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安藤裕子、大橋トリオ、大貫妙子、岸田繁、4人のナビゲーターが選曲と構成を手掛けるJ-WAVE深夜のプログラム『THE UNIVERSE』を生み出したラジオマンが危機感と共に見つめるラジオの今、そして未来とは

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J-WAVE『THE UNIVERSE』

J-WAVEの深夜に、『THE UNIVERSE』というプログラムが放送されている。毎週月~木曜日、午前3時から5時、「この東京の瞬間を選曲で表現する」というテーマを掲げ、音楽とトークだけで構成される2時間番組だ。安藤裕子、大橋トリオ、大貫妙子、岸田繁(くるり)、4人のナビゲーターが選曲と構成を手掛け、その日、その季節、その時間、その場所で聴くことに意味がある、時代やジャンルを超えたグッドミュージックがたっぷりと聴ける。
そんな『THE UNIVERSE』を生み出したのは、一人のベテランラジオマン、廣阪拓也氏(J-WAVE MUSIC取締役)だ。彼が見てきたラジオの過去、危機感と共に見つめるラジオの今、そしてラジオの未来とはどういうものか。アーティストとは別の視点から、音楽文化を愛し継承していく意思を熱く語る、ラジオマンの本音を聞いみよう。■なぜ選曲をナビゲーター(=ラジオパーソナリティー)に委ねるのか

――『THE UNIVERSE』は、ディレクターや構成作家の手を入れずに、選曲、構成、トークもすべてナビゲーター(=ラジオパーソナリティー)自身に委ねているんですよね。

そうなんです。本音を言うと、FMラジオの場合、本当に音楽が好きな人がラジオ制作をやっていた時代から、だんだんメディア化して、音楽だけじゃない方も仕事としてやっている人が増えてきた気がするんです。そうなった時に、誰に選曲を委ねたらいいんだろう?というと、それはやっぱりプロだろうということですね。

――プロの音楽家が一番よく知っていると。

(曲を)並べるとか、聴かせる選曲をするというのは、ラジオをやっているディレクターは絶対うまいんです。うまいんですけど、チョイスの幅が狭いというか、やりたくてもできないところがある。小コーナーやCMチャンスが小刻みに配置され、2曲3曲と続けて聴かせる構成が難しい。選曲ショーができないんですよ。突然、旧譜の名曲をかけても「なんのこっちゃ」となるから、結局選曲した理由は今売れているものとなる。これが選曲の幅を狭めているので、編成側としても問題はあるんです。だから『THE UNIVERSE』はCMもないよ、好きにやっていいよ、ディレクターが選曲を補助することもやりませんよ、ただ自分の好きな曲かけてくださいね、と。それでみなさん「いいですよ」と言ってくれたんですけど、始まって3か月で、何人かアップアップしています(笑)。毎週2時間の選曲は、やはりきついみたいです。

大橋トリオ

――先日、大橋トリオさんに会う機会があって、ちょっとお話を聞いたんですけど、やっぱり大変だとおっしゃっていました。でも同時に、知らなかった音楽にたくさん触れられて、とても勉強になっているという言い方もされていて。

大橋さんはデビュー前からお付き合いもあって、僕の勝手な計画ですけど、70歳ぐらいになった時にすごい音楽家になってもらいたいと思っているんです。音楽的にとか、そういうことは僕にはわからないけど、いろんなことを話してきたし、やってきたし、たとえば日本でサブスクリプションが始まった時に、みなさん懐疑的というか、否定的だったじゃないですか。だけど海外の状況を見ていて、10年先には絶対変わると思ったから、僕が関わったプロジェクトの中では、大橋トリオの曲をプレイリストに入れまくった。そうすると、新曲だけじゃない彼の過去楽曲すべてがソーシャル上でユーザーに常に触れる機会に恵まれる。そういう意味で言うと、自分はミュージシャンではないからできないけれども、彼を一つの土台にして、これから進む音楽の方向や、希望というものを、体現してくれている有難い方なんですよね。僕にとって。

――はい。なるほど。

大橋さんには、坂本龍一さんみたいになってほしいと思うんです。坂本さんもそうですが、偉大なミュージシャンってある種、社会の窓口としての音楽という、そういう存在ですよね。今の大橋さんの世代がそういうふうになるかどうかわからないけど、社会の接点として、音楽を通した主張みたいなものが出てくると、彼はもしかしたら音楽家を通り越して文化人になるかもしれない。ここから先、どうなるかですよね。

