アトツギベンチャーで地方をアップデート 地方創生と次世代経営の鍵を探る:一般社団法人 ベンチャー型事業承継 山岸勇太さん
福岡大学商学部・飛田先生の"福岡新風景:経営者と語る福岡の魅力"では、福岡へ新たに根を下ろした経営者たちの生の声をお届けします。さまざまな背景を持つ経営者がなぜ福岡を選び、どのように彼らのビジョンと地域の特性が融合しているのか、また福岡がもつ独特の文化、生活環境、ビジネスの機会はどのように彼らの経営戦略や人生観に影響を与えているのかについて、飛田先生が、深い洞察と共に彼らの物語を丁寧に紐解きます。福岡の新しい風景を、経営者たちの視点から一緒に探究していきましょう。福岡へのIターン、Uターン、移住を考えている方々、ビジネスリーダー、また地域の魅力に興味を持つすべての読者に、新たな視点や発見となりますように。
※この記事は、Podcastでもお楽しみいただけます。
今や日本中でスタートアップ支援,アントレプレナーシップ教育が盛んに行われるようになりましたが,福岡ではこれを10年以上前から取り組んできたこともあり,日本を代表するスタートアップ都市と呼ばれるようになりました。
と同時に,近年「アトツギベンチャー」という言葉も注目されるようになっています。これは,中小企業の後継者が既存の事業を引き継ぎつつも新たな事業を創出する,それにより企業としての持続可能性を高めていく動きを指しています。福岡市域では起業家が新たに事業を創業するスタートアップの支援が中心ですが,福岡県で視点を広げると中小企業の支援が活発に行われています。
今回はその仕掛け人でもある一般社団法人 ベンチャー型事業承継の山岸勇太さんにお話を伺いました。
「スタートアップ支援がやりたい!」と福岡に移住
山岸 山岸勇太と言います。今,福岡県に住んでいます。出身は石川県小松市で,実家も家業をしています。その後,東京の大学に進学して,大手通信会社に就職をしました。当時は特にこれといった希望を持たない大学生で,「いつかは実家に戻るかもな」と思いながら就職活動していて,大きな野心を抱くこともありませんでした。結局その会社には8年いましたが,2年に1回転勤がありました。なので,静岡,熊本,東京,そして最後の2年が大阪と2年ごとに引っ越しをするような状況でした。
静岡と熊本のときは自治体にシステム提案したり,SEみたいなこともやりつつ,技術者と一緒にシステムを構築していくというような仕事をしていました。その後,東京に行ってからは家電の開発に携わるようになっていきます。当時,テレビがデジタルに移行していく時期で「テレビにインターネットが繋がる装置を作ったら,売れるんじゃないか」というようなところから新製品開発に携わることになりました。全社挙げての大きなプロジェクトでした。
そのときにベンチャー企業の人たちと会うことが多く,何となく「ベンチャーって面白そうだな」と感じるようになっていきました。その後,異動もあって別の仕事をしていく中で「そろそろ違うキャリアを積みたいな」と思うようになっていきます。そのタイミングで妻の出身地である福岡県が「福岡県庁でベンチャー支援をやろうとしているらしい」という知らせを聞き,福岡にやってくることになりました。
その後,福岡県庁には9年間在職しました。ただ,最初の3年間は希望したベンチャー支援ではなく,情報システム開発の部署に配属になりました。それで一時期腐りかけていたんですけど,福岡県庁には庁内公募制度というものがあって,好きな部署に行くことができるんですね。それで「ベンチャーやりたいです!」と手を挙げて退職までの6年間はスタートアップ,ベンチャー企業や中小企業の支援などに携わっていました。
その6年間は,前半スタートアップ,後半アトツギ(存続にコミットする中小企業の事業承継者のことを「アトツギ」と呼ぶようになっている:飛田注)に主に関わってきたのですが,スタートアップの世界は楽しくて「もう自分の人生,ここにフルベットしてやる!」くらいの気持ちでしたし,「福岡のスタートアップのエコシステムは自分が担っていく!」と意気込んでいました。でも,進めているうちにモヤっとするシーンもあったんですね。「地方におけるベンチャー支援と考えた時,ゼロからの起業だけを応援するって違うな」って思い始めていたところに,今在職している一般社団法人ベンチャー型事業承継に出合うことになります。
