【あんぱん】「一人ぼっち」に苦しむ嵩(北村匠海)の演技が光るなか...今、一番心配な登場人物は
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「嵩の苦しみと気になる人物」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
国民的アニメ『アンパンマン』の原作者で漫画家・やなせたかしと妻・小松暢をモデルとし、中園ミホが脚本を、今田美桜が主演を務める朝ドラ『あんぱん』第4週「何をして生きるのか」が放送された。
時代が変わっても、わかりやすい"悪"や"鬼""クズ"が登場すると視聴者が盛り上がるのは、朝ドラの常。しかも、本作の場合は「クズ父」や「鬼姑」と違い、とびきり華のある「毒親」登美子(松嶋菜々子)だ。やなせたかしという著名人の史実をベースに、随所に創作物の引用や要素を盛り込み、ベテラン脚本家らしいメリハリの利いた展開で見せつつ、中園ミホ×松嶋菜々子の『やまとなでしこ』(フジテレビ/2000年)タッグの華まで添える貪欲な作品である。
自分のやりたいことに気づいたのぶ(今田)は、女子師範学校受験に向けて勉強を開始。一方、嵩(北村匠海)は進路に悩む。そんな中、羽多子(江口のりこ)はのぶの勉強を見てほしいと嵩に頼む。嵩が高知第一高等学校を受け、医者を目指すと登美子が吹いて回っているため、勉強が得意だと思われてしまったのだ。
実際、小学校の成績は首席だった嵩だが、以降は振るわず、数学は「丁」をとってしまったほど。のぶに解き方を尋ねられた嵩は言う。
「のぶちゃん......僕に聞かないで。この問題も、次の問題も、僕には問題の意味すらわからない」
しぼった音量でもサスティーンのかかったような広がりある響きを持つ、役者・歌手として恵まれた「楽器」を有した北村匠海の声にかかると、この情けない言葉すらも弱く優しく甘く魅力的に聞こえる。
数学がわからず思考停止する嵩とのぶのもとに千尋(中沢元紀)が現れ、いとも簡単に解いてみせる。しかも千尋は、勉強は好きではないが、するしかなかった、伯父と伯母に本当の親以上のことをしてもらっているからと言う。何でもできる千尋だが、それは覚悟と努力の賜物なのだ。
そんな中、千尋が法学の道を志すのは、病院の跡継ぎを嵩に譲ろうという思いからではないかと寛(竹野内豊)が千尋に尋ねるのを嵩は立ち聞きしてしまう。情けなさから自暴自棄になった嵩は、線路に寝そべり、草吉(阿部サダヲ)に助けられて叫ぶ。
「こんな俺、もうやだよ、やだやだ、わ~~!」
この情けない叫び声もまた、詩のように美しい調べとなっていた。
幼い頃は病弱だった千尋に、今は体格も成績も抜かれ、兄弟の力関係の「シーソー」が完全に逆転してしまった。おまけに千尋が人格者であることすらも嵩を惨めにさせる。
そんな自分への苛立ちから千尋と喧嘩になる嵩。嵩は登美子の言いなりで、利用されていると言う千尋に「立派だよお前は。兄弟で月とスッポンだもんな。こんな兄貴、いなくなればいいと思ってんだろ」と口走った嵩を、仲裁に入ったのぶが叩く。
嵩と千尋には子どもの頃、共に大きな川を渡った思い出がある。嵩にとっては良い思い出だが、幼い頃に一人養子に出された孤独を抱く千尋にとって、嵩を追いかけて一緒に渡れたことが自信につながり、嵩への感謝と絆を確認できる思い出だった。そうした千尋の思いをのぶは聞いていたのだ。
この喧嘩を経て嵩は高知第一高等学校受験を決め、好きな漫画を押し入れに封印する。
受験勉強に集中する嵩だが、受験のために戸籍を取り寄せた嵩は、養子になった千尋とはもちろん、一時再婚して籍を抜いた登美子ともつながりがなく、戸籍上一人ぼっちであることを知ってしまう。
受験当日。ショックのためか受験票を忘れた嵩のもとに、のぶが走って「合格アンパン」と受験票を届けてくれた。嵩のピンチをいつでものぶというヒーローが救ってくれるのかと思いきや、互いの手応えとは逆に、のぶは合格、嵩は不合格となってしまう。その夜、のぶは嵩と伯父一家のもとにアンパンを届けて言う。
「うちの家族は嬉しいときもしんどいときも、アンパン食べるがです。さしでがましいかもしれないけんど、元気出して」
すると、登美子は嵩が落ちたのはのぶに勉強を教えていたせいだと八つ当たり。そんな登美子を千尋は「最低」と言い、嵩が頑張っていたのは登美子のためだった、母親なのになぜそれを理解しようとしないのかと問う。そして、嵩に「もう、この人の言いなりになるのはやめちょけや」と言い放つ。失望した様子の登美子は翌朝、嵩に引き留められつつも「ごきげんよう。さようなら」と冷たい顔で出て行くのだ。
その後、夜になっても家に戻らない嵩を心配し、千尋と寛、のぶと草吉が必死に探す。草吉はかつて救った場所を思い出し、行ってみると嵩はまたも線路に寝ていた。
「ドアホ!」と泣きながら怒るのぶ。何のために生きているのか考えていたと力なくつぶやく嵩を、寛はこう励ます。
「泣いても笑うても日はまたのぼる。絶望の隣はにゃあ、希望じゃ」
ところで、意外だった点、気になった点をいくつか。
活発でしっかり者イメージがあるために、忘れそうになるが、のぶは勉強があまり得意ではなかった。口が悪く、すぐ手が出るのも子どもの頃から変わっていないし、嵩を守るつもりで余計に傷つけるのも、変わっていない。なにせ、放っておいてほしいはずの嵩のもとに、傷が癒えるまもなく、自分は合格した立場でありながらアンパンを届けてしまうお節介な優しさ=無神経さの持ち主だ。でも、自分の失敗に気づくとすぐ反省できるし、だからこそ人の気持ちがよくわかる嵩の繊細さ、優しさに気づくのだろう。
一方、千尋が医学に進まないのは「血が苦手だから」という意外な理由が打ち明けられたが、それも嵩に気を遣わせないための優しい嘘に感じる。また、千尋が登美子を罵り、冷たい目を向けるさまを見るにつけ、あれだけ養父母に大事にされていてもなお、肉親への愛情、執着は捨てられないのだろうと切なくなる。
何度傷つけても追いかけてくる嵩と、こじれた愛憎を抱く千尋に対し、登美子の愛情はほぼ見えない。しかし、意外なことにおそらく亡夫にだけは今も思いがあるようで、嵩が立派なお医者さんになったら「お父さんも喜ぶわ。私も嬉しい」と、ここだけはいつでも自分ファーストの登美子が鳴りを潜める。
個人的に一番心配なのは、自らは家のために郵便局で働き、姉が夢を叶えることが自分の夢と言って応援する、自己犠牲の蘭子(河合優実)。同じ中園ミホ脚本『花子とアン』では、父の期待を一身に背負って勉学に励んだ主人公・はな(吉高百合子)に憧れ、慕いつつも、自分は家のために働く次女(黒木華)の複雑な心情が後にクローズアップされた。豪(細田佳央太)への恋心の行方と共に、ここからおそらくずっと先に蘭子の自立が描かれるのではないか。
文/田幸和歌子