくと、筍からたくましい音が響く。 鰹節の香りがまず広がり、次に甘辛く煮つけられた味が来て、そこから筍の力が立ち上がってくる。
「うちは京風とは違います」。
そう森川さんが言われるように、京都の割烹では、色や味わいも、淡く淡く炊かれることが多い。 淡いうまみを持つ筍は、濃い味付けでは持ち味が消えてしまうのではと思われるかもしれない。
だがそれは違うことを、この料理は伝えていた。 甘辛い煮汁の味と筍の味が抱き合い、筍の力を高めるのである。
それは、土の中に潜み、一気に天に向かって伸びようとする、命のダイナミズムを感じさせるのであった。
そして酒を恋しくさせる。
聞けば出汁は合わないので合わせず、甘みは、日本酒を一升使って炊いた甘みだという。
「ボトムの部分は、この料理が一番おいしい」。
まさに、筍の命を喰らう料理である。
浜作 4月2日の献立
胡麻豆腐
刷毛目平皿 細川護熙造
「1時間とろ火で練り、7分前に練り上がりました」。 という胡麻豆腐が運ばれる。 もちっとしているのに、はかなく口溶ける。
胡麻の香りは高いが柔らかく、食事を始める我々の舌を穏やかに包み込む。
筍とイカの木の芽和え
織部六角向付 北大路魯山人造
すり鉢で木の芽をあたって、そこに白味噌を少しずつ落として溶く。白味噌が入っていくと、突然香りが立ち、客席まで漂ってくる。 イカを木の芽味噌とあえ、温めた筍を細かく切って、すり鉢に入れて混ぜる 香り高く、イカと筍の食感の違いが生む妙に目を細める。
椀もの 筍 蛤 ワカメ よりウド 木の芽
輪島塗光琳蒔絵金砂子椀
「蛤は96度で止めます」。 沸騰させて、味が濁らないようにだろう。 飲めば、蛤の純水だけが抽出された味わいが舌に広がり、細胞に染み渡っていく。 品が漂う中から、濃いエキスが現れて、心を捉える。 その中にある、筍の切ない味わいが愛おしい。 筍、蛤、わかめという三者の食感が生む味わいも、楽しむ。
お造り 鮪、カレイ、穂紫蘇、わさび
古染付オランダ丸皿
氷見の鮪と淡路のカレイ。 鮪は脂がほどよくのっているがキレがよく、品がいい カレイは12回ほど噛んでいくと、味が膨らんでくる。 そこには、醤油をつけても負けないしたたかさがあった。
稚鮎 紅梅煮
唐獅子牡丹絵染付六角皿 永楽妙全造
炊き立ての稚鮎である。 少し冷めた煮汁の方は、ほんのりと煮凝りになっている。 その微妙な温度差にうまさがあった。
一寸豆
赤絵瓔珞手福字皿
和えもの 胡瓜と海月、椎茸の胡麻酢和え
色絵龍文手桶向付 叶松谷造
胡瓜はザクザクッと痛快に、クラゲは軽やかにコリッと弾み、椎茸は旨味を滲ませながらふんわりと歯を受け止める。 同寸に揃えられた三者は、三様の個性を生かしながらも、一つとなっている。千鳥酢だからだろうか、酸味はあるものの、口に残らない柔らかさがあった。
焚きもの 鯛の子
粉引吉菱小鉢
なんと雅な味なのだろう。 口の中でふんわりと崩れ、卵としてのささやかな豊かさがありながら、はかなさも併せ持つ。 その味わいに蕩然とするまもなく、別れを告げていく。 鯛の子は、酒で炊かれたのだという。
海老の雲丹焼
楽焼みやこをどり絵馬皿 永楽即全造
エビが、スッと背筋を伸ばしている姿が美しい。 それなのに、エビの繊維を噛みしだく趣があり、その穏やかな甘みがウニの風味とともに口に広がる。 エビは伸しているのではなく、一匹のエビに7本くらい串打って、反らないようにし、少しだけしか焼かないのだという。
筍じきがつお フキ 木の芽
瑠璃釉銀彩蘭絵蓋向付 叶松谷造
本文参照
揚げ物 鱧の揚げ浸し。アスパラの天ぷら つゆ、もみじおろし、ネギ
唐津風灰釉刷毛目変形鉢 高橋道八造
「浜作」特有の、骨だけではなく、皮の真ん中まで切る、精妙な仕事をされた鱧は、揚げられて器に入れられた。そこへ熱々の汁をかけ、直ちに提供する。板前割烹の本領である。
鱧の淡い甘みに、油のコクが色を添える。噛んでいくと、ぐんとうまみが膨らんでいく。喉に落ちた後には、鱧の味が余韻としてとどまっている。
それを一旦、アスパラの香りで、切る。再び鱧に箸をのぼす。すると不思議なことに、一切れごとにうまみが膨らみ、上気させられるではないか。
前の一切れが残したうまみの余韻に、上書きされるのだろうか。 森川さんはその時、ぽつりと言われた。「今時の鱧は脂が乗ってないので、こうして食べるといい。でもこれが、鱧の一番おいしい食べ方かもしれません」。
しらかわぐじ、ほうれん草 もずく
赤絵金蘭手八卦文向付 叶松谷造
焼いて熱々の時にほぐし、ほうれん草ともずくを合わせる。 冷たきものと熱きもののコントラストが、互いの輪郭を明確にさせる。 鱧の揚げ浸しの後に焼き物はきつい、だからといって酢の物では強すぎる。 その塩梅を心得た味わいに、一旦心が座り、ご飯へと気持ちがむかう。
ご飯 筍とうすい豆
赤絵金蘭麦藁手飯茶碗 永楽妙全造
筍の純粋無垢な味が米と出会い、一つとなっている。
筍のニュートラルな味わいが生み出す、品徳を感じさせる炊き込みご飯だった。
水菓子 いちご りんご
色絵唐子文輪花向付 叶松谷造
photo, text マッキー牧元