この法人が掲げているキーワードがゼロからの起業ではなくて,今ある中小企業の経営資源を若い後継者がベンチャー的に変えていくって話だったんですね。これを聞いた時に衝撃的だったんです。「地域にある中小企業がベンチャー的になってくのってスタートアップとも違う」んだけど,なんかワクワクしたんです。なんだったら自分自身もアトツギなので。
後継者が戻りたくないと思っていたとしても,うまく家業を使えたらなんとかできるんじゃないか,この法人の考え方がしっくり来たんです。そして,地方ではスタートアップよりもベンチャー支援,後継者支援って重要なキーワードになるんじゃないかっていう予感がすごくしたんです。県庁在職期間の最後2年ぐらいは,昼はベンチャー支援やって,夜はアトツギ支援をやろうと決めて,週2人以上後継者に会いに行くと決めました。話を聞きに行くと,やれることがたくさんあるし,一緒に考えられるビジネスがたくさんあるから面白いと思うようになりました。
そこで,県のベンチャー支援の予算をアトツギ支援に拡大解釈して,アトツギ支援の事業を立ち上げることになります。「もっともっとやるぞ!」と思っていたのですが,その部署に6年いたので異動をせざるを得なくなりました。そのタイミングで退職をして,今のベンチャー型事業承継に関わることになりました。
飛田 元々,お父様が家業をされていて,根っこにある問題意識が今の仕事に繋がっているという印象を受けました。山岸さんの中でスタートアップやベンチャーというものとの出合いは通信会社時代の新規事業開発にあったのだと思うのですが,最初はどんな印象をお持ちだったのですか?
山岸 ずっと大企業で働く中で「一生サラリーマンでやっていくのか」ってモヤモヤしていたんですね。そのときはスタートアップというものが何を指すのかということを知らなかったんですけど,「起業家」という言葉を知って学んでいくと,父親も自分で会社をやっているし,社会にインパクトをもたらす仕事をやっている人って面白いなと思ったんです。その時は東京にいましたから,ベンチャー企業に入ることも考えたんですけど,それも自信がなくて。なので,ベンチャーのことを知っていくとか,自分自身が当事者の外側で関わっていくことができないかと考えていました。
そのときに福岡県庁の話があったので「これだ!」と思って福岡に来ることにしました。麻生前知事の時代から福岡県もベンチャー支援に力を入れ始めていたのもありますし,(石川県出身というのもあって)東京や首都圏に住むことに違和感みたいなものもあって,「地方からもっと面白いことができないかな」と思ったときに福岡でスタートアップやベンチャー業界に関われる方がワクワクしたんです。
飛田 就職活動時はそこまで働くことに強く意識を持っていなかった山岸さんがベンチャーに惹かれるというのは余程大きな衝撃を受けた出来事だったんですね。
山岸 もともとくすぶっていた炎みたいなのも若干あったんだろうなと思います。NTT西日本時代に,スタートアップと一緒にやった仕事が楽しかったんですよね,シンプルに。何か新しいものを生み出すみたいなこととか,世の中を変えてやるっていう人たちと仕事するのが,それまでの社会人経験では味わったことのない興奮だったというか。
飛田 福岡から生まれるスタートアップの特徴って何かありますか。
山岸 地方特有の課題の解決に力を入れているスタートアップとか,ソーシャルグッド(社会課題解決:飛田)寄りの人たちは多いなっていう印象があります。私が異動した頃は福岡県も,福岡市も,どちらかというとITスタートアップ,SaaSとかソフトウェアビジネスのスタートアップを育てようというのがありましたが,東京のエコシステムのミニチュアのように感じていました。しかも,福岡県はフクオカベンチャーマーケット(FVM)をやっていたんですが,個人的にはITスタートアップに対してそこまでワクワクしなかったんです。その地域特有の課題解決に取り組む企業っていうのは東京からは絶対に生まれないスタートアップだよなと思ったんです。なので,そういう人たちを応援することにすごい喜びを感じていましたし,地方のスタートアップエコシステムはこちらの方向で進んでいくんだろうなっていう感覚はありました。そして,今もそうだなと感じています。
飛田 アトツギと呼ばれる経営者の会社も既存の事業がある中で,世代交代がなかなか進まないとか,世代交代したとしても前世代のたちが経営権をまだ握っていたりだとか,中小企業の経営課題ってのは今でもたくさんあるわけですけれども,そういったところに着目されたキッカケは何だったんですか?
