Plastic Tree 想い出の詰まった街・市川で迎えた結成30周年“樹念” ツアーファイナル公演を振り返る
Plastic Tree 結成30周年“樹念” Spring Tour2024「Plastic Tree」
2024.06.30 市川市文化会館・大ホール
あれから30年。《めぐり めぐる 季節はいつも どこか眩しい淺い憂鬱》とセルフタイトルを冠した最新アルバム『Plastic Tree』をしめくくる楽曲「夢落ち」で歌われているように、季節はめぐりめぐってPlastic Treeとわたしたちは今ふたたび、想い出の詰まった地である千葉県市川にて“樹念”すべき一夜をともにすることになったのだった。
前日譚の始まり自体は1992年にまでさかのぼるとはいえ、彼らがPlastic Treeと名乗りだし、今はなきライブハウス・市川CLUB GIOを拠点としてライブ活動を始めたのは、今から30年前=1994年のこと。そして、このたび開催された『Plastic Tree 結成30周年“樹念” Spring Tour2024「Plastic Tree」』の最終公演地として彼らが選んでいたのは、ほかでもない市川市文化会館・大ホールだったのである。
最新アルバム『Plastic Tree』発表後のツアーらしく、この夜のライブの冒頭ではまず新譜を具現化するように「ライムライト」を手始めとした3曲を収録順に聴かせてみせ、彼らは30年選手としての鮮やかな手腕を早々に見せつけてくれたと言っていい。
「やぁやぁ。どうも、Plastic Treeです。ここ、市川は我々Plastic Treeが出発した場所とも言える街です。ようこそ。あれから30年が経ちまして、それでもまだこうやって音を出せていることは嬉しい限りです。みなさん、今日は本当に来ていただいてありがとうございます。それと、これをツアー中にずっと言いたいなと思っていたんですよ。市川! ただいま!!」(有村竜太朗)
江戸川を挟んで東京と隣接する、ベッドタウン・千葉県市川市。その中心街はJR市川駅周辺であり、今や再開発によってタワマンを擁するクリーンなたたずまいに整備されているものの、かつては南口ロータリーに猥雑な雰囲気を持つ繁華街が形成されており、その一角には焼肉店、居酒屋、ダンスホール、カラオケスナック、プールバー、消費者金融などを集約した雑居ビル・メトロプラザが威風堂々とそびえ立っていた。その建物の地下1階に2003年まで存在していたのが市川CLUB GIOで、ここは伝説のライブハウスと呼んで差し支えない、ある種の聖地であったと言えよう。のちに大出世を果たした名だたるアーティストたちの多くが、インディーズ時代やメジャーデビュー当初にこの市川CLUB GIOでの熱演を経験してきた事実がある。
まさにPlastic Treeもその一例にあたるが、彼らの場合はより市川CLUB GIOとの縁が濃かったと言えるはず。というのも、1995年12月11日に発表されたPlastic Treeとしてのファーストミニアルバム『Strange fruits -奇妙な果実-』は“GIO RECORDSレーベル”の第1弾作品で、1996年9月25日にリリースされた8cmCDシングル『リラの樹』も同レーベルから発売されたものだったからだ。
「今日は『Plastic Tree 結成30周年“樹念” Spring Tour2024「Plastic Tree」』のファイナルということで、ツアー中もやっていたんですが、ここで僕らの始まりの曲をやりたいと思います。始まりの曲でもあり、雨の曲でもある「twice」」(有村竜太朗)
これは前述した『Strange fruits -奇妙な果実-』の収録曲となり、もともとPlastic Treeにとって初めてのオリジナル曲として作られたものだったそう。ナカヤマアキラによるUKロックの香りを漂わせた繊細なギターサウンドに、長谷川正から繰り出される歌うようなベースライン、そして佐藤ケンケンが刻むとつとつとしたリズム。そのうえでふわふわと浮游する、有村竜太朗のやわらかな歌……。今この時代に聴いても彼らの音はつくづく“Plastic Treeでしかない音”だと感じるが、たとえば30年前、あるいは四半世紀前あたりに彼らの放っていた存在感は、今よりもさらに異色だったと記憶している。
あの頃、メタルやビートロックからの系譜を継ぐバンドはシーンに掃いて捨てるほどいた一方、パンク/ニューウェーブ/ゴシック/シューゲイザー/ネオアコ/ブリットポップ/オルタナティブロックに、果ては日本のフォークミュージックまで、Plastic Treeがさまざまな要素を噛み砕き消化してから聴かせてくれる音楽世界は至って贅沢なものであったし、何よりそれはニッチな魅力にもあふれていたように思う。数多のヴィジュアルショッカーたちが体現していたような過激さや刺激的なエキセントリックさこそ皆無だったかわりに、彼らの醸し出す空気の中にはそれこそ《淺い憂鬱》がいつも漂っていて、その薄曇り加減と機微ある風情はあまりにも聴いていて心地よかった。なお、今回のライブで「twice」のあとに続けられた初期の人気曲「リラの樹」、今もって名盤と呼ばれ続けている3rdアルバム『Puppet Show』の収録曲「絶望の丘」も、Plastic Treeがここまでに歩んできた道程を語るうえで欠かすことのできない大事な曲たちであるのは言うまでもないかと。
