真の英会話力向上のカギは「英借文」にあり! 【北村一真 月曜日の「英借文」】
北村一真さんによる英作文トレーニング!
英語学習者から大きな支持を得ている英語学者、北村一真さん。英文読解についての著作の多い北村さんですが、自身の英語力の基礎は、英作文によってつくられたと言います。そんな北村さんによる、英作文についての連載がはじまります!
しっかりとした英会話力を効率的に身につけるには、「英借文」というコンセプトで英作文のトレーニングをするのがいちばんとのこと。今回は連載の巻頭言として、真の英会話力と「英借文」の関係について教えていただきます。
※「NHK出版 本がひらく」より
「話す能力」の鍵となる「和文英訳」
英語教育における「4技能」の重要性が叫ばれて久しい昨今、特に「話す力」を伸ばしたいと考えている人は多いかと思います。実際、4技能を「読む」と「聞く」のインプット能力と「書く」と「話す」のアウトプットの能力に分けた場合、従来の日本の英語教育がインプットにかなり偏っていたきらいがあることは事実なので、「話す力」の重要性に注目が集まること自体は全く悪いことではありません。
しかし、この「話す力」というのは特に学習の初期段階では誤解の生まれやすいものでもあります。会話というのは文字でのやりとりと違って、同じ時と場所を共有した相手と表情やジェスチャーなども交えながら行うものなので、簡単な内容なら文法などを全く考えずに、単語を並べるだけでも意図が伝わることが結構あります。つまり、初級の段階では、もっぱら、コミュニケーションに対する積極性であるとか、間違いを恐れずにどんどん話してみる姿勢というのが、「話す力」の一部として評価されやすいということです。
もちろん、積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿勢は大切ではありますが、おそらく、「話す力」を高めたいと思っている人が思い描いているのは、それ「だけ」で何とかコミュニケーションを乗りきる力ではなく、それなりに形を成している英語の文を使って意図を伝えられるレベルの能力ではないかと思います。この後者の能力を身につけるための鍵となるのが英作文、特に和文英訳の力です。
「話す能力」に和文英訳が関係しているというのは意外に思われるかもしれません。というのも、リアルタイムで行う英会話では英語で考えて英語で話すのが当たり前で、いちいち日本語を英語に訳したりしているから英語を話せない、といった批判をよく耳にするからです。しかし、よくよく考えてみるとこの批判には奇妙なところがあります。私たちは英語で発信されたものを翻訳や通訳を通じて理解し、逆に日本語で発信したものを同様の手段で理解してもらっているわけですから、普段、日本語で話している言葉をスムーズに自然な英語に訳せるのだとすれば、全く英語が出てこなくて困る、といったことにはなりにくく、「話す力」の点でも大いに有益なはずだからです。
では、どうして、こういう批判が生まれるにいたったのでしょうか。それはおそらく、従来の和文英訳というものが、少しひねりの効いた日本語文を、意味をじっくり考えた上で英語を使って再構築するという作業であったこと、また、もともとの日本語文のオリジナリティが高いために完成した英文も癖のあるものになりやすかったことが挙げられると思います。当然、ここで私が言っている和文英訳というのはこういう類のものではなく、日常の会話でよく口にするような日本語を自然な英語に瞬時に訳す能力のことであり、これであれば「話す能力」と関係が深いという点も納得いただけるのではないかと思います。
そのような和文英訳力を鍛えるにはどうすればよいでしょうか。ここで、英借文、という概念が重要になってきます。日本語で日常的に話す内容のかなりの部分は英語でも言葉にされているはずです。しかし、日本語と英語では言語の構造やタイプが全く違うため、頻繁に使う表現ほど、直訳ではうまくいかない場合が多かったりします。つまり、上で述べたような和文英訳力を身につけるためには、日本語文を辞書や文法書の定義に従って、単語レベル、文法レベルで英語に置き換えられる力だけではダメで、「日本語ではこういう場面で○○と言うが、英語では××と言う」ように、文脈や場面を基準とした対応を頭の中に叩き込んでおく必要があるということです。これはまさに、実際に使用された英語表現をストックし、それをカタマリで用いて作文するという「英借文」のやり方と通じるものがあります。
何をいまさら、英借文の考え方自体は古くからあるじゃないか、と思われるかもしれません。しかし、往年の英語教育を受けた人が、上で述べたような英会話につながる和文英訳力を高めるために取り組むには英借文というのはなかなかハードルが高いものでした。というのも、評論文やエッセイなどの硬めの文章でしか英語に触れない状況では日本語の日常会話でよく出てくる言い回しに対応する英語表現を集めるのがそもそも難しいでしょうし、また、仮に日常的に使える表現に出会ったとしても、そういうものとして認識できない場合もあるからです。
一例を挙げてみましょう。みなさんはimpressという語を聞いて、どういう意味を思い浮かべるでしょうか。多くの人にとって、まず思い浮かぶのは「感銘を与える、感心させる」という意味ではないかと思います。実際、次のような文ではそう訳して何の問題もありません。
1.She impressed everyone with her speech.
