選択的夫婦別姓が認められるまで事実婚を選択。「姓を変えたくない」はわがままじゃない
「選択的夫婦別姓が認められるまでは」という条件付きで、2024年に「姓を変えないための事実婚」を選択した貝津美里さん。
仕事でもプライベートでも「自分の姓」に愛着があり、結婚を機に姓を変えることに抵抗を感じる人は少なくないのではないでしょうか。
今回は貝津さんに、結論に至るまでの葛藤やパートナーとの話し合いの過程をつづっていただきました。
結婚を意識して初めて「姓への愛着」に気がついた
“あれ?私、姓を変えたくないかも......”
という気持ちに気づいたのは「この人と結婚がしたい」と意思が固まった後のことだった。
そもそもなぜ結婚をしたいと思ったのか。それは3年ほどお付き合いをしていたパートナーの存在が「彼氏」から「一緒に生きていきたい家族」へと少しずつ変化し、今の私たちにとっては「夫婦」という関係性が一番しっくりくると思ったからだ。
お互いの生き方や夢を応援し合えたこと、どんなに価値観や意見が食い違っても長い時間をかけ対話を重ねて乗り越えられたこと。そうした信頼の積み重ねが「家族になりたい」と思わせてくれた。
けれど結婚の話し合いをするたびに、私は涙を流した。「結婚はしたいけど、姓は変えたくない自分」に気づいたからだ。
私の姓は、とても珍しい。自分でも気に入っていたし、姓と名前の組み合わせも音の響きも好きだった。
それに生活のあらゆる場面で、「姓」は自分という存在から切っても切り離せないアイデンティティだった。学生の頃から姓や姓をあだ名にして呼ばれることも多かったし、仕事でもフリーランスのライターとして本名で記事を書いてきた。
パートナーの姓になるのが嫌だ、ということではない。自分が愛着を持っているもの、自分自身だと思うものを、結婚を理由に手放すことに抵抗があったのだ。
一方で、子どもの頃から「結婚をしたら女性が姓を変えるのが“ふつう”」という価値観の中で育ってきた私は、姓を変えたくないという自分の気持ちに戸惑い混乱した。
「なぜ、ほとんどの女性が姓を変えているのに、私は変えたくないんだろう」「自分のわがままなのでは?」そんな気持ちで頭の中がいっぱいになった。
「事実婚」でできること・できないことを調べて不安に向き合った
パートナーは、私が姓を変えたくないのと同じように自分も変えたくないと言う。それがどんな理由であれ、自分が「嫌だ」と思っていることを相手に強要するのは違うと思っていたし、私の姓になる彼の姿も想像がつかなかった。
私たちは「個としてそれぞれの姓を名乗って夫婦になる」形が一番しっくりくるような気がした。
それを彼に伝えると「それなら、事実婚がいいのでは」と提案された。彼は「女なんだからそっちが姓を変えてよ」と強要したり、「どうして姓を変えるのが嫌なの?」と深く理由を聞いたりすることもなく、私が違和感なく幸せでいられる形がいいと終始言ってくれた。そのためなら事実婚になったとしても抵抗はない、と。
けれど、私はなかなか「事実婚」という選択を受け入れられなかった。
確かに、今の日本では夫婦どちらも姓を変えずに結婚をしたいのであれば、事実婚の選択しか残されていない。頭では分かっている。でも気持ちが追いつかない。どうしても「法律婚ではない=社会的な保証が得られない」という不安が拭えなかったからだ。
“子どもができたらどうするの?”
“扶養って入れるの?”
“遺産相続できるの?”
“ペアローンは組めるの?”
“病院の立ち会いはできるの?”
“両親や周囲にはなんて説明するの?”