もっとも、今回のライブは何もそうしたノスタルジックな気持ちにひたることだけを主目的としていたわけではない。冒頭での新曲3曲のみならず、本編においてはアルバム『Plastic Tree』に収録されている曲たちが随所で全て演奏され、それぞれに新鮮な若葉の色合いを楽しむこともできたうえ、どれをとってみてもほかの既存曲たちとのなじみ具合には何の違和感もなかった。曲ごと、作品ごとにPlastic Treeが進化とメタモルフォーゼを繰り返してきているバンドであるのは間違いないことだが、なにしろ彼らには30年の時をかけて年輪を重ねながら育成してきた太い幹という軸がある。時に斬新な接ぎ木をしようとも、樹木としての根幹が揺らぐことはまずありえない。彼らと同世代のバンドで、活動を一度も止めずに現存しているのがほぼPlastic Treeのみであるという事実は、つまり彼らの泰然としたあのスタンスに起因しているところが大きいのではあるまいか。
なお、今ツアーでは“過去の自分たちから、今の自分たちに送られた手紙を読み上げるコーナー”というものを各地につきひとりずつのメンバーが展開してきていたそうで、市川公演ではリーダー・長谷川正のしたためたものを有村竜太朗が読み上げることに。
「拝啓、Plastic Treeさま。本日いよいよツアーファイナルですね。みなさま最後まで盛り上がって、良い1日にしてください。僕は今、市川CLUB GIOのオールナイトイベントに出ていますが、目の前にいるお客さんが寝ています。1994年の長谷川正より」
ちなみに、【1994年 市川CLUB GIO オールナイト Plastic Tree】で検索をかけてみると、web上には1994年12月3日(土)の24時スタートだったオールナイト定例イベントに彼らが出演していた、という記録が残されていたりする。
「イベント名は『GARNET』でしたっけ? 確か、出たのって3時とか4時くらいでしたよね。で、うちらは界隈の中では最も催眠作用の強いバンドだったと思うんで(笑)、確かに最前でお客さんが熟睡してました(笑)」(有村竜太朗)
そう、催眠作用といえば。当夜の本編ラストに待ち構えていたのは、読んで字のごとくのタイトルを持った深遠なる「眠れる森」に、新譜からの曲である美しく幻想的な響きを持った「メルヘン」と、これまた名は体を表わした10分に迫る長尺のリリカルかつエモーショナルな「夢落ち」で、この3曲が並べられたくだりではPlastic Treeの真髄をとことん堪能することが叶った。音楽を聴くという以上に、精神を鎮静させ音像と詞世界にずふずぶと深く没入していく感覚を心ゆくまで味わうことができたという意味では、眠ってこそいないがそれを催眠状態と表わすこともできなくはないような?
かくして、アンコールではPlastic Tree流モダンヘヴィロックの概念が投影された「Ghost」などでおおいにブチあがりつつ、次いでのダブルアンコールではここぞとばかりの鉄板曲「メランコリック」が投入され、無事『Plastic Tree 結成30周年“樹念” Spring Tour2024「Plastic Tree」』はめでたき大団円を迎えることになった。
思えば、2004年にシングル『メランコリック』が出た際にはMV撮影現場に密着レポート取材で入った時に「こんなにも疾走感あるギターロックチューンをプラがシングルとして出すのか!」と、正直驚いたのも今は昔。気付いた時には、ワンマンのみならずイベントやフェスでも通用する超アゲ曲として、海月(ファンの総称)のみなさまから愛される逸品へと成長していたのだから実に趣深い。
「最高でした! まじで楽しいツアーだったし、久しぶりにバンドらしいツアーできてめっちゃ嬉しかったです。やっぱり、バンドっていいね(笑)」(有村竜太朗)
あれから30年。ここに来ての大きな節目を超えたとて、季節は相変わらずめぐりめぐってゆくことだろう。なんでも、秋にはアルバム『Plastic Tree』を携えて春に続くツアーが行われ、11月16日(土)には『Plastic Tree結成30周年“樹念”特別公演「モノクロームシアター」』、クリスマスイブには恒例『年末公演』も開催されると決まったそうだ。すなわち、我々はこれからもPlastic Treeの描き出す《どこか眩しい淺い憂鬱》の中にひたり続けていくことができる。いつまでも枯れない樹のもとで、もっともっと遊び続けよう。
取材・文=杉江由紀 撮影=上野留加