――そういう可能性はあると思います。

大ヒットがないって、嘆いていますけどね(笑)。でもこの段階までくれば、あとは偶然とか運命とかだと思います。だから、とにかくクオリティを保ち続けてほしいですよね。番組の選曲も手癖でするなよと。その一環として、番組制作を通じてたくさんの楽曲を聴くことは良かったのかもしれない。

――確かに、そういう意味のことをおっしゃっていました。

昔のラジオの人は、みんなそうだったんです。ラジオに出ていると、サンプル盤(資料用のCD)がもらえるじゃないですか。僕が一度J-WAVEを離れて、戻ってきて、最初にレギュラー番組をやったアーティストがスガ シカオだった。彼は30過ぎてデビューしているし、お金もそんなにない頃だったから、サンプル盤がもらえるし、聴きたい曲をライブラリーでいっぱい聴けるし、「こんなにいい場所はない」と(笑)。レンタルCD屋さんがここにあるようなものだから、喜んでやっていましたよ。そういうことが刺激になるのと、あとはやっぱりレギュラー番組を持っていると、マネージメントが喜ぶんです。レコード会社の人もそこに来て、番組の前後にミーティングして、終わったら「場所貸してください」って取材をやって。昔はみんな、そうやっていましたから。

――ラジオ局の機能として、そういうものは確かにありましたよね。人が集まる場所、ハブになる場所と言いますか。

そういうサロンでありたいなということはありました。レコード会社が、音楽周りのお金を集約して、適正に再分配するという機能があるんだったら、放送局は情報を集約して再分配する機能があっていいと思うし、J-WAVEを最初に作った先輩の方々も、僕は当時大学生でバイトで働いていたんですが、ディレクターズルームという広いスペースを作って、そこでみんな立場を超えて自由に仕事をしてくださいと。プロモーターの人も、宣伝の人も、アーティストの人も、そこでは全員フラットな立場で、いい音楽があったら「これ聴いた?」とか、「最近どうよ」という会話があったんですけど、徐々に減って行って、コロナで思いっきり変わっちゃいましたね。用事がある時しかこなくなった。

――うーん。残念ですけど、それも時代の流れですか。

J-WAVEはかろうじて、その雰囲気を保てているような気はしますけど、他局さんだと、レコード会社のみなさんが溜まる場所がないとか、しかもセキュリティが厳しくなって、昔はフラっと入れたけど、今はパスがないと入れないとか。(防犯上大切なことなので)僕がいいとか悪いとか言えることではないですけど、そこは変わったとは思います。

安藤裕子


■いつ聴いても辻褄が合う番組ではない、深夜3時から5時の都会が寝静まった一番静かな時間帯に音楽を聴いてもらう番組を作る理由

――あらためて『THE UNIVERSE』という番組についてうかがうと、元々、2000年代に同じタイトルの番組がありましたよね。

そうなんです。10何年前にやっていて、それはどちらかというとアーティスト番組に近い形でやっていたんですね。それが1回終わって静かにしていたんですが、今J-WAVEがやるべき番組なのかな?と、ちょっと疑問を持っていた。なぜかというと、今のラジオ局の番組は、だいたい8割、9割は、ここ1年ぐらいにリリースされた楽曲で成立しているんです。音楽の歴史を100%としたら、0.01%ぐらいのところでやっている。それってどうなんだろう?と思うし、もっとたくさんの音楽に触れる機会を作りたいし、たとえば70年代の音楽でも今にも通じるものがあって、それが現象となったのがシティポップだったと思うんですね。そういうことをもう一度やりたい。ただ、今そういう選曲をしてくれる人がいない。だから、プロの音楽家に委ねて、選曲もしゃべり手にやってもらう。つまり、しゃべり手を選んだんじゃなくて、選曲家を選んだらその人がしゃべっている、ということなんです。

――わかります。そこは大きいポイントですね。

その次に、やっぱり声がいいこと。大橋さん、岸田繁さん、大貫妙子さんも安藤裕子さんも、みんなチャーミングだったり、深みがあったり、唄うたいっていい声なんです。ラジオでしゃべる声も。平井堅さんもスガ シカオさんも星野源さんも、いい声していると思いませんか? それに皆さんラジオの天才だから。他にも何人もいるんですよ、ラジオの天才が。

