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桜の話。花は 独り 静かに味わうのがいい/自給自足を夢見て脱サラ農家40年(66)【千葉県八街市】

田舎暮らしの本

桜の話。花は 独り 静かに味わうのがいい/自給自足を夢見て脱サラ農家40年(66)【千葉県八街市】

花は 独り 静かに 味わうのがいい
叶えてくれるのは・・・もしかしたら、田舎暮らし?

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花を独り占めするということ

都会の喧騒を離れて

 今年は桜の開花が早いという予報。花見の季節はどこも賑わう。

 僕は花見をしたことがない。人混みが苦手。ただし、偶然というか、やむなくというか、人間の洪水みたいな所で桜を眺めたことはある。30代、1㎞を3分台で走っていたランニング全盛期、会社の昼休みに走る上野公園。ふだん支障なし。桜の開花で人間の洪水となる。

↑ 普通、満開の桜を真下から仰ぎ見るということは少ないだろう。青い空と垂直に重なり合うところに味わいがある。

独り占めの特等席、里山の春

 桜に限らず、花は、独り、静かに味わうのがいい・・・ちょっとキザだがそう思う。

 今から35年前、二度目の田舎暮らしを始めて4年目、2本の苗木を植えた。東と西。距離100m。東が大きく今15m、西が10m。この2本のほかに前の地主が境界ラインとして植えたヤマザクラが5本。東京での花見の賑わいから遅れること1週間。畑仕事の合間、独り静かに花を愛でる。

35年目の古木、沈黙の語り部

 今年は異例。ほとんど休みなく強風。木枯しの季節ではあるが連日とは経験がない。

 今日はビニールハウスに入ってソラマメの手入れ。ハウスの中は心地よく雑草繁茂。それをスコップで削り取る。ソラマメは大きく根を張る。ゆえに根回りに深くスコップを入れる。露地のソラマメは連日の霜と結氷で地面に伏す。ここはもう花が咲いている。

↑ 花の命は短い。散り際がいさぎよいとの声も世間にはあるが、桜自身はそれをどう感じているだろうか。

「桜守」の啓示、一本の木と対峙する

 桜の話をもう少し。「京の桜守」、佐野藤右衛門氏は桜を見るならば好きな木を1本だけ決めてみたらどうだろうと言う。

 そうすることで・・・

「人も自然をかんじることができる。きっと桜もよろこぶと思いますわ」

 春に花が散る。青々とした若葉が幹を覆う。日が短くなる頃ハラハラと葉は落ちやがて裸木となる。しかし、晩秋にはもう翌春の花芽が生まれている。再び佐野藤右衛門氏の言葉。

「桜のそういうところも見なければ。花ばかりが桜じゃないのやから」

 桜だけの話ではないように思うが、都会というのは何事も、一番いい時、一番いいところだけ持って行ってしまう・・・そんな気がする。誰かが悪い、誰かの責任、そんなんじゃない。都会という物理的空間のせい、日々の仕事のせわしなさ、圧迫感のせい。四季を通して1本の桜の木を観察し続けるゆとりを持てとは所詮無理だ。苗木を植え、何十年と向かい合う、1本の木と(もう一度キザな言い方をするなら)「喜怒哀楽」を共にして生きる。それが田舎暮らしというもの。

土と生きる、汗と黙想

↑ 畑仕事には遊び心も垣間見える。三角帽子を連ねていく僕は積み木ではしゃぐ幼児みたいだ。

時給10円の現実、それでも土を耕す

 部屋の電気カーペットで育てているキャベツ、レタス、ブロッコリーの苗をイチゴハウスに移す。カーペットで夜は暖かく保たれる。でも、生育はどうしても軟弱だ。紫外線を気にする声もあるが、光あっての健康は野菜も人間も同じ。イチゴハウスには8時間光が当たる。間借りしてその熱を利用させてもらう。ただし、ハウスといえども夜は冷える。三角帽子はさらなる防寒のため。

 前回、半分ジョークで週休ゼロ、月の労働270時間の我が時給は600円足らず、そう書いた。そんなご当人がのけぞるような数字に出くわす。なんと米農家1経営体あたり、年間収入から経費を差し引くと残る所得は1万円、時給にすると10円だというのだ。民間放送協会に加盟局から集まった企画、その年に一度の最優秀作品、選ばれたのが山形放送のドキュメンタリー『時給10円という現実--消えゆく農民--』であることを朝日新聞で知る。

 米作りには消費者が思っているよりはるか経費がかかる。それにしても時給10円とは絶句するほどの低賃金だ。記事には山形放送ディレクター・三浦重行氏の言葉が紹介されている。

