50年以上続く名店・茅場町『峠そば』のスキのないうまさ。変わらない「体に良いものを提供する」気持ちのありがたさ
茅場町にある『峠そば』は、2024年7月に虎ノ門から移転してきた老舗の立ち食いそば店。こだわりの味わいは移転してからも少しも変わらず、人気を博している。
立ち食いそばのレベルではないアジ天
虎ノ門から茅場町に移転して、もうすぐ1年。真新しい外観の『峠そば』はすっかり地元に定着し、客がひっきりなしに訪れる人気店となっている。
メニューは以前より少し減ったが、そのおいしさは変わらない。人気のアジ天ぶっかけそばを食べてみたが、アジの身は肉厚でふっくらして味わい深く、立ち食いそばで食べられるレベルのアジ天ではない。
生麺使用のそばは茹で加減良く、キリッと締められのどごしがいい。ぶっかけのツユは香りよく、ギュッと旨味が詰まってパンチがある。メインではない薬味のネギまで香り高くて、まったくスキのないうまさだ。
ただ、茅場町でのオープン当初は、客入りがさっぱりだったらしい。予想以上の苦戦に店主の柏木秀之さんが町会の先輩に相談したところ、「暖簾がないからなんの店だかわからないよ」と言われてしまった。それを聞いてすぐ「そばうどん」の暖簾を掛けたところ、客がだんだんと増えていったのだと、柏木さんが笑いながら話してくれた。虎ノ門では有名だったが、茅場町では新参。それでも暖簾をかけて、おいしいものを出していれば、客はちゃんと来てくれるのである。
『峠そば』はもともと1968年、現店主の柏木秀之さんの父・照雄さんが神保町で始めた。その後、93年に虎ノ門に移転し、2008年から秀之さんも店に入った。それまでは「普通の立ち食いそば」だったが、秀之さんがこだわりの食材を使い始め、現在のメニューに近づいていった。『峠そば』は照雄さんの頃から人気店だったが、秀之さんがそれをさらに一歩、進めたのだ。そして23年に、虎ノ門の再開発のため、いったん閉店。24年の7月に茅場町で再オープンとなった。
コスパは悪くても体にいい食材を
茅場町の店内には虎ノ門にもあった、「毎日、食べるものだから、コスパが悪くても体にいい食材を使っていきたい……」という、店のこだわりが貼ってある。虎ノ門時代から変わらないこの気持ちが、『峠そば』のアイデンティティだ。
『峠そば』の人気メニューに自家製のコロッケがある。コロッケに使われるジャガイモは北海道・北見産の越冬させたもので、風味が強く、まさに大地の味わい。揚げたてアツアツをツユに浸してかぶりつけば、ふくよかで深いうまさを堪能できる。体に良い食材とは、イコール「うまいもの」なのだ。
手間のかかるコロッケ作りは、照雄さんが担当している。現在、店は秀之さんと妻のユリアさんの2人でまわしているが、先代もしっかり貢献しているのだ。調理はしないが、昼どきは照雄さんも店に出ているという。
実は少しずつ変えている
体に良くておいしいものをもうひとつ。それはさらしタマネギだ。そばといえば白ネギだが、薄切りにしたタマネギもなかなか合う。しかも血液をサラサラにする効果も期待できる。かけそばにのせれば、薄切りのため少し熱が入ったタマネギは甘みが倍増。そばに絡ませてすすれば、シャキシャキの食感も楽しい。ぶっかけならば、千切り大根か。気持ちいい食感と爽やかな甘さがたまらず、どちらもつい追加トッピングしてしまう。
変わらずな『峠そば』だが、変わったこともある。目の前の厨房は虎ノ門時代に比べると鍋の配置が整理され、明らかに動線が良くなっている。店主の柏木さんが天ぷらを揚げ、そばを茹でて締め、最後に盛りつける動きも、以前より余裕がある感じ。ガラス張りで店内が明るくなったこともあり、そばの味わいも、ゆったりした気分で楽しめる。
ダシも少し変えて、かけつゆは厚削りから薄削りにしたそうだ。厚削り特有の燻製香が減り、味わいが少しまろやかになっている。実は、自分は言われるまで気づかなかったのだが……。50年以上の歴史の中で少しずつ変わってきたからこそ、場所は変わっても『峠そば』は人気なのだろう。
秀之さんは「細く長く」店を続けていきたいという。体に良くておいしいそばを食べて、こちらも細く長くつきあっていきたいものだ。
峠そば(トウゲソバ)
住所:東京都中央区日本橋茅場町2-8-6/営業時間:7:00~8:30・11:00~16:00(土は~14:00)※開店・閉店時間は前後する場合あり/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄日比谷線・東西線茅場町駅から徒歩1分
取材・撮影・文=本橋隆司
本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。