――それはぜひ聞きたいです。たとえばどんな人ですか。

僕が少しでも関わった方だと、星野源さん、aikoさん、木村カエラさん、YUKIさん、この方々はラジオの天才です。新人ではじめてスタジオに入った時点から、もう何も言うことはない。「ちょっと練習で、このお便りを読んでみて」と言って、「東京都のナントカさん。ありがとう」という、その「ありがとう」の一言が、教えなくても言えるんです。それはやっぱり、ラジオを聞いているんでしょうね。ラジオかくあるべし、という概念ができている。

――聴き手の気持ちをわかっているんですね。なるほど。

ピンポイントで、その人に向けてしゃべっているから、言葉選びがそうなるんです。星野さんも、今や『オールナイト(ニッポン)』の顔ですけど、最初に番組をやってもらった時から天才でしたね。面白かった。だから、しゃべり手はすごく重要です。それと、ラジオならではの音楽との関係というものがあって、たとえばインターネットで音楽と出会うことは、アルゴリズムに基づく必然で偶然じゃないと思うんです。インターネットって、目的メディアじゃないですか。

大貫妙子

――探すメディアですよね。基本は。

そう。「これがほしい」というキーワードで探す。でもラジオは無目的メディアで、聴きたい曲も聴きたくない曲も、聞きたくない話も聞きたい話も聞ける。その中で自分でチョイスする。だから、そこで出会っちゃった楽曲を、その後CDを買ったりレコード買ったりして聴いた時に、あんまり良くねぇなってこともある(笑)。偶然出会って感動して、買って聴いたらそんなに良くなかったということ、あるじゃないですか。

――ありますね(笑)。その場のシチュエーションやテンションがそう思わせたのか。

でも、そうやって出会っていくのがラジオというメディアなので、それを誘発させたい。というか、そういうメディアであるということがわかった時に、ラジオの魅力に気が付いてもらえるんじゃないかな?と思うので。「欲しいものばっかり聴いていて飽きませんか?」「新しいものにどこで出会うんですか?」ということですね。

――はい。なるほど。

それとやっぱり、今の時代になると、抗いようもなくソーシャルな存在として、ラジオは音声メディアとして生きていかなきゃいけない部分があって、その象徴がラジコだと思うんですね。ラジコはインターネットで聴けるし、アーカイブも1週間聴ける。そこは民放として無視するわけにいかなくて、「俺はやらないよ」なんて言えないわけです。でも、それ用に番組を作るのはどうなんだろう?という疑問があって。つまり、いつ聴いても辻褄が合う番組じゃなくて、「この番組は深夜の3時から5時にこの雰囲気で流れていたものです」ということですね。これは取材でもよく話しているんですが、グローバルの観念として、ローカルを世界に発信するのがグローバルであって、自分たちのローカルがないとダメなんです。自分たちにローカルがないと、グローバルに繋がる意味がない。だから、自分たちが何者であるか?をはっきりするためにも、選曲もしゃべりもすべてにおいて、深夜3時から5時、都会が寝静まった一番静かな時間帯にフォーカスして音楽を聴いていただく。それを主眼にして番組を作ると。

――それで、『THE UNIVERSE』という番組自体のキャッチコピーが、「この東京の瞬間を選曲で表現」というものなんですね。ローカル性と時間帯を、あえて限定する。岸田さんとか、必ず冒頭に京都の四季の行事や、おいしい食べ物の話とか、していますよね。あれもローカル性の一環ですよね。

あれも、わざと言っているんです(笑)。東京ではないけれど、今の京都はこんな感じですよと。大橋さんも関東の近郊にスタジオがあるし、大貫さんは湘南なので、みなさんに「花鳥風月に紐づくしゃべりと選曲をやってください」と言っているのは、そういう意味もあるんです。

――その日、その場所、その時間に聴くことに意味がある。

やっぱり、出会い方だと思うんです。予定調和じゃない、限られた情報の中で、眠れずにたまたまラジオをつけたら、いい曲に出会った、みたいな。

――深夜3時とか5時って、そういうことがありますね。ふっと起きちゃったとか。

僕、あれが大好きなんです。NHK-TVの深夜に、環境映像と、静かに音楽だけが流れている時間が。電波のチェックでやっているんでしょうけど、あの感じが好きで、ラジオも同じように、深夜にいい曲がずっとかかっているなとか、いい声でいい話すなとか、そういうふうに思ってほしいので。話す内容も、自分がライブに行って観たものとか、感じた湿度とか、匂いとか、とにかく自分が思った、感じたことだけ話してくださいとお願いしてます。それもたぶん情報なんですよね。番組の中の情報というのは、岸田繁がウィーンに行って、どこのお店の何が美味しかったということが情報だから、それでいいんですと。ほしいのは一次情報だけ。それ以外はいらないからと。

