「役に“共感”はしない(キッパリ)」名優イザベル・ユペールが語る最新作『不思議の国のシドニ』は日本舞台
想像以上に「イザベル・ユペール」
イザベル・ユペールといえば、ジャン=リュック・ゴダール、クロード・シャブロル、ミヒャエル・ハネケ、ポール・ヴァーホーヴェンと大監督の作品に出演し、現在も活躍を続ける世界に名だたる名優中の名優。第37回東京国際映画祭開催中に来日、12月13日(金)より公開の主演映画『不思議の国のシドニ』(以下『シドニ』)について話を聞かせていただけることになった。
『不思議の国のシドニ』は、若くして亡くなった夫を忘れることができない作家のシドニがサイン会のため来日、新しい恋に飛びこんで夫を忘れようとするが、なぜか日本のあちこちにフランス人の夫の霊が現れる物語だ。
映画の質問には饒舌に、女性誌的な質問には「ノン」と答える姿勢は、無双。それでもこんなにチャーミングにNOと言える人を他に見たことがない。さすがのキャリアを感じさせる、名監督の名言で締めくくられたインタビューとなった。
「共感はしません。でも、想像力は使います」
―今回演じられたシドニという役柄は内向的で、ここのところ私たちが見てきた『エル ELLE』とか『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』、『ポルトガル、夏の終わり』の強い主人公たちとはだいぶ違っていて、弱々しさが少し意外でした。でもエリーズ・ジラール監督はプレスリリースで「脚本を読んだ誰もがイザベルを思い浮かべた」とおっしゃっているんですが。
え、本当?
―シドニとユペールさんには、どのような共通点があるんでしょうか?
いろんなイザベルがいるってことかしら。私のある側面にシドニと似ているところがあるんでしょう。
―それはどのような?
シチュエーションで言えば、シドニはまったく知らない異国に来て何かを吸収するアンテナを張りめぐらせていて、彼女の驚きから生まれる面白さがあり、そうしたシチュエーションが映画では有効に働きますよね。韓国のホン・サンス監督も、西欧の女性が自国とはまったく違う韓国に来て、そのギャップから生まれるおかしみをよく使っているんですよ。
それに私はいつも、日本語にしても韓国語にしてもフィリピン語にしても、それぞれの国の言語が顔の表情に現れるのを感じるんです。それぞれの国の人々が話す表情と、フランス人である私の表情との違いやギャップみたいなものが表現できたんじゃないかしら。
―シドニは小説家という役で、ユペールさんは俳優として、どちらも物作りに携わっています。そうした共通点も感じられましたか。
そうですね。そこには共通点があると思います。作家と俳優は想像力が求められる職業で、もちろん作家は、すべて言葉で表せないといけないわけで、俳優は音や映像など映画の力を借りて感覚を観客に伝えます。自分たちの佇まいなどの些細なこと……存在そのものからそうした感覚を生み出すという点では、共通するところがあると思います。
―想像力が求められる職業という点で、例えば今まで『グレタ GRETA』みたいな極端な役柄、自分とはまったく違ったり、極端すぎて想像するのが大変なとき、その役柄に共感できるところをどのように探していかれるのでしょうか?
共感はしません。共感する必要はないと思います。でも、想像力は使います。『グレタ』を例に出してくださったので『グレタ』の話をしますが、グレタはモンスターみたいな人物じゃないですか? でも、きっと彼女の中にも何か傷があると想像するんです。精神分析ではないですが、やっぱり何か傷を負っているからシリアルキラーになっているんじゃないかという見方をしますね。ニール・ジョーダンがうまく演出してくれたとも思うんですが、その役柄を非常に興味深い人物だと考えます。役を掘り下げるアプローチはしませんが、「悪の裏側には何かがあるだろう」「100%悪という人間はいないだろう」というアプローチで演技しています。でも『グレタ』はジャンル映画だと思ってください。
―じゃあ、役の背景をご自分で考えるということなんでしょうか。
私はあまりその人物のバイオグラフィを作ったり背景を考えるタイプではなくて、「この人はこう」と直感で入っていくタイプなんです。『グレタ』の場合はああいう人物像だったので少し作り込みが必要でしたが、『シドニ』の場合は「私と近いところもあるな」という感じなので、その近さをトランポリンのように使って直感的に演じました。おそらく観客もグレタよりシドニに親近感を持ってくださるでしょうし、自然な形で受け止めてくださると思います。登場人物は最終的に映画を撮り終えてから出来上がるもので、撮っている間に「こういう人物像にしよう」とは思わないんですよ。
「私は綺麗に正座できていましたか?」
―2021年の東京国際映画祭で審査委員長をなさったとき濱口竜介監督との対談で、ユペールさんは「監督はカメラの位置で俳優に話しかける」とおっしゃっていましたね。
はい、カメラのポジションとはまさに言葉でありフレーズであり、それがどのように自分に向けられているかによって、私はどういう仕草を求められているか、どういう顔の向きや表情を求められているかを察知します。そこには交感のようなものがあります。
―『シドニ』で印象的だったのがアントワーヌと向かい合って正座で座るシーンで、小津安二郎の映画を連想させました。
小津監督は、いつも登場人物の視線に合わせた50サイズのカメラレンズを使ってらっしゃって、レンズを大きくしたり誇張したりしなかったと聞いています。興味のある方です。本当に現実を映し出すカメラレンズなんですね。デフォルメもないし、シャブロルも採用してましたけれど、非常に古風なカメラのレンズサイズです。
―あの場面は、カメラの位置によって正座で座る演技になったのでしょうか? それとも現場がトラディショナルな旅館だから正座になったのでしょうか。正座は西欧の方はあまりしない姿勢ではないですか。
あの正座のシーンは、私にとっては何の違和感もなかったので、なぜ正座なのかとは思いもしませんでしたし、エリーズ(監督)からもなんの説明もなかったんです。ただ、あそこは伝統的な日本旅館なので、郷に入れば郷に従えということでシドニが自然に日本的な座り方をしたんじゃないかと思います。また、アントワーヌが抽象的な幽霊だったらパリのアパルトマンのソファーに座るような座り方で登場するかもしれないのですが、幽霊だけれどリアルに人間の身体をもって、まるで日本の風習を知っているかのように座っていることで、抽象的な幽霊じゃないと示したかったんじゃないでしょうか。私は綺麗に正座できていましたか?
