ドワンゴ川上量生は“人と競う”を避けてきた?「20代エンジニアは、自分が無双できる会社を選んだもん勝ち」
“今、20代エンジニアだったら”働きたい会社の三大条件
エンジニアたるもの、常に最新技術に触れ続けなければ未来はない。いかに先進性のあるプロダクトを扱うかが、自身のキャリアを左右する……。
技術革新のスピードがめまぐるしい昨今では、そう感じてしまうのも無理はない。ただ本当に、エンジニアにとって競争は避けられない宿命なのだろうか?
その問い掛けに否と答えるのは、ドワンゴ創業者の川上量生さん。川上さんが提案するのは、「自分が無双できる会社を選べ」というキャリア戦略だ。
「最先端で戦うだけがエンジニアのキャリアじゃない」と語る川上さんのアプローチは、20代エンジニアたちの新たな指針となるだろう。
目次
競争はしない。誰もが「最先端」で活躍できるわけじゃないし理想の環境を探す前に、四の五の言わずにスキルを磨けエンジニアは「ビジネス」を学ぶことから逃げてはいけない
競争はしない。誰もが「最先端」で活躍できるわけじゃないし
ーー川上さんが今20代のエンジニアだったとしたら、どんな条件で会社選びをしますか?
僕なら「自分が無双できる環境」を選ぶかなあ。
最先端の技術を使って新しいことをやってるような会社はかっこいいけど、そこは競争が激しいですよね。自分より優秀な人たちがゴロゴロいるわけで、その中で戦うのはしんどいと思う。僕だったら絶対やらない(笑)。
競争しなくても自分のスキルを活かしてトップになれる場所を探します。
ーー無双できる環境というのは、具体的にどういう場所を指しますか?
僕が最初に入った会社が一つの例ですね。ソフトウエア専門商社、いわゆる“問屋”です。開発会社ですらない。
プログラミングスキルを持っている人が少なかったから伸び伸びと仕事ができたし、結果的に『無双状態』になれた。そういう環境って、実は探せばいくらでもあるんですよ。
ーー「最新技術を扱える会社で働いた方がいいのでは」と考える若手も多いと思いますが……。
それも選択肢の一つだけど、みんながそれを目指す必要はないと思うんですよね。
特に最近のエンジニアの中には、プログラミングが好きな人だけじゃなくて、高収入に引かれている人も多いでしょ? そういう人たちが、1日中プログラミングのことだけ考えている天才エンジニアがいるような競争の激しい場所に行くのは、正直、無理ゲーだと思います。むしろ自分が勝てる場所、誰もやりたがらないことをやる方が現実的でしょう。
例えば、何十年も前に開発されて、延々と使い続けている専用システムの保守や運用なんかは、ニッチだけど誰も手を付けない仕事だからこそ、社内やその業界からは神のように重宝されることがあります。ライバルが少ない場所を見つければ、少ない労力で結果を出せるんですよ。
ーーやみくもに先端領域を目指し続ければいいわけじゃないんですね。
そう。ただここで一つ重要なのが、「エンジニア用の就業環境が整っている」かどうか。競争が少ない場所を選ぶと、エンジニアに特化した制度や環境が整っていないことが多いんですよ。そもそもエンジニア自体が在籍していないって会社の可能性もあるから。
コードを書くのに行き詰まって、気分転換にちょっと一服でもしようものなら、「サボるな」と怒られたりする。そういう環境で働くのはストレスが溜まるし、効率も悪くなります。だから、その会社がエンジニアをどれだけ理解しているか、大切にしてくれそうかを見極めることが大事です。
ーーエンジニアが働きやすい就業環境が整備されているかどうかが、二つ目の条件だと。では、三つ目の条件は何でしょうか?