山岸 先程も述べたように,ベンチャー支援を地方でやり続ける際に,ゼロイチ一本のみで支援する違和感みたいなところというか,非連続な成長をやるスタートアップをやるだけで本当にいいんだろうかって思う時期があったんですね。そこで「地方発のベンチャーのあり方って何なんだろう」って考えたときに,一般社団法人ベンチャー型事業承継が2018年に立ち上がって福岡でイベントをやったんです。そこには長崎の波佐見で陶器を作ったり,宮崎でアトツギベンチャーを体現されている経営者がおられて,ゼロから事業を立ち上げるだけではなくて,中小企業が持っている伝統的な産業の経営資源を生かしながら世界で勝負できる人たちがいるみたいな話を聞いたんです。正直「ヤバい!」と思ったんです。世界で勝負できる中小企業をいっぱい作れんじゃんって。その時に,スタートアップに接したときのワクワクに勝るワクワクがあったんです。
そのタイミングで立ち上げたプログラムはスタートアップ支援のつもりで作ったのに,実際エントリーしてきたのは中小企業のアトツギとしての出自のある経営者ばかりだった。それまで注目もしてこなかったんですけど,聞いてみたら北九州で建設業やってますとか,大川で家具屋やっていて家具屋三代目ですとか,祖父が漁師で父が水産加工会社で僕は未利用魚を活用したスタートアップやっていますみたいな話が出てきて,「みんなアトツギじゃん!」ってなったんですよね。その時にベンチャーやスタートアップを支援することも大事だけど,地方のことを考えたら中小企業のアトツギ支援の方がインパクトがあるなと思えたんです。
飛田 つまり,ベンチャーと中小企業でアトツギ経営者が行う新規事業がクロスオーバーするところっていうのを見てしまった。それが山岸さんをそこに向き合わざるを得ないというふうに思わせてしまったわけですね。
山岸 いやそうですね。これ知っているのは僕だけだと思えたんです。これできるのは僕しかないとも思えて,その瞬間に使命感が出ました。
飛田 しかも,当時は県庁にいたってのが良かったんですよね。
山岸 そうですね。立場的にやりやすかった。
飛田 立場的に支援しやすいし,中小企業支援もスタートアップ支援も同根なんだけど,アプローチを変えなきゃいけないっていうところで,そのズラし方も山岸さんには見えていたんでしょうね。
山岸 そうです。なので,この話を当時の知事に持って行った反応が全然違って。シリーズAのスタートアップの支援をしましょうっていうよりも,アトツギ支援やりましょうって言ったときに知事がお付き合いしている中小企業の話とかをすると納得を得られるんですよね。
アトツギベンチャー支援の実際:マインドセットの切り替えが鍵
飛田 ところで,そういうアトツギ支援みたいなところには起業家のようなマインドセットをお持ちの方が多く集まるのでしょうが,具体的にアトツギベンチャー支援で主に取り組まれているのはどのようなことですか。
山岸 一般社団法人ベンチャー型事業承継は受託事業と自社事業があります。受託事業は中小企業庁や福岡,大分,長崎の県庁だったり,熊本市,鹿児島市,今年から北九州市も始まったんすけど,地域のアトツギを10名から15名ぐらい集めて,月1回集まってアントレプレナーシップ教育のカリキュラムを提供し,最終アウトプットは家業の変革プランを作るというプログラムを提供しています。5年後,10年後に自分が経営者になるタイミングで,家業を,地域を,業界をどう変えていきたいかを具体的な事業プランを作りながら話し合っていく。会社の経営資源を一緒に棚卸ししたりとか,アントレプレナーシップ教育の中核でもある内省をしたりだとか,何に疑問を持って,何を解決したいのかといったことを伴走しながら考えていきます。その中で我々が持っている経営資源でもある全国の先輩経営者のネットワークを活用して,その人たちが自分と同じような後継者時代に何に悩んで,何に挑戦をして,失敗をして,どうやって経営者になっていったのかみたいなプロセスを学びます。
一方,自社事業は,アトツギファーストっていうそのコンテンツを持っていて,参加者にお金を頂きながら,300人のネットワークを作ってオンラインで勉強会をする。これであればプログラムがない地方でもアトツギ経営者はコミュニティに参加できる。そうしたププログラムです。