―もちろん、綺麗に正座なさっていました。
「私は、私と仕事したいと言ってくれる人に興味を持つんですよ(笑)」
―これまでにゴダールやシャブロル、スコリモフスキやホン・サンスなど何人もの有名監督とお仕事なさっていますよね。様々な優れた監督とお仕事をされて、吸収なさったことも多いと思うんですが、ご自分で何か映画を撮ろうというおつもりはないですか。
ノン(キッパリ)。私、とっても怠惰なので、いまのポジションがとても快適だから変えるつもりはないんです。監督として、私の脳がどんなふうに機能するかを一度試してみるという意味で好奇心はないではないけれど、それは「やりたい」という欲求ではないですね。
―なるほど、今後お仕事をしたい監督はどなたですか?
濱口竜介監督とか。濱口監督は『ドライブ・マイ・カー』でも世界的に彼の才能を見せつけました。『悪は存在しない』も拝見しました。是枝監督の場合はもっと以前から彼の才能を見てきまして、お仕事したいですね。『怪物』はまだ見てませんけれど。それからジャンル映画ですが、黒沢清監督にはやっぱりすごく興味があります。この三人の方々は全員スタイルが違いますけれど、一緒に撮ってみたいですね。
―日本人監督以外では、どなたかいますか。
私は、私と仕事したいと言ってくれる人に興味を持つんですよ(笑)。
―(笑)50年間、本当に素晴らしい活躍をなさって偉大な功績を残されていて、先ほど怠惰なんておっしゃいましたが、とても信じられません。でも、その50年間の間にほかの多くの女優さんたちが出産、子育てとかセクシャルハラスメントで仕事を辞めてしまったことも目撃してこられたと思うんです。ユペールさんはなぜ50年間続けてこられたとお考えなんでしょうか?
50年という数字には捉われたくなくて、多くの映画を撮った俳優として知られてほしいですが、あまり数は気にしないでください。仕事を続けてきたモチベーションということで言うなら、快感ですね。
―それは創造の喜びということでしょうか。
形容詞なしの“喜び”かしら。本当に私は、演技する時にすごく努力するタイプじゃないんです。演技が好きだから、すぐ演技できるタイプなんです。
―ご苦労とかはあまりお話になりたくないですか?
私の女優としての道のりで、やっぱり良い選択をし続けてきたということは言えると思います。その良い選択は、仕事を受けるか受けないか両方ですね。両方の選択をきちんとしてきました。
―それはご自分の気持ちに正直であったということでしょうか。
絶対に強制されないということが重要で、喜びと、「これはやりたい!」という私の嗜好というか、センスが働いた仕事を受けてきていて、何か必要に迫られたり強制されたりして仕事したことは一切ないんです。とても特権的なキャリアの積み上げ方をしてきたと思いますし、そのことは自覚しています。
―それでは#metooムーブメントで問題になったようなことからは無縁でいられたのですね。
ええ、そういうことは私にはまったくありませんでした。
「映画は問題提起をするもの。アドバイスやメッセージを伝えるためにあるものではない」
―『シドニ』は成熟した大人同士の恋愛物語でした。魅力的に年齢を重ねていく秘訣は、どのようなことだとお考えでしょうか。
この質問への答えは無いですね。そういうことは全然、気にしていないんです。
―外見的なことではなく、哲学とかモットーのようなこととか……。
ノン(またもキッパリ)。私にとってはまったく思いもしないことですね。そういうことはあまり気にならないタイプです。
―では『シドニ』と同じぐらいの年齢の人々に、作品をどのように見てもらいたいでしょうか。というのも、歳をとって暗くなる人が多いと思うのですが、明るく天衣無縫なユペールさんからそういう方へのメッセージがあれば。
まったくアドバイスはありません。映画というものは、何かメッセージを伝えるためにあるものではないのです。ミヒャエル・ハネケ監督の「メッセージを伝達するのは郵便局に任せておけ」という名言があります。映画は問題提起をするものであって、決してアドバイスとか何かメッセージを伝えるためにあるものではないんですよ。
―うーん、素晴らしいご回答だと思います。ありがとうございました。
(微笑む)ありがとうございました。
取材・文:遠藤京子
『不思議の国のシドニ』は2024年12月13日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開