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【ミリオンヒッツ1994】松任谷由実「春よ、来い」30年前の朝ドラ主題歌は詠み人知らず?

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1994年10月24日 松任谷由実のシングル「春よ、来い」発売日

リレー連載【ミリオンヒッツ1994】vol.22
春よ、来い / 松任谷由実
▶ 発売:1994年10月24日
▶ 売上枚数:116.4万枚

64年間に渡る朝ドラ主題歌の歴史


テレビのカラー本放送が開始したのが高度経済成長期の1960年(昭和35年)で、翌1961年にNHK『連続テレビ小説』(通称:朝ドラ)の放送が開始している。現在、111作目の『おむすび』の放送中だが、64年間に渡る朝ドラ主題歌の歴史を改めて紐解いてみると実は知らなかったことも多く興味深い。

1972年の『藍より青く』(第12作)に起用されたのは、本田路津子の「耳をすましてごらん」。この曲は、『NHK紅白歌合戦』でも歌唱されているが、NHKの公式サイトによると、あくまでドラマのイメージソングとして位置づけされている。最初の主題歌として記録されているのは翌年の『北の家族』(第13作)で、赤い鳥「風は旅人」、森るみ子「白い花」の2曲がクレジットされている。1975年の『水色の時』(第15作)の主題歌は桜田淳子の「白い風」だが、最高視聴率が46.1%だったにも関わらず、そこまで大きなヒットにならなかったのが不思議だ。その後もさまざまなシンガーやアーティストが主題歌を担当しているが、毎朝流れている楽曲にも関わらず、1990年代までは朝ドラから国民的ヒットが生まれていない。

1990年代に入り、J-POP時代に突入すると、朝ドラの主題歌にトップアーティストたちが起用されるようになる。皮切りとなったのが1992年(平成4年)10月スタートの『ひらり』(第48作目)の主題歌として起用された、DREAMS COME TRUE「晴れたらいいね」だ。この曲は当時のドリカム人気も相まって、約70万枚のヒットを記録している。その後も、中山美穂、井上陽水らが主題歌を担当しているが、今回は、1994年10月から1年間にわたり放送された『春よ、来い』について書かせていただく。

橋田壽賀子朝ドラ4本目の脚本となる「春よ、来い」。主題歌は松任谷由実


この作品は放送70周年記念番組として制作され、脚本を手がけた橋田壽賀子の自叙伝的ドラマだ。橋田壽賀子といえば、朝ドラ史上最高視聴率62.9%を記録した『おしん』の脚本を手がけており、『春よ、来い』は橋田にとって朝ドラ4本目となる脚本であった。主演の安田成美が途中で降板し、中田喜子が代役を務めるというハプニングもあった。主題歌に起用されたのは松任谷由実。

90年代のユーミンといえば「真夏の夜の夢」と「Hello my friend」の2曲がミリオンセラーを記録しており、続いて発売されたのがこの「春よ、来い」だ。ユーミンの作ったメロディーを聴いて、プロデューサーの松任谷正隆はすぐにイントロを思いついたそうだが、歌詞に文語体を提案したのも正隆氏で、出だしのメロディーから “淡き” というフレーズが聞こえてきたのだという。

イントロから、和テイストを意識して制作された曲と思われがち。しかし、意外にも当時ワールドミュージックに傾倒していたユーミンがイメージしたのは、パット・メセニーがプロデュースをしたイスラエルのNoaという女性アーティストの「I Don’t Know」であった。それを知ってから「春よ、来い」を改めて聴いてみたら、実はとてもエキゾチックなメロディーだということに気付いた。

それまでのユーミンにはなかったタイプの曲になった「春よ、来い」は、幅広い年齢層のリスナーに支持されミリオンセラーを記録している。文字通り、国民的1曲となったこの曲の根底に流れているテーマは、“母への想い” だそう。

世界の平和を願うユーミンからの思いが込められた1曲


ドラマが放送されていた1994年10月から1995年9月の間には、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など、世の中を震撼させる出来事があったが、この曲は一過性のヒットではなく、その後も人々の心に寄り添う存在になっていく。音楽の文部科学省検定済教科書のほか、詩として光村図書出版刊の中学2年生国語教科書にも掲載されている。

未曽有の被害をもたらした東日本大震災が発生した2011年。ユーミンは紅白歌合戦に出場しているが、これは松任谷由実とNHKによる「(みんなの)春よ、来い」プロジェクトの一環としての出演であった。このプロジェクトでは、「春よ、来い」のコーラスを歌った動画を一般募集し、動画を重ね合わせた新バージョンを配信。ちなみにこのプロジェクトソングは「(みんなの)春よ、来い」「(みんなの) 春よ、来い 2011年秋編」「(みんなの)春よ、来い 2012」と3回に渡り配信されているが、その収益は災地支援のために全額寄付されている。

さらにこの曲は2023年、ユーミンデビュー50周年を記念して発売された初のコラボアルバム『ユーミン乾杯!!』の中で、世界No.1フィメールDJ、NINA KRAVIZ(ニーナ・クラヴィッツ)によってリミックスされている。世界の平和を願うユーミンからの思いが込められた1曲となったが、2024年1月1日に発生した能登半島地震のチャリティーシングルとして発売された、「acacia[アカシア] / 春よ、来い」(Nina Kraviz Remix)にも収録されている。

2018年、ユーミンは文学、映画・演劇、新聞、放送などの文化活動で創造的業績をあげた個人・団体に贈られる『第66回菊池寛賞』(日本文学振興会主催)を受賞している。その授賞式のスピーチでユーミンは “歌はそれを口ずさむ人が死に絶えてしまったら消滅します。そう遠くない未来に私が死んで私の名前が消え去られても、私の歌が詠み人知らずとして残っていくことが 私の理想です” と語っている。現に「やさしさに包まれたなら」「ルージュの伝言」「ひこうき雲」は、ユーミンを知らなくても、ジブリ映画で知った若者も多い。この「春よ、来い」も遠い未来、詠み人知らずの歌として多くの人々に歌い継がれていくに違いない。

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