あとは年に1回はみんなで集まってアトツギベンチャーサミット(AVS)というイベントを開催しています。今回は過去最大260人ぐらいアトツギが集まって,コミュニティネットワークの構築をしています。僕らはカルチャーを作る団体なので,ビジネスプランを作るっていうことだけではなくて,アントレプレナーシップマインドをセットすることが大きなポイントなんですよね。マインドを変えるための仕掛けをどれだけ入れるのかっていうのが重要だと思っています。
飛田 その時に鍵になるのは内省(ふりかえり)ですよね。
山岸 そうですね。本当はすべてをその時間に充てたいくらいです。この仕事をしていて一番の喜びって,プログラムを通じて目の色が変わるアトツギが多いことです。第1回の講座では親の悪口ばかり言っているアトツギもいるんですけど,20代,30代という同世代の中でちょっとだけ飛び抜けている人の話を聞くと,「俺でもやれるんじゃないかな」と目の色変えて行動しだしたり,人との関わり方が変わったりとか,勉強するようになったりとか,スイッチ入る人が出てくるんですよね。スイッチが切り替わる瞬間を見てるのはすごい喜びであり楽しいですね。
飛田 今の話を伺うとプログラムには問題意識があるアトツギが来られるイメージがあるんですけど,仕方なく不貞腐れて来る人もいるわけですよね。
山岸 そうですね。これは世の中に浸透している証拠だと思うんですけど,団体の立ち上げ期は意識高い人しか来なかった。放っておいてもスタートアップのイベント行っちゃったりとか。自分自身でガンガン外でピッチするような人が「待ってました!」みたいな。
そういう人たちって最初の2-3年目である程度出尽くしてしまっていて,今は地域の金融機関から「行ってきたら」と背中を押されて来られる方とか。そういう方はまだまだスイッチ入っていないんですよね。そういう人の中にはポケットに手を突っ込みながら来る人とかいるんですけど,それ見るとめちゃめちゃワクワクします(笑)。そういう人たちの家業ってそんなに焦っていなくて,「なんでこんなところに来ないといけないの?」っていう感じで来る人もいますが,そういう人たちが変わっていくのは快感ですね。成長曲線が変わったなっていう感じがするのはすごく楽しいです。
飛田 今まで来られたアトツギで印象に残っておられる方いますか?
山岸 伸びしろがある,ポテンシャルがあるパターンは印象的だなって感じます。
福岡のあるアトツギは印象的でした。彼は,アウトドアのトップクラスの企業にいて業界のことも詳しいし,意識が高くて頭もいいんですけど,家業に戻ってきたばかりのときは社長であるお父さんを意識していたんでしょうね。「キャンプ業界をやりたいんだ」ということを言っていて,私も「いいね,面白いね」って言っていたんです。でも,彼は創業経営者ではないし,新規事業をやろうとするとお父さんからダメ出しされたりとかして,結構腐りかけていたんですね。
でもキャンプ事業をやりたくて「どうしたらいいですか」と聞かれたときに,アトツギをする覚悟がないなと感じたので「そんなんだったら別に自分で会社作ってでもやればいいのに継ぎたいんでしょ」って。それで「継ぎたいんだったら,ネガティブな感情ばかり持っていないで1回家業に本気で向き合ってみたら」とアドバイスしたんです。そうすると,後日「あの時,ああ言われて目覚めました」って言ってくれたんですが,今では家業の改善に邁進して頑張っておられるんですね。まだ1年ぐらいしか経ってないんですけど,新しいことにもチャレンジできるようになったりしてアトツギになるという覚悟のスイッチが入ったという印象がありました。アトツギって家業と向き合ってみて,そこからもう1回違う視座で新規事業をやるというのは面白いですし,こうしたケースで僕自身も気づきがありました。単に新規事業をやるだけではなくて,家業に向き合うプロセスを踏んで変わったケースはとても印象に残りました。
飛田 スタートアップというのは基本的には「自分だけが知っている世界」に取り組んでいるわけですよね。一方で,アトツギベンチャーが面白いのは,親だったり,前世代にロールモデルとなる先輩経営者がいて,ロールモデルと向き合いながら自分自身どうありたいのか,この事業をどうしていきたいのかを考えられるっていうのが面白いですよね。