岸田繁(くるり)

――岸田さんと言えば、毎週、世界中の一つの駅を選んで、それにちなんだ選曲をする。あのアイディアは最高だなと思いました。

あれはね、びっくりしました。とにかく選曲は任せるという話をしたら、2日後に連絡があって、「駅をテーマにやります」「どういうこと?」「いや、任せてください」と。で、出来上がったものを聴くと、俺がやってほしかったことが全部入っている。景色が見えるんですよ。

――見えますよね。

彼とは、共通する素晴らしい音楽の基準とか、話し合ったことはないけど、お互いに絶対思っているのは、「その曲を聴いた時に景色が浮かぶか」だと思うんですよね。いい音楽ってなんだ?という時に、景色が見えるのは名曲だと思っていて。だから岸田さんの曲、くるりの曲って、景色が見えるじゃないですか。大橋さんもそう。たぶんそういう条件もあって、今の4人のメンバーが揃ったんじゃないかと思います。でもね、始める前は、深夜3時でギャラも安くて、自分で選曲しろという番組に、このメンバーが揃うのか?なんて1回も考えていなかった。「当然やるよね」「やった方がいいよ」「やろうよ」と(笑)。そうしたらみんな断らなくて、番組が始まってから、前にやっていた『THE UNIVERSE』のメンバーからも「なんで声かけてくれなかったの?」と言われました。「あれはやりたいよ」と。

■数値化できないようなものを大事にしたい、音楽をもう一度尊いものにしたいという思い

――そういう縁が繋いだ『THE UNIVERSE』。今後はどういうふうに発展させていこうと思っていますか。

とりあえず、みなさんには「数年はやります」と言っているので、これからですよね。あの4人の音楽のネタが尽きるまで、5年かけて絞り切ろうと思います(笑)。それから、今後のビジネスという観点では、会員組織を作りたい。すでに素晴らしいプレイリストになっているので、サブスクリプションの会社からも引き合いがあるんですけど、こんな素晴らしいものをタダであげるわけにはいかない(笑)。だから自前で組織化して、会員しか聴けないクローズドイベントをやったり、音楽の話をたっぷりする機会を作ったり、そういうことをしてみたい気持ちはすごくあります。音楽業界にいる人たちが、今は見失っているものがあると思うんです。たとえば、企画を数値化して、テキスト化して、それで判断する。僕に言わせれば、数値化してテキスト化しなきゃわからないような組織でいいのか? そんな人間が、なぜ判断するんだ?と思うわけです。あとはやっぱり、相対的に大多数に受け入れられるものじゃなきゃいけないという意識が強すぎて、メディア産業、音楽産業になりすぎている。そうならないようにするためにも、小さいけど余白を残したいという感じです。数値化できないようなものを大事にしたい。

――賛同します。

そして、古い音楽も含めて、もっといっぱいいい音楽はあるから、それをちゃんと届けたい。みんな、子供の時にラジオを聴いて、「こんな曲あったんだ」と思って、貸しレコード屋さんに行くとか、していましたよね。僕の場合は父親が音楽関係の仕事だったので、サンプル盤をもらってきてもらうとか、していたんだけど、それはやっぱり良くなかったです。サンプル盤をもらっても全然感動しない。やっぱり自分で買ったり借りたり、苦労しなきゃダメ。今でもそうじゃないですか。インターネットでポチッと買ったものって、すぐいらなくなるでしょう? だけど、お店に行って一生懸命選んだものは大切にする。そういうことだと思います。

――音楽の価値感の見直しですね。音楽そのものはもちろん、出会い方も含めて。

今みたいにどんどん消費される方向で行くと、何年か経った時に、今の若い人たちにとって、青春を象徴するアンセムって? その時代を象徴する曲はあるんですか?と思うんです。あの曲を聴いたらあの時代を思い出すとか、そういうものはあるだろうけど、それがこの曲たちでいいのか?というのはちょっと思うので。そういうことも含めて、若い人だけじゃないですけど、音楽をもう一度尊いものにしたいという思いはありますね。

取材・文=宮本英夫

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