強いて言うなら、「20年前のドワンゴみたいな会社」かどうか(笑)。僕はドワンゴを、1日2時間しか働いてなくても、結果を出していれば文句をいわれない、そういう会社にしたかったんです。で、それは社員にとっては一時的ではありましたが、実現されたんです。
当時のドワンゴには、気ままに仕事をして、でもすごいものを作ろうとする人がたくさんいました。例えば着メロの事業を始めたとき、普通はただWebサーバーに着メロのMIDIファイルを置いて配信するだけで終わるところを、僕らはただのホームページ制作みたいな仕事はエンジニアとしてやりたくなかったので頑張りました。
着メロ制作用の専用シーケンサーを大阪の会社と共同開発して、携帯電話のFM音源チップを直接叩いて音を出したり、サーバー上で着メロの曲のさまざまなアレンジを動的に自動生成してダウンロードできるエンジンを作ったりしたんです。CGIも全部C++で書いて、一つのコードで携帯3キャリア用の独自HTMLに動的に変換するプロキシーサーバーとかを作りました。
当時、そんなことをやれる技術力を持ってる会社なんて他になかったし、ライバルもいないから完全にやりすぎだったんですけど、自由にやって楽しかったですよね。
なので、独自性のある会社を選ぶのが一番だと思います。他の会社と似たような事業をしていると、比較されることが当たり前になる。いわゆる模範解答的な開発手法は、似たり寄ったりになります。でも、誰もやっていない分野に挑戦すれば、比較対象がないから自分たちのやり方がそのまま基準になるんです。自分たちで道を切り開くって、ものすごく自由で楽しい。
それに、競争が激しい分野で1位になるのは大変だけど、独自性のある分野なら自分たちが1位になれる可能性が高い。だから、やりたい放題に挑戦できたあの頃のドワンゴは、本当に理想的な環境だったと思います。
理想の環境を探す前に、四の五の言わずにスキルを磨け
ーー「自分が無双できる環境」かどうかは、実際に入社しないと分からない気がします。どのように見極めればいいのでしょうか。
その会社の製品やプロダクトをじっくり見れば、ある程度は推測できますよ。例えば、その会社が汎用的なサービスを開発しているのか、あるいは独自の専用システムを扱っているのか。この違いは重要です。
専用システムを運用している会社って、そのシステムに精通しているエンジニアが業界全体で少ないことが多い。だからこそ、スキルさえあれば自分の価値が最大限に評価される環境を作りやすいはずです。
ーー令確かに事業内容やサービスを見れば、おおよその見当はつきそうですね。
とはいえ、求人票や表面的な評判だけでは、その会社が本当に自分に合うかどうかは分からないのは事実です。
だから僕が思うに、転職や就職で一番大事なのは「紹介」。信頼できる人からの推薦や、エンジニア同士のつながりを活かすことが、理想の職場にたどり着く近道だと思いますよ。
ーーリアルな情報から判断することが、欠かせないと。
うん。それに、技術者の世界ってコミュニケーション能力に強みがない人が多いから、誰かから誘われる形で動く方が効率的なんですよ。
自分で作ったアプリやプログラムをGitHubに公開して、スキルをアピールしていくこと。能力の高いエンジニアなら、そこから「一本釣り」みたいな形で声が掛かるはず。裏を返せば、直接声を掛けられるような存在にならないと、良い職場には出会えません。
ーー若手エンジニアは、まず自分のスキルをしっかり磨く必要性を再認識した方が良さそうです。
そうそう。だから、「そんなスキルが無い人はどうすればいいんですか?」って聞かれると、正直「もう知らないよ」となってしまいますね(笑)。
スキルを身に付けたいって本気で思うなら、とにかくプログラミングしまくること。誰もが知っているような技術者たちは、四六時中PCにかじりついてコードを書き続けてきたような人ばかりだから。
使える時間は全部使ってスキルを身に付けないと、何も始まりませんよ。
エンジニアは「ビジネス」を学ぶことから逃げてはいけない
ーー川上さんが20代を振り返って、後悔していることや「あの時こうしておけば」と思うことはありますか?
