「世界の持続可能な観光地TOP 100選」第1位の箱根は「車いすの方にも優しい観光地」
2015年6月に起きた箱根大涌谷周辺の火山活動の影響で、箱根町の観光は一気に落ち込みました。そこで、当時の山口昇士町長をヘッドに一般財団法人箱根町観光協会は、18年4月1日より国の認定機関であるDMOとし、「箱根DMO」に名称を変更、官民一体となって箱根の観光経済を発展させることを目指しました。観光協会、箱根町職員の他に旅行業界の大手、リクルート、JTBと私の出身母体の楽天も加わりました。
設立から6年、持続可能な観光の国際的認証団体である〈グリーン・デスティネーションズ〉(本部:オランダ)が実施する、「世界の持続可能な観光地TOP100選」に2年連続選出され、さらに2023年度は「ビジネスとマーケティング部門」で世界1位を受賞することができました。官民一体となって進めて来た「ユニバーサルツーリズムプロジェクト」が認められ、持続可能な取り組みをしている観光地として、箱根ブランドが世界的にも評価されたと自負しています。
「世界の持続可能な観光地 TOP100選」で箱根町が1位に輝くまで
DMOとは、(Destination Management Marketing Organization)の略ですが、地域の多様な関係者を巻き込みながら、科学的アプローチを取り入れた観光地域づくりの司令塔となるものです。私が「箱根DMO」の一員になった4年前、現在の勝俣浩行町長が、「箱根を誰にも優しい観光地にする」と提唱し、「ユニバーサルツーリズムプロジェクト」が作られました。担当になった私は、社会福祉協議会の講演会で、「箱根を車いすでも巡ることができる観光地にすること」を目指していることを知り、だったら一緒にやりましょうと、車いすを使っている箱根在住の人と病院の関係者と一緒のチームを作りました。それは世界的にも珍しかったようです。
箱根は坂道が多く、しかも狭く曲がりくねっていて、旧東海道の道は、「天下の険」と歌われるように、足腰の弱い高齢者や障がい者には行きたくても行けない観光地だと考えられがちです。しかし車いすの人と一緒にまわってみると、階段の多い箱根神社もスロープを使い、中まで入ることができるのです。病院やリハビリテーションの関係者も発信はしてはいるものの当事者には情報が届いていなかったのです。
そこで、私たちは「車いすで巡る 箱根旅 観光マップ」というフリーの冊子を1万部作成し、都内の病院や施設など関係各所に配布しました。冊子は瞬く間になくなり増刷がかかるほど需要があったのです。具体的には、公共交通を利用したものと、自家用車を利用したもの2パターンでモデルコースをつくり、車いす利用の人の意見を反映し、誌面にはどの施設にも写真を入れて目で見て理解できる冊子にしました。もし、健常者だけで作ったのならば、「車いす利用可、駐車場あり」くらいの情報になってしまいますが、写真を見て、行ける、行けないは本人が判断できます。
箱根神社、九頭龍神社(新宮)もスロープが完備されている。さらに、食事処も段差がなく安心。
また、受け入れる側のホテルや交通機関に従事する人たちに向けた講演会も開催しました。車いすトラベラーの三代達也さんは、18歳の頃バイク事故で脊髄を損傷し、両手両足に麻痺が残り車いす生活になりましたが、23歳の時にハワイに一人旅を経験し、日本よりはるかに進んだバリアフリーに触れ、世界観が広がり29歳で世界一周をした強者です。彼の話は聴講者にも大変興味深い内容でした。
このような取り組みを「箱根町のストーリー モビリティの課題を克服する」と題し、グリーン・デスティネーションズに詳細なレポートにして提出しました。評価の対象は、サスティナブル・デスティネーションとして国際基準100項目から15項目以上を満たすことが条件で、地域の持つ価値をストーリーとして提示することが求められます。これらをクリアできて「持続可能な観光地」としてエントリーされるのです。2023年10月の発表で、日本では岩手県釜石市、香川県丸亀市、鹿児島県与論島などとともに10地域が選ばれ、その後箱根町は3位に入賞したとの知らせがありました。そして今年の3月ベルリンでの授賞式で、「ビジネスとマーケティング部門」で1位に輝いたのです。
グリーン・デスティネーションズの認定証。原本は町長室に飾られている。
観光客に優しい町は、住民にも優しい
身体が不自由で温泉に入ることができない家族がいれば、旅行に行きたくても出かけることをためらってしまいます。そこで「箱根DMO」では、まったく新たな取り組みとして入浴介助のマッチングシステム作りを進めています。プロの介護士から講義と実技で入浴介助を学び、認定書を出します。看護師と二人一組になって、要請があればその場所(ホテル旅館など)に出かけて入浴介助を行う。今は、箱根の温泉旅館で入浴介助ができるとは誰も思っていませんから、その要請もありませんが、「箱根に行きたいけれど無理でしょう」と諦めてしまっている人はきっと多いはずです。介護する側も、される側も旅行に行くという目標は、日々の励みになることでしょう。あと2年半の任期の中で完全なシステム化を成し遂げたいと思っています。
箱根湯本の駅で、車いすの後ろポケットに冊子を携えていた人を実際に見かけた時は本当に嬉しかったです。車いすトラベラーが箱根ロープウェイに乗ったところを動画でSNSに載せ、再生回数も格段に伸びたという結果も出ています。バリアフリーが進んでいる町は、住民にとっても住みやすい町であると言えます。観光客にとって優しい町は、住民にも優しい。結果、町から住民の流出が防ぐことができ、町も活性化することでしょう。(談)
車いす利用の方と一緒に実証実験を行った結果をもとに構成した「車イスで巡る 箱根旅 観光マップ」。
佐藤正毅(さとう まさき)
1983年生まれ。ホテル業界で勤務の後、楽天グループ株式会社で、伊豆箱根地区の営業を担当。2021年4月より、「箱根DMO」戦略推進部マネージャーとして勤務。
箱根DMO
[住]神奈川県足柄下郡箱根町湯本256
[問]0460-85-5443