山岸 はい。まさに。
飛田 起業家と動機付けが違うというか,もう自分の経営がスタートする時点で何十人っていう従業員を抱えている場合もあるわけですものね。そういう場合でも,アントレプレナーシップは必要ですよね。今ある事業をベースにしながら,その持続可能性を高めていくためには起業家と同じようなマインドセットが求められる。
山岸 で,こういう話をしていると「アトツギって矛盾を内包している」という言葉がぶっ刺さっているんですよね。
先日のAVSで講演者に「ポスト資本主義とアトツギ」というキーワードでお話して頂いた時,「ポスト資本主義では矛盾の内包がすごく強みになる」というコメントがあって。株式会社っていう器で利益の追求だけじゃなくて社会に対してより良いことや, 30年とかの長期スパンで地域にとって良いことをやるといった(経済的な観点から言えば:飛田注)非合理な判断をするって,矛盾していますよね。でも,企業って合理性と非合理性の双方を内包しながらやっている。これって,地方のアトツギだからできることだと思うんですよね。
これって,今後の日本の企業のあり方とかにとってはすごく重要なキーワードになる。それをアトツギはもう既に身体感覚としてやっているっていうのがすごく面白いって話になって。
飛田 いや,すごくわかります。私も今アントレプレナーシップと会計というテーマで研究を進めていて,さまざまな中小企業経営者に「リスクと不確実性」という観点でお話を伺っています。リスクは既知のリスクで,会計で言うと予算だったり,日常業務にある課題レベルの話なんだけれども,一方でアトツギ経営者は結局5年先,10年先に向けてどうなるかわからないけど何かやらなきゃいけないっていう不確実性と向き合っていて,それを内包しているところに実は中小企業経営者のアントレプレナーシップがあるんだと。その意思決定をするために,情報を可視化するために会計を使っているんだというテーマで研究しています。
そういう視点で今の話を聞いていると,親和性があるなって感じました。「今そこにある課題も解決しなきゃいけないんだけど,俺がやりたいことはずっと先の未来にあって,まだまだ解像度低いんだけどね」って。「将来これやりたいんだよね,実はやれる立場なんだよね」というのがアトツギ経営者の特権なのかもしれないですね。
山岸 僕たちはロングターミズム(Long Termism)という言葉を使っているんですが,長期思考とか,長期視点といった意味です。アトツギベンチャーはスタートアップと違って10年でどうにかしなきゃいけないとか,IPOだとか売却だとかというプレッシャーはないし, 20年,30年かけて経営ができるし,なんだったら自分の代で解決できないことは次の代にバトンを渡して解決ができたりとかするので,とても長いスパンで関われるという面白さがあると思います。
アトツギベンチャーの課題:面白さをいかに伝えていくか
飛田 一方で,地方の現状を見ていくと,どんなに面白い中小企業,アトツギ経営者が出てきたとしても,採用に困っている中小企業さんは実に多いように感じます。山岸さんがご覧になっている範囲で面白いアプローチだったり,ポイントになりそうなことってありますか。
山岸 そうですね。我々は物心両面で言えば「心」の部分の支援が多い団体だなと感じているのですが,支援している中小企業のステージが進んでいくと,右腕がいない,社内に一緒に動いてくれる人がいないという課題は本当にど真ん中,重要な課題だと感じています。
そうした中で,まだ正解とは言えないですが,アトツギが前面に出て採用しているところは採用もうまくいっているなっていう印象があります。地方企業の生き残りって本当に採用だと思っているんです。それぐらい言っても過言ではないと思っています。むしろそれができれば新規事業とかは割と何でも良いと思うほどです。
アトツギにとって重要なことは,新規事業と同時に「会社を形作っていく」ことだと思います。福岡の事例ではないですが,大阪に木村石鹸工業という会社があります。木村さんは最近本を出しましたけど,あの会社は道徳教育をしながら組織を作っていく。だから,新規事業を現場の若い社員さんたちがやっていく。おまけに社員さんが自分で給与を決めて,自分で組織を作ってというようなことをやっておられて,こういう会社のあり方はこれから研究対象として注目されていくんだろうなと思っています。
