明治政府が掲げたスローガン「神武創業」その言葉に秘められたトリックとは?
旧幕府勢力の一掃を図った「王政復古のクーデター」
1867年(慶応3年)10月14日、江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜は、朝廷に政権を返上する「大政奉還」を行いました。
すると、その2か月後の12月9日、朝廷は明治天皇の名により「王政復古の大号令」を発し、ここに明治新政府が誕生します。
「王政復古」とは、明治維新によって約260年続いた徳川氏による武家政権を廃し、君主政体へと移行した政治的転換を指します。
簡単に言えば、朝廷による“新たな政治体制”の宣言でした。
「王政復古」という言葉は、あたかも天皇親政が行われていた飛鳥時代から平安初期の政治体制に戻ることを意味しているように思えます。
しかし実際には、まったく新しい政治体制を打ち立てることが目的でした。
その内容を要約すると、以下のようになります。
●摂関政治や幕府といった従来の政治体制が廃止。
●新たに「三職」として、総裁・議定・参与が設置。総裁には有栖川宮熾仁(ありすがわのみやたるひと)親王が任命され、議定には公家や藩主、参与には下級武士や下級貴族が就任。
しかし、この新体制の中に元将軍・徳川慶喜の姿はありませんでした。
薩摩藩や長州藩など新政府を主導する勢力にとって、大政奉還後も強大な影響力を保持していた慶喜は、排除すべき存在だったのです。
さらに、「王政復古の大号令」発布の直後に開かれた「小御所会議」では、慶喜に対し朝廷での内大臣職の辞任と徳川家の領地返上が決定されました。
これは、岩倉具視・西郷隆盛・大久保利通ら討幕派の思惑通りに進められたものでした。
すなわち、「王政復古の大号令」と「小御所会議」は一体となって、「王政復古のクーデター」とも呼ばれ、旧幕府勢力の権力を完全に削ぐものであると同時に、慶喜に対する明確な挑発でもあったのです。
慶喜はこれに対して慎重に対応し、巻き返しを図ろうとしましたが、討幕派の執拗な挑発により旧幕臣たちが暴発。
ついに鳥羽・伏見の戦いへと発展し、内戦である戊辰戦争へと突入していくこととなります。
「神武創業」は、あらゆる政策を正当化できる魔法の言葉
前述のとおり、「王政復古の大号令」には、徳川慶喜とその体制を支えてきた会津藩・桑名藩を排除する意図が込められていました。
さらに「王政復古」とは言いつつも、摂政・関白を中心とする旧来の朝廷機構に、政治権力を戻すものではありませんでした。
その本質は、天皇親政・公議政治という名目のもと、岩倉具視ら一部の公家と、薩摩藩・長州藩など討幕派の武士によって新政府を樹立することにありました。
このような新政府の発足を宣言する際に用いられたのが、「神武創業」という表現です。
以下に、その一部を引用します。
諸事、神武創業の始にもとづき、搢紳(しんしん)・武弁・堂上・地下(じげ)の別なく、至当の公議を竭(つく)し、天下と休戚(きゅうせき)を同じく遊さるべき叡念につき、おのおの勉励、旧来驕惰(きょうだ)の汚習を洗ひ、尽忠報国の誠をもつて奉公いたすべく候事。
意訳 : 明治天皇が神武天皇の創業の精神にもとづき、出自や身分にかかわらず適切な議論を尽くし、国民と苦楽をともにするお覚悟であるので、国民もまた、旧来の驕りや怠けの悪習を洗い清め、誠をもって天皇と国家に尽くすように。
ここで注目すべきは、あえて神武天皇を持ち出している点です。
神話上の人物である神武天皇の治世とは、いったいどのような政治が行われていたのでしょうか?
そんな不確かな時代の政治体制に立ち戻るというのですから驚きです。
近代化を掲げ、欧米列強に対抗しようとしていた明治新政府が、その正統性を神話に求めたというのですから、皮肉なものです。
つまり「神武創業」とは、岩倉具視や西郷隆盛らによる、いわば“詭弁”だったのです。
しかし、だからこそ「神武創業」という言葉は、彼らにとってこれ以上ないほど都合のよいものでした。
新政府はことあるごとに「これが神武創業だ!」と連呼しながら、自分たちの思い通りに政治を進めることができたのです。
つまり、「神武創業」の本質は、薩摩・長州を中心とした藩閥政治のもとで、「富国強兵」「殖産興業」「国民皆兵」「西洋化」など、あらゆる政策を正当化できる“魔法の言葉”だったと言えるでしょう。
神武天皇を祖とする皇国史観については、一概に否定すべきものとはいえません。
国家の歴史を語るうえで、神話や伝承は重要な意味を持ちます。
たとえ実在の初代天皇が第10代の崇神天皇であったとしても、神武天皇がその系譜をさかのぼる存在として記紀に登場していることには、大きな意義があると考えられます。
だからこそ、「神武創業」という言葉が近代国家の正当性を示す根拠として用いられたことについては、歴史的背景とあわせて慎重に捉える必要があるでしょう。
※参考 :
原田伊織著『知ってはいけない明治維新の真実』SB新書刊
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部