 伝えたかったのは「農家って大変だよね」ということではない。農業の担い手が減りゆくなか、困難に直面するのは都会の消費者。「我々は一体何を食べようとしているのかを考える機会にしたい・・・」

生産者と消費者の距離感

↑ 2月に新大根を作る。ビニールトンネルの上から防寒シートを掛けたり外したり。たかが大根。されど大根。

 1か月ほど前のこと。ふるさと納税の寄付者からクレームが来たという連絡が市の担当者からあった。写真が添付されていた。大根とペットボトルが並べられた写真。大根の細さを示すためのものであることはすぐわかった。

 スーパーで売っているサイズの大根は年明けに品切れ。まだ小さい、3月出荷を目標にビニールハウスで育てているものを2本荷物に入れた。お客さんの目には、「スーパーにはないぜ、こんなの・・・」そう映ったらしい。まあ、説明なしに小さな大根を送ったこっちも悪い。しかし、ペットボトルと並べた写真はキツイ・・・生産者泣かせ。

 このお客さんは僕の手取りが3000円とは想像していまい。寄付額17万円も(年間12回送付)出したのだから、もっと豪華な品物が届くと考えていたかも知れない。木枯し吹きすさぶなか、最後はボールペンもうまく握れない冷たさに3時間かけて作った荷物があえなく無駄骨となった。異常な高値と騒がれている米もそうだし、我が野菜や卵もそうだが、消費者と生産者のミゾはけっこう深いかもしれない。

里山の冬、故郷を思う

寒さに負けず、光を求めて今日も走る

↑ 近くで伐採の仕事をする外国人が数人いる。タイかベトナムか。おはようと挨拶をかわすのが毎朝の日課である。

 今季最強寒波だと、どのテレビも警報を発している。寒いのはかまわない。光さえいっぱいならば僕は嬉しい。朝のランニング。足を止めてOさんと久しぶりに立ち話。Oさんは僕の息子ほどの年齢。10年前に脳梗塞を患い、リハビリのため彼はウォーキングを始めた。初めて姿を見た時、半身が大きく傾いていた。しかし、どんな天気の日も歩き続け、今の彼は直立姿勢で軽快に歩く。

 そのOさんとの話題は人口減少だった。我が街はピーク時から1万人減った。隣の地域では小学1年生がゼロなのだとOさんが教えてくれた。彼と別れ、ランニングを続けながら、しばらく前に見たテレビのニュースを僕は思い出した。

 茨城県境町。人口2万4000人。減ったとはいえ我が街は5万数千人だからかなり規模は小さい。しかし、移住者への待遇はすばらしい。子どもたちの面倒はすべて見る。遊び場所や遊具は整っている。家賃5万8千円の戸建て住宅は25年住み続けると自分のものになる。すごいなと感心しながらテレビ画面を見ていたら、おやおや、この話題の出典は田舎暮らしの本2月号「住みたい田舎ベストランキング全国1位となった境町」であるとの文字が出てきた。

 そうだったのか・・・。

 ひるがえって、人口10万人を目指すと言われたピーク時、我が家から近い小学校の運動会は見物の父兄がグラウンドに収まりきらないほどだった。でも、今はひっそりだ。移住を考えている人への最大のアピールとは、子どもたちへの手厚いケア、そして、住宅なのかも、そんなことを考えた。

青空を見上げる

↑ はるか昔、初めて東京に来た新潟の人が、真っ青な冬の空を見上げ、同じ日本とは思えないと言ったという。

 テレビは昨日よりも声高、北海道や北陸の豪雪を伝えている。雪かきをしたい。でも、腰を超える高さの雪に阻まれ目的の場所まで到達できない。なんともすさまじい。当地も寒いのは寒い。ビニールトンネルの内面までが凍結する。しかし、空はこの上の写真のごとく青い。雪深い地域は雪に埋まるのみならず青い空も光もない。

凍てつく大地と指紋の消えた指先

↑ 僕がスコップを手にする。すかさず鶏たちが集まる。スコップ=土の下の虫。知能指数はかなり高いと思う。4日間でのべ20時間。スコップ仕事で酷使される我が手からは指紋が消える。

 ひどいヤブ状態となった所の開墾に4日前から励んでいる。すぐそばにビニールハウスがある。それに光を当ててやるため篠竹や雑木を掘り取ろうと考えた。だが途中で気持ちが変わる。どうせなら野菜ひとつ作れるようにしてやろう。

 開始して4日目。4×12mが畑らしくなってきた。

 竹も雑木も、その根は50センチほどの深さにある。黙ってやるより力が入りそうな気がする。

 それで僕は、
 さあ、どうだ、イケイケ、まだか、よっしゃ、あと一息だ、やれ、頑張れ、ほれ、もう少しだ・・・
 ひたすら声を出す。

 そばのニワトリたちは手伝わない。狙いは地中の虫だから。全身を使って出すフルパワー。今日だけでも4時間を超える作業。だが汗はほとんど出なかった。気温7度、冷たい北西の風。出ないのも無理はない。