飛田 では,最後にアトツギ界における福岡のポテンシャルをお伺いします。福岡と言ってもいくつかの地域がありますし,それぞれ持っている産業の特性も異なると思うんですけども,山岸さんが感じておられる福岡のポテンシャルってどういうものですか。
山岸 いや,めちゃめちゃポテンシャルを感じています。衣食住は最高だし,空気感もいい場所だっていうのはもちろん大前提でありながらも,いろんな地域を見渡しても,福岡から面白いアトツギ経営者が目に見えて出てきているんですよね。彼・彼女たちは30代,40代で新しいテクノロジーに理解のある世代でもありますし,働き方も割と柔軟性があるし,ある程度リモートで働くこととかを許容したり,新しいことにチャレンジできる会社がすごく多くなっています。そういう会社に将来的な幹部として入っていく30代,40代がもっと増えるといいなって思っています。これはアトツギたちも望んでいるんですよね。
地元にずっと住んでいる人たちで仲間になってやってくれる層もありつつ,外でビジネス経験を積んで将来的に長く幹部として関わってくださる人もいて,本当に有能で将来経営幹部として一緒にアトツギに入るケースも出てきています。これは今後地方のロールモデルのど真ん中になると思っていて。「アトツギ右腕サミット」とかやりたいなって妄想してます。
飛田 私も同じような課題感を感じているのですが,そうした中小企業の採用がうまく進む鍵って何でしょうか?
山岸 「地方に行くことがビジネスキャリアを諦める,みたいな世界ではない」というのがポイントになると思っていて。福岡に来たって聞いて都落ち感があって見られる人たちが多いって,ある起業家から聞いたことがあります。でも,そうではなくて,地方の面白い中小企業に入って,そこで世界を取るチャレンジができれば大企業で積んでいるキャリアよりも面白い人生が描けるのではないかと。地方で勝負できる面白さはあると思っていて,そこにすごいポテンシャルがあるなと思っています。
飛田 そうですよね。だから所得だとか,大都市にいることが勝ちだとか,ステータスじゃないところですよね。そうした価値観の醸成みたいなものっていうのをどうやっていくかという話は結構重要だと思っています。僕はそれを大学生や高校生に向かってやっているけど,教育って15年,20年先に成果が出る話なので時間がかかるんですよね。でも,今あるアトツギベンチャー,中小企業の尖った経営者だったり,そこにしかない事業に取り組むことができるというのは魅力で,そうした企業が採用できるような流れができたりすると面白いですよね。周りが気付けてない面白さをどう気づいてもらえるようにするかというのは,我々の仕事のような気がしますね。
山岸 いやそうですね。もっと伝えたいですね。プロデュースしないといけないですね。学生さんが東京で働きたい,大企業で働きたいというのもわかるし,そういう経験を積んでおくことも大事です。違う世界を見てきたからわかる良さもあるんだろうなと思います。
飛田 だから,固定的に考えるんじゃなくて,流動的に考えるのが良いのでしょうし,「矛盾の内包」でローカルにいながら世界最先端の仕事をやれる可能性がある。これが地方のアトツギベンチャーの面白さなんでしょうね。
山岸 そういう会社が出てくるポテンシャルがめちゃめちゃあります。
飛田 そうですよね。面白い人,やる気のある人にはチャレンジできる環境が揃ってきている。今が重要な転換点だなと感じますね。
山岸 そうなんですよ。地方では目立ったもん勝ちだぜって。しかも,すぐ目立てるぜって。
飛田 では,これからどんどんその魅力を伝えていきましょう。今日はお忙しい中,ありがとうございました。
山岸 ありがとうございました!
今回の記事はいかがでしたか?
福岡にも「その地域だから成立する事業」がたくさんあります。それを引き継ぐとともに,新たな価値を付け足して世の中に訴えていく。経済合理性と地域に根付くという「矛盾の内包」を抱えつつ,アトツギ経営者は今日も活動されています。福岡へのUIJターンを考えておられる社会人のみなさん,就職先を悩まれている学生のみなさん,まずは足元の面白い会社を知ってみませんか?