「彼女はスピーチでみんなに感銘を与えた」
しかし、次の例ではどうでしょうか。2019年に公開された映画『アラジン』で悪役のジャファーが主人公のアラジンに向かって語り掛けているセリフです。
2. I can make you rich, rich enough to impress a princess.
―“Aladdin “- Official Trailer
これを「おまえを金持ちにしてやれる。お姫様に感銘を与えるくらいに金持ちに」と訳してしまうとかなりぎこちない感じがしますね。「感銘を与える」というのはいかにもフォーマルな日本語で、上から目線のため口ではあまり出てきそうにない表現だからです。ここは「お姫さまを驚かせるくらい、お姫さまをアッと言わせるほどの」といった訳が適切でしょう。実際、impress…は「…にすごいなあと思わせる」といったニュアンスで用いることも多く、be impressed with…などは「…をすごいと思う」の訳として使える場面がけっこうありますが、1のような例文と「感銘を与える」という訳語の知識だけではなかなかそういう発想にならないと思います。「彼の想像力は本当にすごいなあ」という日本語の英訳の候補としてサラッとI am really impressed with his imagination.が思いつく人はそう多くはないでしょう。せっかくimpressという言葉を知っていても、それが日常の言葉を英語で表現する際のアウトプットに活かされていないというわけです。
「英借文」というタイトルの背後にはまさにこの点を補っていこうという考えがあります。上のimpressのように、英語をそこそこ勉強した人なら一応の訳語は知っているが、日常表現での便利な使い方が浸透していない単語や語句、言い回しというのは結構存在します。英語のニュース、スピーチ、映画、ドラマなどを見ていると、これを日本語の○○の訳としてすぐに思いつくことができれば便利だろうな、と感じる表現に出会うことが少なくありません。日常レベルの日本語の和文英訳を通じてそういったものを学び、作文力を高めるのと同時に、リアルタイムの英会話にも応用できる力を身につけていくこと、それが本連載の狙いです。
プロフィール
北村一真(きたむら・かずま)
1982年生れ。2010年慶應義塾大学大学院後期博士課程単位取得満期退学。学部生、大学院生時代に関西の大学受験塾、隆盛ゼミナールで難関大学受験対策の英語講座を担当。滋賀大学、順天堂大学の非常勤講師を経て、09年杏林大学外国語学部助教、15年より同大学准教授。著書『英文解体新書』『英文解体新書2』(ともに研究社)、『英語の読み方』『英語の読み方 リスニング篇』(ともに中公新書)、『英文読解を極める』(NHK出版新書)、『文法知識と読解力を高める上級英文解釈クイズ60』(左右社)。共著『上級英単語 LOGOPHILIA』(アスク)など。
ヘッダーデザイン:明石すみれ