【昭和の春うた】竹内まりや「不思議なピーチパイ」80年代最初の春を彩った資生堂CMソング
化粧品のCMソングの当たり年だった1980年
新しいディケイド、10年の始まり。西暦の三桁目が7から8になる1980年、昭和55年のはじめは “さぁ1980年だ!” とテレビもラジオも大人も子供も随分とはしゃいでいた。第2次オイルショックに気づいてもおらず、学校帰りに途中下車してレコード店に寄り、帰宅後ラジオで洋楽を聴くのが何よりの楽しみだった中学2年生の筆者が記憶する1980年初春の色といえば―― そう、輸入盤屋さんで一目惚れしたフラミンゴの羽のような桃色だ。
そんな1980年の春は、化粧品CMソングの当たり年だった。昭和50年代当時、春の化粧品のCMといえば口紅が中心。夏はファンデーション、秋はアイシャドウ、冬はスキンケアを大々的に売り出していた。
少女たちがバレンタインデーに浮足立ち、梅花の便りが届くまだ肌寒い季節、各社の化粧品CMはテレビを通じてお茶の間に春の便りを届け始めた。カネボウが力強さを感じさせる “レディ80” だったのに対し、資生堂は “ピーチパイ”。
ポップなサウンドで春の雰囲気をぎっしり満たしていたCM
恋はその度ちがうわたしをみせてくれる
不思議な 不思議な ピーチパイ
かくしきれない気分は ピーチパイ
往年のアメリカンポップスを彷彿とさせるCMソングは竹内まりや「不思議なピーチパイ」。ミドルテンポでシャッフルするリズムに乗って歌う、甘さのある明るい歌声と、多幸感あふれるポップなサウンドで春の雰囲気をぎっしり満たしていた。CMモデルはメアリー岩本。後に改名して人気者となるマリアンのデビュー作となった。30秒のストーリーは、唇や頬を染め、CMの最後は少し大人っぽい雰囲気をまとう。
メアリー岩本のあどけなさと色気が同居する表情は、歴代の化粧品CMのなかでも美しい映像として、多くの人々の記憶に残っているCMの1つではないだろうか。しっかりと色がつく大人の口紅を手にするにはまだまだ早かった。中学2年生の心にも “あ、綺麗なCM” と刺さったものだ。
オリコン最高3位を記録した「不思議なピーチパイ」
映像の美しさだけでなく、楽曲の春らしさも際立っている。CMでは「♪不思議な 不思議な ピーチパイ」に続くコーラス「♪Peach Peach Pie Peach Pie」の “ピー” の部分でホイッスルが響く。春本番に向けて、歩き出すようなリズムのマーチング色が強まり「♪Sweet Peach Pie Peach Pie」のコーラスでCMはクローズしていく。
華やかなコーラスと華やかな映像の見事なコラボレーションだ。コーラスは山下達郎、epo、そしてレコーディング・ディレクターの宮田茂樹。ここはサブスクやCD音源とは大きく異なるので、YouTube等で味わってもらいたいところ。なによりも竹内まりやの歌声と、この薄桃色の世界観がとてもマッチして、春らしい空気感に満ち満ちている。まさに昭和の春うたを代表する1曲と言っていい。
この「不思議なピーチパイ」は、作詞:安井かずみ、作曲:加藤和彦、編曲:加藤和彦・清水信之という組み合わせで作られ、オリコン最高3位、39.2万枚を売り上げた。1978年11月にデビューし、翌1979年に「SEPTEMBER」のスマッシュヒットを飛ばした竹内まりやにとって、初の大ヒット曲になった。この曲が収録されたアルバム『Love Songs』の2019年リマスター盤で、竹内まりやは
私の名前が全国の皆さんに知っていただくきっかけをつくってくれたという意味でも、この曲のヒットが私にもたらしたものは大きかったと思います
とインタビューに答えている。
これからもずっとずっと残っていく “春うた”
CMオンエア当時18歳だったモデルのマリアンにとってのデビュー作であることは前述したが、編曲家として加藤和彦と共にクレジットされている清水信之にとっても、最初期の編曲作品である。レコーディング当日にスタジオミュージシャンとして呼ばれた20歳の清水が、加藤が歌うメロディとピアノに合わせ “シャッフルのリズムを弾いてみて” と言われたことからはじまり、結局イントロやベースライン、ストリングス、ホーンセクションまでアレンジを施したという。
色々な意味で初々しい、春らしい作品だ。桃の花が春に咲く限り、これからもずっとずっと残っていく “春うた” であることは間違いない。