後悔というほどのことはないけど、「なんで会社なんて作っちゃったんだろう」とは思います(笑)。
起業したら、全部自分で背負わなきゃいけないでしょ? そういう意味では、会社員ってめちゃくちゃ恵まれた立場なんですよ。僕は結果的に起業がうまくいったけど、これが失敗していたら、絶対「会社員の方がよかったな」って後悔していたはず。
「やりたいことがあるから」って起業を選ぶ人もいるけれど、僕からしてみれば、本当にやりたいことがあるなら大企業に行った方がいいと思う。人材も予算も揃っていて、やりたいことを実現できるリソースが段違いなんだから。
ーー起業やフリーランスを志すエンジニアも少なくないですが、決して「自由」になれるわけではないと。
そういうことです。「自由そうだから」「好きなことやれそうだから」って理由で選ぶのは辞めた方がいい。フリーランスでやるなら自分で営業しなきゃいけないし、納期に追われるし、下手すりゃ給料未払いのリスクだってあるし。
だから若手には言いたい。「気ままに生きたいなら、まずは会社員を極めろ」って(笑)。
ーーでは逆に「若手の頃に経験できて良かったこと」について教えてほしいです。
若いうちに「全体を見渡す目」を養うことができたのは大きかったですよ。
僕が学生時代にアルバイトで関わったCADシステムの開発や運用は、当時としてはかなり高度で大規模なものだった。それを現場で学びながら、システム全体をどう動かすかを考える経験ができたのは、僕にとって大きな財産です。
現代のエンジニアの多くは、「この部分だけを担当する」という狭い役割にとどまりがちだから、どうしても視野が狭くなってしまう。
専門性を高めるという意味ではいいかもしれないけど、これからはAIが進化して細かい作業を代替していく時代。ただ単にシステムのことだけを考えるのではなく、ビジネス全体の流れを把握して、プロジェクトを動かしていく力が求められるようになります。
ーーではそのスキルを養うために、若手が経験しておいた方がいいことは何でしょう?
僕が若手にお勧めするのは「進行管理」の仕事を経験すること。進行管理って、プロジェクト全体を俯瞰する力が必要になるんです。
それに、プログラミングスキルがあって進行管理の経験も持っている人は、もの凄く希少価値が高い。コードを書くスキルと全体を見る力の両方がある人材って、どんなプロジェクトでも求められるから。
ある程度技術力に自信がついてくると「もっとコードを書きたい!」って思うものだけど、ちょっと我慢して別のスキルを磨く方向にシフトするのも悪くない選択ですよ。
僕もプログラミングが好きで、コードを書いていたい気持ちはあったけど、あえてプロジェクト全体を動かす側に回ることで得られた経験は、今の自分にとって大きな武器になっていますね。
ーーそれは「将来を見据えた選択」をすることの重要性ともつながりますね。
若手のうちに基礎となるスキルをしっかり固めた上で、できるだけ早く「俯瞰する力」を養うポジションに挑戦してみるべきですね。
あと、最後に一つ。多くの意識の高い若手エンジニアは、まだまだ「卵」の状態なことを自覚してほしいです。まずは努力して殻を破り、一人前のエンジニアになりましょう。その上で、自分のキャリアをどう広げていくかを考えるべきだと思います。「先端領域で働きたい」「技術者として成功したい」と思うのなら、当たり前なんですが努力すべきなんですよ。意識だけ高くたって、何の意味もない。
逆に意識の低い、楽して給料が高そうだからエンジニアになった人。それはそれで、楽することを頑張ってください。これが、僕が今の若いエンジニアに伝えたいことです。
川上量生さん(
@gweoipfsd)
株式会社ドワンゴ顧問、学校法人角川ドワンゴ学園理事、株式会社KADOKAWA取締役。1968年生まれ。京都大学工学部を卒業後、コンピューターの知識を生かしてソフトウエアの専門商社に入社。97年に株式会社ドワンゴ設立。通信ゲーム、着メロ、動画サービス、教育などの各種事業を立ち上げる
撮影/桑原美樹 構成・編集/今中康達(編集部)