我々はこんなにも本と文学を愛している 高まる熱の『文学フリマ東京39』体験記
まだ見ぬ「文学」を求め、ビッグサイトへ!
2024年12月1日(日)、快晴の空の下開催された『文学フリマ東京39』のレポートをお届けする。
2002年にスタートした『文学フリマ』はその名の通り文学のフリーマーケットであり、作り手が「自らが文学と信じるもの」を自らの手で販売する、文学作品の展示即売会だ。作品のジャンルは、小説・詩・俳句・短歌・ノンフィクション・エッセイほか、評論・研究書など多岐にわたり、対象年齢もさまざま。2024年現在全国8都市にて開催され、全国の新進の文学シーンを牽引する一大イベントとなっている。
今回の『文学フリマ東京39』の会場は、同イベントにとって初となる東京ビッグサイト。増え続ける出店希望者と来場者の熱を受け、国内最大規模のイベントホールでの開催となった。会場を埋め尽くすブースの数はおよそ2623。フードやステージなどのない、文学のみのストイックなマーケットでこれだけの賑わいである。会場には配送業者さんもバッチリスタンバイしており、戦利品と思しき本を段ボールに詰めて送っている人の姿も多かった。若い世代の活字離れが叫ばれる令和の時代。なんだ、やっぱりみんな、こんなに“文学”が好きなのだ。
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「本がいっぱいあってワクワクするけれど、何をどう見たらいいかわからない」と思ったら、会場の端にある「試し読みコーナー」に立ち寄ってみるのがおすすめ。このコーナーでは、各ブースから提出された見本誌を自由に読むことができるのだ。
本の装丁・デザインって、取っ掛かりとしてなんて大切なんだろう……としみじみ思う瞬間だ。見本誌には全てラベルが貼られているので、気になる作品を見つけたら現場ブースへGOである。
本のお顔立ちもさまざま。出版社による見慣れた体裁のものや、和綴じの手製本、コピー用紙をホチキス留めしただけのフランクなものもあった。
とんでもないものがあった
それではここで、試し読みコーナーで異彩を放ちまくっていた驚異の一冊を。漢和辞典のように分厚い『2024年最大の素数』だ。
『2024年最大の素数』は、その全ページを使って2024年時点で発見されている“最も大きな素数”を我々に教えてくれる本だ。つまり、丸ごと一冊でひとつの数字なのである。とんでもなく大きなその数字は、4,102万4320桁あるらしい。右が『2024年最大の素数』、左は限定販売という縦書き版の『令和六年最大の素数』。並ぶ漢数字が、もはやお経のように見えた。
社長の素数好きから始まったというこのシリーズ、売れゆきを尋ねてみたところ「そこそこご好評をいただいております(ニヤリ)」とのこと。文学フリマは自由な解釈の「文学」が飛び交う何でもアリの場だと頭では分かっていたが、いきなり衝撃を受けてしまった……。聞かせてもらった割り切れない数の魅力にちょっとあてられて、同ブースで売っていた『“手計算で発見された最大の素数”缶バッジ』を購入。ちなみにこちらは39桁である。
本をつくることは、物語をつくること
試し読みの中でもう一冊、気になる本を見つけた。『我が家の永遠めし』は、料理のカラー写真とショートストーリーを織り交ぜたハイセンスなレシピ本だ。昔の高価な画集のように、料理写真だけ別の用紙に印刷して貼っている。これはさぞかし、画質にこだわりがあるに違いない。
ブースを訪ねてお話を聞いてみると、本作は小説を書いている奥さまとデザイナーの旦那さまによる夫婦合作本だそう。写真のこだわりについては「実は、写真が入稿に間に合わなくて……(笑)。それで、後からふたりでペタペタ貼ったんです」とのこと。微笑ましい様子を想像して、ご夫婦と一緒に声をあげて笑ってしまった。一冊の本が含有している物語は、ページに書かれた内容だけではなく、ときに制作の舞台裏にも及ぶ。+αの物語を知ることができるのも、文学フリマは作り手自身による対面販売が基本だからだ。これもまた、文学フリマのくれる大きな喜びだなと思った。