あらゆる不安が吹き出す。
それに、法律で夫婦関係が保証されないということは、法律婚以上にパートナーとの強固な信頼関係が求められるのではないだろうか。彼を信頼していないわけではなかったけれど、「社会的な保証がなくても、将来にわたって互いに結婚生活や子育てにまつわる責任を貫ける」と言い切れる自信を、私は持つことができなかったのだ。
でも、パートナーは「たとえ法律婚でも事実婚でもお互いの果たすべき責任や愛情、関係性は変わらないと思う。少なくとも自分は、夫として、(子どもが生まれた場合は)父として自分のあり方は変わらないから、安心してほしい」と言ってくれた。
彼の真っ直ぐな姿勢を受け止めながら何度も話し合い、それと同時に「事実婚でできること・できないこと」について調べることで、私が抱える一つひとつの不安に向き合ってみることにした。分かったことは以下の通りだ。
<事実婚でできること>
•民法をもとに自分たちでカスタマイズをした「公正証書」の作成
•※私たちは「どこまでを不貞行為とするか」「子どもができたときの親権」についても記載。作成にはかかった期間は約2カ月
•住民票の続柄欄に「妻(未届)夫(未届)」と記載
•社会保険であればどちらかの扶養に入れる
•子どもができた場合、親権は母親にあるが、父親が「認知」の手続きをすれば、子どもには父親の遺産を相続したり、扶養を受ける権利が与えられる
•自治体によってはパートナーシップ・ファミリーシップ宣誓制度を利用でき、医療機関や住居の賃貸契約など、さまざまな場面での手続きがスムーズになる
<事実婚だとできないこと・難しいこと>
•遺言書がないと遺産相続ができない
•配偶者控除相続税など税制上の控除を受けられない
•共同親権が認められておらず、父親に「親権」を指定する場合、母親は「親権」を持てない ※編注:2024年5月に成立した民法等改正法により、事実婚の場合も父が認知をした子どもは、父母の協議により双方を親権者とすることができるようになる(2026年5月までに施行)
•子どもの認知・パートナーシップ・ファミリーシップ宣誓制度の申請・公正証書・遺言の作成など、法律婚では不要な「手続き」に時間と労力、お金がかかる
•夫婦関係の証明が難しく、緊急入院時や手術同意書へのサインや面会ができない可能性がある
•周囲に説明が必要な場面や理解が得られない場面も考えられる
参照:内閣府男女共同参画局「いわゆる事実婚※に関する制度や運用等における取扱い」
これらを天秤にかけ、二人が納得できる形を模索していった。夫婦になることを望む私たちには、姓を変えたくないからといって「結婚を諦める」という選択肢はなかったのだ。
姓が選べないことを「社会の問題」と捉えたら、「事実婚」に迷いがなくなった
それでも自分の中にある固定観念はしぶとくこびりついたままで、「私が我慢すれば丸く収まる」「女性である私が変えればいい」と自分を押し殺す思考からどうしても抜け出せなかった。
そんな旧来的な考え方にとらわれていた私を変えたのは、結婚する直前に行ったフィリピンへの語学留学だった。フィリピンは、世界経済フォーラムによる2024年のジェンダーギャップ指数(※1)の順位は25位(日本の順位は156か国中118位)と、日本に比べてかなり男女格差が少ない国だ。
(※1)認定NPO法人日本BPW連合会
英語の勉強も兼ねて、フィリピン人女性の先生とジェンダーやフェミニズムをテーマによくディスカッションをしていた。
「結婚はしたいけど、姓は変えたくない。でもそれは私のわがままなのかもしれない」
そう言う私に、彼女たちはこんな言葉をくれた。
「自分の名前のまま好きな人と結婚したい気持ちは自然なこと。あなたの権利は保障されるべきで、姓を変えることを強制されるのはおかしい。ましてなぜ、ほとんど女性側が変えなければならないのか、フェアじゃない」
彼女たちは怒ってくれた。自分を責めなくていい、変わらなければいけないのは女性ではなく社会の方だと。「My marriage my decision(私の結婚は私が決める)」と言って堂々としていればいいと力強く背中を押してくれた。
その後よく調べると、世界では「自分の姓のまま結婚できる国」の方がスタンダードであり、夫婦同姓が義務付けられているのは世界で日本だけだと知った。
《画像:撮影:Ken Watanabe》
一方、パートナーも「何年たっても選択的夫婦別姓が可決されない社会や結婚制度の方が誤っている」と伝えてくれた。
私が今抱えているのは「私」の問題ではなく、「社会」の問題だったのだ。
そう捉え直せたとき、「事実婚」を選択する覚悟が決まった。これからの時代を生きる子どもや女性たちに、私と同じ苦しみを味わってほしくない。誰もが自分の姓のまま法律婚ができる世界になってほしい。
そう願う私たちなりの意思表示が「事実婚」という選択につながったのだ。
事実婚は「今ある選択肢の中でのベスト」でしかない
結果として私たちは「選択的夫婦別姓が採択されるまでは」という条件で事実婚を選んだ。
「両親から反対されるかもしれない」という不安はあったものの、実際は「今はそれぞれの形があるもんね」とすんなりと受け入れられ、義理の両親からも反対されることはなかった。もし反対されていたら事実婚を選択したくてもできなかったかもしれない。私たちは家族に受け入れてもらえたことに心から感謝した。
結婚をしてから数カ月がたった今、事実婚を選択して良かったと感じている。自分の気持ちを押し殺して不満があるまま婚姻届にハンコを押していたら、お互いの信頼関係やパートナーシップに亀裂が入っていたかもしれない。
それにパートナーと結婚についてとことん話し合えた時間やプロセスは、私たちが夫婦になる上での大きな財産になった。
一方で「事実婚は今ある選択肢の中ではベスト」というだけで、子どもが生まれた後のことなどこの先の人生を思えば、1日でも早く「選択的夫婦別姓」が実現してほしい。
姓が変わった後の細々とした手続きが億劫だったり、仕事とプライベートで姓を使い分けることに不便を感じたり、「姓を変えること」に伴う負担は生活のあらゆるところで発生する。
どんな理由からくるものであったとしても(たとえ他人から見たら小さな理由であったとしても)、「姓を変えたくない」という気持ちは、わがままなんかじゃない。
「自分が我慢をすればいい」とかつての私のように苦しい思いをする人が一人でも減り、誰もが自分の姓のまま好きな人と家族になれる日が来ることを心から願っている。
※2025年1月31日14:00ごろ、事実婚と親権に関する記載内容を修正しました。ご指摘ありがとうございました。
編集:はてな編集部
著者:貝津美里
生き方を伝えるライター。性別・世代・国籍・障がいの有無を問わず、人の生き方・働き方・ジェンダーをテーマに取材執筆。
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