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「ふつう」ってなに?――学校で「ふつうじゃない」と言われる子どもたち

NHK出版デジタルマガジン

「ふつう」ってなに?――学校で「ふつうじゃない」と言われる子どもたち

 授業中座り続けるのが苦手な子、イベントや行事が苦手な子、周りにあわせた行動が苦手な子など、多様な子どもたちがいる学校における数々の「ふつう」。でもそれは本当に「ふつう」でしょうか? マジョリティを中心につくられた「ふつう」とは言えないではないでしょうか?
 そんな物事の見方への気づきと、発達障害の子どもたちが困ることなく過ごせるための実践方法のヒントを現場経験豊富な著者たちが提案する書籍『NHK for School「u&i」 発達障害の子どもが「困らない」学校生活へ 多様な特性のまま、日常の「ふつう」を見直そう』第1章(野口晃菜さん執筆)から、当記事では学校で「ふつうじゃない」と言われる子どもたちの存在と、その考え方について抜粋してお伝えします。

学校で「ふつうじゃない」と 言われる子どもたち

学校で「ふつうじゃない」と言われる子どもたち

 皆さんはマンガを読んで、どのように思いましたか? 「うちの子はこの子と同じだなあ」「私もこういう子だったなあ」とか、「うちのクラスにもこういう子いるなあ」などと思った人もいるかもしれません。
 このマンガで「ふつう」の子はどの子でしょうか? 手をずっと挙げて待っている子、静かに並んでいる子でしょうか? 逆に、「ふつうじゃない」のは、教科書やノートを広げずに「わかりません」と手を挙げた子、ぼーっとしている子、並んで待っているときにおしゃべりをしている子たちでしょうか?
 私たちは日常のさまざまな場面で、いい意味でも悪い意味でも、「ふつう」という言葉を使っています。例えば、「ふつうにおいしい」「ふつうに嫌だ」と言ったり、「今日はどんな日だった?」と聞かれたら「ふつう」と答えたり、人について「ふつう」「ふつうじゃない」と表したり。「ふつう」の意味は非常にあいまいで、文脈に依存しています。
 それでは、学校ではどのような子どもが「ふつう」で、どのような子どもが「ふつうじゃない」と言われるのでしょうか?
 私は先生たちと一緒に、学校を多様な子どもにとって過ごしやすい場に変えていく活動をしています。学校を訪問して授業を見学すると、マンガのような光景をよく見かけます。授業の見学後に先生と話すと、「ちょっとあの子はふつうじゃなくて……」と相談を受けます。「その子はどんな子ですか? どんなところがふつうではないのですか?」と聞くと、「順番が待てない」「先生の指示が聞けない」「授業中座っていられない」「集中できない」「ルールが守れない」「勉強ができない」「すぐケンカする」「休み時間にいつも一人でいる」など、「ふつうじゃない」と先生が感じる部分を話してくれます。
 他にも、「女の子なのに男の子の格好をして自分のことを『俺』と言っている子」「外国から引っ越してきたばかりで日本語を話すことができない子」「児童養護施設に入所している子」「家庭環境が複雑な子」も、「ふつうじゃない」と説明される場合もあります。
 マンガの先生は「4年生にもなればふつうは静かに待ったり、並んだりできるはず」と思っていますが、このときに先生が言っている「ふつう」は、「平均的には」「標準的には」「多くの4年生は」という意味が込められている印象です。つまり、「標準的・平均的な多くの同学年の子どもと同じ行動ができないこと」が「ふつうじゃない」ととらえられています。また、「学校で求められている規範に沿った行動ができない・しない子」という意味もありそうです。いずれにしても、先生は「ふつうじゃない」を肯定的な意味では使っていません。
 このように、学校では「他の大多数の子と同じ行動ができない・しない」「学校の規範に沿った行動ができない・しない」こと、そしてそのような状態がたくさん見られる子どもが「ふつうじゃない」と言われることが多いです。

発達障害のある子に「ふつう」を求める弊害

 学校は発達障害のある子どもに「ふつう」であること、つまり「周りの大多数の子どもと同じ行動をすること」や「規範に沿った行動をすること」を求めることが多いです。
 しかし、発達障害のある子に対して、他の子と同じであることを求めることは、その子にとって弊害になるといわれています。例えば、自閉スペクトラム症の人が自分の自閉スペクトラム症の特性を隠し、自閉スペクトラム症ではない人と同じような行動をすることを「社会的カモフラージュ」といいます。社会的カモフラージュをすることにより、周りの人からは特に困っていないように見えますが、心理的には抑うつの状態になるということが報告されています。自閉スペクトラム症の人が「ふつう」であろうとすると、心の状態は悪くなってしまうことがあるのです。
 心の状態をよく保つために、社会的カモフラージュを減らすには、周りの人が本人に自閉スペクトラム症ではない人と同じ「ふつう」を求めないようにすることが重要です(※)。「この子はふつうじゃない、なぜふつうにできないんだろう」と思うことがあったら、「この子にとっての『ふつう』はなんだろう」と視点を変えてみましょう。