実は私も……
さて。本記事は「見て回る側」のレポートだけではない。実は同日、筆者も仲間と一緒に出店して文芸誌を販売していたのである。
長机の半分ほどのスペースに積まれた書籍と、ぎゅっと収まるふたりの売り子。こんな感じのブースが2000以上あるのだから、来場者は大変である。でもだからこそ、数千の本の中から自分たちの一冊を見つけて手に取ってくれる人がいる、その事実が震えるほど嬉しいのだ。
本はパッと見て中身が分かるわけではないから、足を止め、ある程度集中して文字を追い「これは自分の求める文学だろうか?」と心に問いかけなければならない。おそらく、その集中を守るために文学フリマでは大声の呼び込みが禁止されているのだと思う。売り子も来場者も静かな情熱の炎を燃やす場、それが文学フリマだ。多分。
とはいえ試し読みで全てを理解できるわけもないので、結局は来場者たちの買い物は程度の差こそあれ全てが「賭け」なのである(まあ、本を買うときっていつもそうだけれど)。文学フリマに来ている人の多くは、その知的な賭けを楽しんでいるように見えた。
「何を買った?」
およそ1時間後。売り子の交代要員で来てくれたメンバーのT女史に「何か買った?」と尋ねると、うれしそうに戦利品を見せてくれた。
この海を前情報なしで回遊して、「遠くからでもピンと来た」という運命の一冊を見つけた彼女。文学フリマ初参戦ながら、そのアンテナの感度の高さに驚きである。
一方こちらは、売れに売れまくっていたお隣のブースがずっと気になっていたらしく、持ち場を離れた瞬間に購入に走るY女史。売切れ間際に新刊をゲットし、オマケの小物までもらって満面の笑みを浮かべていた。
個人的な戦利品も。新潮社ショップで激安セールしていた『百年の孤独』家系図トートバッグに、手計算で発見された最大素数の缶バッジを添えて。そして『大栄活字社のこと』は、「ほしおさなえ」さんのブースで見つけた。
『大栄活字社のこと』は、活版印刷の物語カードを作り続けている作家さんが、お世話になってきた活字工場の閉鎖にあたり、その手しごとの記録やインタビューをまとめたものだ。ドキュメンタリーのような、別れた恋人へのラブレターのような、ジャンル分けし難いノスタルジーに包まれた一冊。それでも「どうしても書いて、伝えなくてはならない」切実さが詰まっているように感じて、これぞ文学フリマだなぁ……と購入を決めた。ブースへは活版印刷カードを物色しに行ったのに、出会いってわからないものである。
『大栄活字社のこと』などたくさんの戦利品を百年の孤独トートバッグに入れて、大切に持ち帰ることにする。持って来たカバンは、自分たちの書籍の在庫でいっぱいになってしまったので……。次回は売り子として、もっともっと手に取ってもらえるよう頑張ろう。
お疲れ様でした!
文学フリマがすごいのは、この祭りはごく始まりに過ぎないということ。帰宅後こそがお楽しみで、ここで見つけたキラ星のような作品のページをめくり、それぞれが己の信じた「文学」と静かに向き合う濃密な時間が、このあとに待っているのだ。片付けの進むホールを見ながら、これほど帰るのが楽しみなフェスティバルも珍しいんじゃないだろうか、なんて思った。
次回の『文学フリマ京都9』は2025年1月19日(日)に開催。東京では、今後2025年5月11日(日)、11月23日(日)の開催が予定されている。ジャンルもテイストも異なる色とりどりの本が集まり、文学の名のもとに連帯のエールを交わすような美しいイベントだ。未だ見ぬ新しい文学との出会いを求めて、ぜひ飛び込んでみてほしい。
文・写真=小杉 美香