冬の寒さ、夏の暑さ、どちらも人生

 汗といえば加藤登紀子さんが「ひらり一言」に書いていた。

 フーフー汗をかきながら、忙しく生きていたい。人類は「働かずに暮らしたい」と願ってきたのではないよね。ちゃんと自分の暮らしを自分の手で築けることを求めてきたのよ。

 夏の、地表温度が50度になるときはリッター単位の汗が出る。それが今はゼロ。夏と冬で体に生ずる違いは尿量である。高齢になると頻尿になるのが定説。体の冷えも排尿を加速させる。冬の今、畑仕事の途中で頻繁に尿意を催す。寒いゆえに上も下も厚着をしている。老人になると頻尿だけでなく尿意が突発。厚着の下から大事なモノを取り出すのに手間取り、おもらしすることもある。夜間も煩わしい。少なくとも3回、トイレで目が覚める。僕はパソコンに向かって何かを書くとき、気分転換でいつも3杯くらい珈琲を飲む。利尿作用が強いから夜は珈琲を控えたほうがよいと言われるのは承知だが。

 さて、以上は冬の話。夏となると状況は一変。畑で突然尿意ということがない。夜間もトイレに起きるとしても1回きり。なぜか。摂取した水分がすべて汗になるから。額から鼻筋を通った汗の玉は土の上に次々落下、黒丸の列を作る。寒さ厳しい今はその汗をほとんどかかない。体に入れた水分はみんなオシッコになってしまうのだ。寒さに弱いわけではない。が、冬の寒さと地表温50度になる夏の暑さ、どっちが好きかと問われれば、僕は躊躇せず夏である。

里山の春を待つ、そして生きる

朝食は至福のひととき

↑ 朝食の楽しみ、それから得るカロリー。これが我が百姓暮らしでの半分ほどの支えとなっている。

 あと1週間、2月も半ばになると桜の咲く頃の陽気になります、気象予報士がそう言っている。その言葉を信じて今日も低温と瞬間風速20mの強風に立ち向かう。ビニールトンネル5本の中にはチンゲンサイ、カブ、人参、ホウレンソウ、春菊がある。ハウス6つにはキャベツ、レタス、ジャガイモ、イチゴ、ソラマメがある。夕刻に被せた防寒シートを朝日に当てるため外しに行く。僕の1日はそこから始まる。

 その仕事とランニングを済ませたら朝食。

 今朝は目玉焼きにブロッコリースプラウトを添えた。電熱器から取り出しざっと水洗い。わしづかみにし、薄皮が残っている根をうまく避けるようにしてかぶりつく。ブロッコリースプラウトには強い香りのクセがある。それがなかなかいい。

 落ち込んだときには、いっそ徹底して一人になるというほうがいいみたい。

 詩人・工藤直子さんの言葉である。詩人には辛い時にするおまじないがいくつかあるらしい。「十年後、十年後」と視点を未来にずらす。あるいは大きな木の下に立つ・・・。

 孤独という言葉にはとかくマイナスのイメージが伴う。ゆえに孤独を嫌う、恐れる人は少なくない。気持ちは分かる。でも孤独でないと見えないもの、味わえないものはある。生来の性格の違いにもよるだろうが、誰にも会わず、誰とも言葉を交わさず、通りすがりに短くつぶやき合うのはニワトリ、面と向かい合うのは野菜だけ、そんな暮らしの平穏が45年の田舎暮らしで僕の体に染みついた。

自然を友として、土に根ざして生きる

↑ 1年という時間単位を桜ほど意識させるものはない。360日が地味、5日間だけ派手。そのせいだろうか。

 満開の桜まで50日。まだしばらく寒気と北風の日々はあるだろう。しかし、詩人・工藤直子さんの言葉を借りれば、「50日後、50日後」そう胸の内でつぶやきながら僕は仕事に励む。桜の開花というゴール。それまでにはフキノトウとタケノコが顔を出し、ビニールハウスでイチゴが赤く色づく、ソラマメが小さな実を着ける、可愛いヒヨコが生まれる・・・さまざまなイベントがある。

 本当は孤独かも。しかし「孤独」という言葉の負の側面は頭をよぎらない。誤解をおそれず言うならば、そもそも田舎暮らしとは『森の生活』のヘンリー・ソローがそうであったように、独りを楽しむ、自分の力で生きる、自然を友とする、雑踏の中では見えなかったものをじっと見る、そういうことではないのかな・・・僕の考えである。

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