社会も学校もマジョリティを中心につくられている

 では、その時代や国、属する集団における「ふつう」は誰がどのように決めているのでしょうか。「ふつう」は社会的マジョリティによって決められます。社会的マジョリティとは、ただ数が多い社会的集団ということではなく、社会の中でより権力があり、より主流である社会的集団を指します。例えば、いまの日本の社会は男性、異性愛者、シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別といまの性別アイデンティティが一致している)、大学を卒業した人、などの社会的マジョリティを中心につくられています。
 障害の有無についても同じです。さまざまな建築物や法律などは、障害のない人を中心につくられています。政治家や官僚、学校の先生、企業の役員などでは、障害のある人の割合が非常に低く、障害のない人を中心とした社会が維持され続けています。
 例えば、読み書きに困難のある学習障害や視覚障害のある人が社会にはいます。けれど、いまだに役所の書類などは手書きが多く、署名なども手書きですることが「ふつう」です。文字を書けることが前提で、書くことが難しい人がいることが考慮されたつくりになっていません。
 学校においても、文字を読んだり書いたりすることが前提の活動が多いのではないでしょうか。連絡帳やノートも手書きがまだまだ「ふつう」です。このように、学習障害や視覚障害のないマジョリティを中心に、社会も学校もつくられています。
 社会にはさまざまな社会的マイノリティがいます。ここでのポイントは、多くの人はある側面においてはマイノリティであり、ある側面においてはマジョリティということです。
 例えば、私は性別は「女性」で社会的マイノリティですが、障害はないという点ではマジョリティです。その他にも、ルーツや文化、経済状況、性的指向、雇用形態、家族との関係性など、自分がマジョリティの部分では特に障壁はなく、そこに障壁があることにすら気づかないけれど、マイノリティの部分では日々障壁にぶつかります。
 この視点を持つと、かなり多くの人がどこかしらにおいてはマイノリティであり、その部分においては障壁にぶつかっているのではないでしょうか。

学校における「ふつう」をアップデートしよう

 「周りの子と同じ行動をすること」や「規範に沿った行動をすること」が「ふつう」とされる背景には、「マジョリティを中心とした学校」があり、「マジョリティにとってのふつう」が「学校にとってのふつう」になっている、ということをお伝えしてきました。
 いまの学校の「ふつう」は発達障害のある子どもにとって障壁になっていますが、他の子にとってはそうでしょうか。例えば前述した「できないところばかりに着目する学校文化」や「全員が同じペースで学ぶことを前提とした授業」は、障害のない子どもにとっても障壁になっているのではないでしょうか。
 冒頭のマンガのシーンを見ても、この授業のスタイルでは多くの子どもたちにとって、学ぶうえで障壁が生じています。わからないときに手を挙げて先生が来るまで待つこと、先生に丸つけをしてもらうために並んで待つことなど、待つ時間がとにかく長いです。わからないことがあったら周りの人に聞いたり、子どもたち同士で相談し合ったり、また丸つけはお互いにする、というやり方だって考えられます。
 このような授業スタイルに至っている背景には、「ふつうは先生が教える」「ふつうは先生が丸つけ(評価)をする」という、私たちの中にしみついてしまっている「ふつう」があります。ですから、私たちにしみついてしまっている「ふつう」を、まずは見直す必要があるのではないでしょうか。
 その他にも、誰が決めたのかわからない、私たちにしみついている「ふつう」は学校にたくさんあります。「ふつう」の授業だけでなく、「ふつう」の運動会、「ふつう」の全校朝会、「ふつう」の職員室など……社会モデルの視点で、発達障害のある子やその他のマイノリティ性のある子に対する「ふつう」の障壁を明らかにすることは、誰もが過ごしやすい学校をつくるために、「ふつう」をアップデートしていくことにつながるのではないでしょうか。
 学校で過ごしづらい子どもを持つ保護者の皆さんの中には、「自分の育て方が悪いのではないか」「子どもの努力不足なのではないか」と思っている方もいるかもしれません。しかし、この章でお伝えしてきたように、学校がマジョリティの子どものみを中心として、多様な子どもがいることを前提としていないからこそ障壁が生じているのです。そして、先生たちの中にはそのような障壁があることに気づきながらも、どのように取り除いたらいいのか、どこから何を変えたらいいのか、他の先生にどう伝えたらいいのか……など葛藤されている先生もいるでしょう。
 本書では、学校における障壁をどうしたら解消していけるのか、それぞれの立場からできることをお伝えしていきます。

※Tamura,M., Cage, E.,Perry,E.,Hongo,M.,Takahashi, T., Seto, M.,Shimizu, E., Oshima,F. Understanding camouflaging, stigma, and mental health for autistic people in Japan.(2024)Research Square,28 Feb 2023.

著者プロフィール

安井政樹(やすい・まさき)

専門職修士(教職)/札幌国際大学准教授/小学校教諭を経て、2022 年4月より現職。文部科学省学校DX戦略アドバイザー、NHK for School番組委員、道徳教科書編集委員、Microsoft Innovative Educator Expert( MIEE)他、全国の学校支援をしている。単著に『特別の教科 道徳 指導と評価支援システム』(東洋館出版社)、共著に『道徳授業の個別最適な学びと協働的な学び ICTを活用したこれからの授業づくり』(明治図書出版)など。

野口晃菜(のぐち・あきな)

博士(障害科学)/一般社団法人UNIVA理事/戸田市インクルーシブ教育戦略官。小学校講師、民間企業の研究所所長を経て、現在一般社団法人UNIVA理事として、学校や企業と協働しインクルージョンを推進する。文部科学省新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議委員、一般社団法人日本ポジティブ行動支援ネットワーク理事など。共編著に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』(学事出版)など。

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